ダルシア帝国の継承者 8
ヘイダール要塞の司令室の者達とタリア・トンブンは会議室で話をしていた。
その中でリドス連邦王国艦隊のバルザス提督は驚くべきことを言い出した。
唖然として、同じ会議室の他の者たちはバルザス提督の話しに二の句が告げなかった。
「い、今なんと言ったんです?」
と、ディポックが驚いて聞いた。
「ゼノン帝国は、これまでも、これからも他の種族を食料にするつもりだ、と言ったのです」
「ばかな、そんな話は聞いたことがない」
と、フェリスグレイブが言った。
ロル星団の彼らにとって知的種族を食糧にすると言う考えは、遥か昔の宇宙文明到達以前の未開の者達のことだとしか思えなかった。
それが、現在行われる可能性があると言われたのだ。驚くのも当然だった。
ジル星団とはロル星団と同じかそれ以上の文明にあるのではないかと、ディポック達は考え始めていた時なので、何とも言えない気分になった。
「ジル星団では、暗黙の秘密でした」
「でも、昔のことだと思っていたわ……」
と、タリアはつぶやくように言った。
「実はダルシア帝国も、昔はそうだった。ただ、彼らの文明自体が変化したし、何と言っても人口が減ったので、その必要が無くなって行ったというのが本当のところなんだ」
「嘘、コア大使は、そんなこと言ってなかった。初めて聞くわ、その話」
「それは、君が驚くからだ。それに、コア大使自身も、もうそんなことはしなくなっていたからね。ダルシアはいち早く、他の種族を食用にするのをやめられた。それというのも、人口が減って行ったからなんだ」
「ダルシアが滅んだのは、食料がなくなったからなの?」
「そうではない。彼らは、それまでしてきた自分達の所業に後悔したんだ。そして、今度は逆のことをしようとしていた」
「逆のこと?」
「ジル星団の他の種族を食用にするのではなく、彼らを助け、さまざまな文明を育てようとしていた」
「それって、贖罪のために?」
「そればかりではないようだが、私はダルシア人ではないので、これ以上のことはわからない。もし、知りたければ、『ダルシアン』に直接聞けばいい」
タリアは、ため息をついて言った。
「そうやって、私を行かせようとしても無駄だわ」
「それは、残念だね。私は嘘をついてはいないよ」
バルザス提督とタリアの話を聞きながら、ディポック司令官は銀河帝国に関わる話が出てきたことに驚いていた。要塞に来る情報は限られているが、銀河帝国はゼノン帝国との外交を重視していると聞いていた。
銀河帝国はまだジル星団についてほとんど情報を持って居ないはずだった。バルザス提督の言うことが本当だとしたら、ロル星団が危険にさらされていることになる。
とは言え、バルザス提督の話を鵜呑みにすることは避けるべきだと彼は考えた。まだ、バルザス提督がどのような人物なのか、信用できる人物なのかわからないのだ。
「あなたの話の真偽は置くとして、リドス連邦王国と銀河帝国との関係はどうなのだろうか?」
と、ディポックはバルザスに聞いた。
「というと?」
「銀河帝国は、ゼノン帝国との関係を重視していると聞いています。リドス連邦王国とはどうなっているのだろうか?もし何か知っているのならば、話してもらえないだろうか……」
と、ディポックは慎重に聞いた。
「これまでは、特に重視してもいませんでしたし、軽んじてもいませんでした。他のジル星団の政府と同じ扱いでした。ただ、ダールマン提督や私がリドス連邦王国にいると知ったなら、関係が悪くなると考えるべきでしょう」
銀河帝国で大逆人とされているダールマン元帝国元帥がリドス連邦王国にいると知れたら、当然銀河帝国はその身柄を引き渡すように要求するだろう。そして、リドス連邦王国がそれを拒んだなら、かなりの反発が予想される。
まだ若い銀河帝国皇帝は、そのときどんな反応をするだろうか、とディポックは考えた。もしかしたら、ジル星団へ、艦隊を派遣することまでするかもしれない。リドス連邦王国の外交が老獪にうまくやれれば、そこまでいかないかもしれないが。
「その、こんなことを聞いていいのかわからないが、あの大逆事件の真相というのは、どうなんだろうか?本当にダールマン元帥は皇帝暗殺を企んでいたのだろうか?」
と、ディポックはためらいがちに聞いた。
「それは、本来ならダールマン元帥に聴くべきことでしょう。ただ、私が元帥閣下の部下として言えることは、そのような疑いを受けるようなことは一切なかったということです」
と、バルザスは明確に言った。
「じゃ、あの事件というのは、誰かの陰謀だったのか?」
と、ダズ・アルグが言った。
「本当のことなど、我々にはわかりません。気が付いたら、大逆人というレッテルが張られ、征討艦隊が派遣されていたのです」
「あなた方の正当性を裏づけるような証拠はないのですか?」
と、グリンは聞いた。
