ダルシア帝国の継承者 7
ヘイダール要塞の会議室でタレス連邦艦隊から来た一行は、緊張してゼノンで魔術師の修行をしたタレス人の魔術師ヒールリアン・ドレイを見ていた。
彼は瞬きをしてカウベリアを見た。
「提督、どうやら私の力では、やはり駄目なようです。旗艦にもどりましょう」
と、ドレイは力なく言った。
唐突に言われて、
「どうしたのだ?先程は、大分自信があるように言っていたではないか」
と、カウベリアは困惑して言った。
「それが、リドスの魔法使いの方が私よりも力が上のようなのです」
と、再び力なくドレイは言った。
「しかし、ここにタリア・トンブンはいるのだぞ?何かできることはないのか?」
もう少しでタリアを捉えることができるのだ。カウベリアは簡単にこの任務を諦めることはできなかった。ゼノンの魔術師が駄目なら、タレスの能力者はどうなのだと思った。
カウベリア提督の一行の中に、タレス連邦の能力者も混じっていた。
その能力者の一人が、じっとゼノンの魔術師を見ていた。
「提督、変です。この魔術師は、逆に術を返されているのはありませんか?」
と、TP能力を持つボズ・フリッツが言った。
フリッツにはドレイの態度の急変がそのことを物語っているように思えるのだ。TPでその心の中を探ろうとすると、何かブロックのようなものにぶつかった。
「何?リドスの連中にか?」
と、カウベリアは焦って言った。
「他に考えられません。とすると、リドスの魔法使いはゼノンの魔術師よりも力があるということではないでしょうか?」
「それだけではありません。我々のことを見抜かれていると思わねばなりますまい」
と、副官のセイル・ラリア大佐が言った。
「フリッツ、ドレイの心を読めないか?」
「それが、先程からやろうとしているのですが、はっきりとした思いが読み取れません」
心の中にブロックを作っているのとは違う感じだった。ドレイの目が焦点を失っているように見えた。
「リドスの艦隊から誰が来たのか分かるか?」
「二人ほど来たようです。一人は、リドス連邦王国艦隊の提督、もう一人は副官です」
「他には?」
「二人だけです」
フリッツは外の要塞の兵士の一人から、情報を読み取っていた。彼の能力では要塞の中とはいえ、要塞幹部の集まっている会議室の中まで影響を及ぼすことはできなかった。
「すると、その一人が魔法使いというわけだな?」
「おそらく、そうだと思います」
これはかなりの巧者だ、とカウベリアは思った。
タレス人とはいえ、ヒールリアン・ドレイはゼノン帝国で魔術師の修行をして、宮廷魔術師までになったのだ。ゼノン帝国であっても、その実力は高く評価されている。
それなのにそのゼノンの魔術師の魔法を逆に返すなど、タレスの能力者には思いも付かない。リドスの魔法使いは、このゼノンの魔術師よりも力は上なのかと彼は思った。
ヘイダール要塞の司令室の者達とリドス連邦王国の艦隊からやって来たバルザス提督とドルフ中佐は、タレス人たちの会議室とは離れた別の会議室にいた。
ドルフ中佐は、目を閉じていた。
彼にとって相手の心を乗っ取る術は使い慣れているものだった。相手は少し離れていたが、要塞の中の別の部屋にいるのだ。宇宙空間の別の艦にいるわけではない。
だが、向こうのタレスの能力者に自分の力がばれたということはわかった。
「提督、ゼノンの魔術師は手に入れました。ですが、そのこと、向こうのタレスの能力者にばれています」
と、目を閉じたままドルフは言った。
「その程度のことはたいしたことではない。ドルフ、奴を放すな。自由になられたら、厄介だ」
要塞の幹部連中は、その会話が何のことやらわけがわからなかった。
「ゼノンの魔術師を抑えたのね。やるじゃない」
と、タリアは何が起きたか察して言った。
「この程度のことは、たいしたことではない。だが、タリア、君にはアーローンの第五惑星まで来てもらわなければならない」
「私は、行かない。言ったでしょう、私はダルシア人じゃないもの……」
タリアにとっては、ダルシア帝国の遺産など何の興味もないことだった。もちろんその価値の高さについて依存はない。彼らはジル星団最古の、そして最高の文明だった。ジル星団の他の多くの政府機関にとっては、どれほどの価値があるだろう。
だが、たった一人の何の身よりもない個人にとっては、さして重要なものには思えなかった。
ヤム・ディポック要塞司令官はこれまで静かだった要塞が、何か大変な事件に巻き込まれそうだという予感がした。
この要塞はロル星団の中央からかなり端のほうに位置していた。かつては星団内の戦争の中心ではあったものの、戦争が終結した今、単なる辺境に過ぎなくなっていたと思っていた。
だとしても、銀河帝国艦隊がヘイダール要塞を奪還するために襲来する可能性は十分にあると考えていた。
「申し訳ないが、バルザス提督、我々は今回の件について、ほとんど情報がない。あなたはこの件について、我々よりも知っているようだ。あなたの知っている事を説明してもらえないだろうか?」
と、ディポックは聞いた。
「すみません。ちょっと、待ってもらえますか?」
バルザスは目を閉じると、タレス連邦の一行のいる会議室を垣間見た。
ドルフ中佐の魔法に捕まっているゼノンの魔術師と、タレス連邦艦隊提督カウベリア、それにタレスの能力者、副官のセイル・ラリア大佐が話をしているのが見えた。
「ドレイ、おまえは誰なんだ?」
と、うつろな目をして、押し黙ったゼノンの魔術師に、フリッツは聞いた。
「駄目です。提督、やはりドレイは他の魔法使いの術中に陥っていると思われます」
と、ラリア大佐は言った。
「こんなことをするやつは、どんな魔法使いだ。リドスの連中は、タリアを連れて行く気だろう。それを阻止するには、どうすれば……」
そこで、何かに気づいたように、カウベリアは黙った。
そして、周囲を見回すと、
「いや、待て、落ち着くんだ。