「さあ、何もなかったという証拠を挙げろと言われても、私にはどうにもなりません……」
「すると、もう銀河帝国に戻る気はないということでしょうか?」
と、グリンがさらに聞いた。
「すでに我々はリドス連邦王国艦隊に属しています。それがまた、旗幟を変えろというのですか?」
「いや、こちらのタリアが言うには、あなた方が銀河帝国の大逆人であるということを、隠していないということを聞いたので、リドス連邦王国というのはどんなところなのか興味を持ったのです」
と、ディポックは言った。
「さしあたり、そういった話は後にしてもらえませんか?どうやら、次の問題が来たようです」
司令室から至急連絡があった。要塞の近くで艦隊規模のワープ・アウトがあったというのである。やがてその艦隊から通信が入った。
「こちらは、ゼノン帝国艦隊、ヘイダール要塞、応答されたし」
新たな艦隊の出現に、要塞司令室の者達は急いで司令室に戻った。
バルザス提督とその副官、タリア・トンブンも一緒について行った。
ヘイダール要塞の司令室のスクリーンに映じていたのは、葉巻型のゼノン帝国の艦隊だった。
ゼノン艦隊の数は約三千隻だった。ヘイダール要塞の近くにいるタレス連邦の艦隊をあわせれば八千隻になる。
もっとも、新たに来たその三千隻は、タレス連邦の五千隻とは訳が違った。
ゼノン帝国の艦隊はダルシアやナンヴァルを除けば、ジル星団では最強の部類になる。数は少なくとも、決してあなどれない艦隊だということをタリア・トンブンとベルンハルト・バルザス提督は知っていた。
ゼノン帝国艦隊がわざわざワープ・アウトしてヘイダール要塞に気づかれるように現れたのは、かなり自分たちの武力に自信があると言うことだ。
ヘイダール要塞は過去に銀河帝国と新世紀共和国との戦いにおいて、何度も数万の艦隊に囲まれたものだ。それに比べればたいした数ではない。
しかし、今回はジル星団のタレス連邦艦隊とゼノン帝国艦隊のおよそ八千隻の艦艇だった。
ただ、これまでより数が少ないとは言え、これらの艦がどのくらいの戦闘能力を持っているかは不明だった。
「私は、要塞司令官のヤム・ディポックです。あなた方はこの要塞に何の用があるのですか?」
と、急いで戻ったので呼吸を整えてから、落ち着いてディポックは応答した。
「我々は、タレス連邦政府から正式に援助を要請された。そちらにタレス連邦の指名手配犯タリア・トンブンがいるはずだ。我々に引き渡してもらいたい」
と、ゼノン帝国艦隊から高圧的な返事が来た。
「おやおや、タレス連邦のカウベリア提督一行のことは、どうでもいいのかな?」
と、ダズ・アルグ提督が小声で言った。
タリアは、目を細めていた。ゼノン艦隊の中が一瞬見えたような気がしたのだ。彼女の持っている能力はTPだけのはずだったのに。
「タリア・トンブンは、現在はタレス連邦の者ではありません。ダルシア帝国の国籍を有しています。ですので、あなた方に、タリア・トンブンを渡すことはできません」
と、ディポックは明確に言った。
「なるほど、そういう返事ならば、この要塞がどうなってもいいというのだな?」
と、ゼノン側が警告した。
「あなた方が、私の返事をどう解釈したのか分かりませんが、先程と同じ返事をしましょう。タリア・トンブンは渡せません」
次の瞬間、ゼノン艦隊の主砲が一斉に要塞に向かって放たれた。
要塞の周囲を取り巻いている流体金属が、俄かに沸騰しているような動きを見せた。
「何だ?何か変です、司令官」
と、フェリスグレイブ要塞防御指揮官が言った。
「ゼノン帝国艦隊の主砲の所為でしょうか?」
と、グリンが言った。
こんなことは、これまでなかったことだった。少なくとも銀河帝国と新世紀共和国の戦いにおいて、ヘイダール要塞は無敵を誇っていたのだ。
ゼノン帝国艦隊の主砲が当たった流体金属は沸騰して泡立つように減り、あっと言う間にその下の地の金属表面が見えるようになった。そこを攻撃されると、要塞の中まで被害が及ぶのだ。
だが、すぐに流体金属は他から流れてきて要塞の表面を覆った。
タリアの目には、主砲のエネルギーがまるで生物のように要塞の流体金属を食べているように見えていた。
「あれは、何なのかしら?」
と、不思議そうにタリアは言った。
タリアの声を耳にしながら、バルザスはゼノン帝国艦隊の主砲が起こす変化をじっと観察しているようだった。
「タリア、君には見えるんだね。あのエネルギーが……」
と、バルザスは言った。
「何のことなの?」
と、タリアは不安に感じて言った。
何かこれまでとは違う何かが、タリアには感じられた。こんなものが見えるとは、どういうことなのだろうか?わずかなTP能力しかなかったのに、まるで透視能力のようなものが突然自分の身に付いたような感じだった。
「あの艦隊に乗っている魔術師の力があのエネルギーに加算されている。あれは、本当は、純粋なエネルギー砲ではない」
「じゃあ、どうすればいいの?この要塞は大丈夫なの?」
「わからない。要塞にいる彼らにもこんなことは、初めてのはずだ」
ゼノン帝国艦隊に乗艦している魔術師は、カウベリアに付いてきた魔術師より力は上のようだった。しかも宇宙空間での戦闘に慣れているようだ。だから、力の使い方も無駄がないとバルザス提督には思われた。
待機している要塞駐留艦隊から、
「発進の許可をお願いします」
と、ダズ・アルグ提督が言って来た。
いつの間にか、司令室を出て、ダズ・アルグは自分の旗艦に乗り込んでいたのだ。
「いや、だめだ。まだ敵の攻撃能力がよくわからない」
と、ディポック司令官が言った。
これは銀河帝国や新世紀共和国との戦闘で使われた武器とは質が違うのだろうか、とディポックは思った。
一瞬で流体金属の下があらわになった攻撃は、予想を上回っている。だが、だからと言って要塞が破壊されたわけではない。
要塞を覆い守っている流体金属もすぐに他から流れてきて、無くなった部分を補った。
落ち着いて観察していると、あの効果的な攻撃ができるのは敵艦隊のすべての艦船ではなかった。謎の数隻の艦から繰り出される砲撃が、流体金属に致命的なダメージを加えているのだ。
「要塞の浮上砲塔をゼノン帝国艦隊のいる側に急いで集結させるんだ。それで応戦するんだ」
と、ディポックは命じた。
今は他に方法がないように思えた。その間に何か方法を考えなくてはとディポックは思った。
これ以上長くあの攻撃にさらされると要塞を覆って守っている流体金属自体が激減し、要塞の本体まで破壊される可能性があるのだ。
要塞の砲塔が応戦を始めると、攻撃中のゼノンの艦船は一時後退したように見えた。しかし、集中的に要塞を攻撃している艦のまわりに他の艦が移動し、弾幕を張って要塞の攻撃から味方の艦の防御に回った。
このままあの艦の要塞攻撃を続けさせては要塞自体が危険になると判断して、バルザスは司令官を横目で見ると、
「あのエネルギー流をよく見てくれ、タリア」
と、小声で言った。
バルザスの言葉にタリアは、じっとスクリーンに映ったモノを見た。すると、ゼノン帝国艦隊の主砲のエネルギーの中に何かが見えた。
「あのエネルギーの中には何がいる?」
少し考えるように間を置いて、
「ええと、あれは、見たことのない生物だわ。もしかして、あれはドラゴンというものかしら。伝説の……」
と、タリアは言った。
能力が増えたように見えても、一時的なものかもしれない、とタリアは思った。今はともかく生き延びることを考えなければならない。
「ドラゴン?口から火を吐いているのかな?」
「というより、この要塞を取り巻いている液体のようなものを、飲み込んでいるわ」
「どんな色をしている?」
「黒っぽい色。エネルギーが白いから分かる。エネルギーの中にいて、エネルギーが当った部分の液体のようなものを飲み込んでいる。だから、地の金属が見えるようになったのよ」
黒いドラゴン、それは伝説の鉄竜のことだろう、とバルザスは思った。
鉄を食べる竜。金属なら何でも食べると言われている、神話伝説上の竜のことだ。魔術師や魔法使いがあるイメージを固定化し、実体化するという魔術の一つでもある。おそらく、ゼノン帝国艦隊にいる魔術師が呼び寄せたのだ。つまり、召喚魔術の一種を使っているのだ。
この魔術に対抗する方法はひとつである。あのドラゴンが来たところへ追い返すことができれば、この攻撃はできなくなる。元々の想像としてのドラゴンに、実体のない想像物に返すのだ。
バルザスは身体をリラックスさせると、自分の想像する黒いドラゴン一点に思念を集中した。そして、彼の信じる神の名を記憶の中から取り出して思い浮かべた。それから、彼の知っている魔法の呪文の中でも、今は亡き種族に属する古代の呪文を心の中で唱えた。
《サナアバエ、ルウ、アデルーサ……》
すると、ゼノンの艦のエネルギー砲が急に力を弱めた。そして、細くなり、最後には消えてしまった。
タリアは、スクリーンでその様子を見る事が出来た。黒いドラゴンがエネルギーの中から消えると、エネルギーそのものも弱くなり、消えてしまったのだ。
急に敵の攻撃力が弱くなったので、
「どうしたのでしょう?」
と、グリンが言った。
「今だ!こちらから攻撃するのは」
と、バルザスが間髪を入れずに言った。
ディポック司令官は、そのアドバイスに素直に従った。
「要塞主砲用意!ゼノン帝国艦隊すれすれに撃て。警告射撃にするから、エネルギーは充填しなくていい。ともかく撃て!」
要塞から主砲が放たれた。ゼノン帝国艦隊すれすれの位置だ。だが、わずかだが、その主砲の犠牲になった艦もあった。
「ゼノン帝国艦隊に告ぐ。これ以上攻撃するならば、容赦はしない」
と、ディポックは警告した。
だが、すぐに返事は来なかった。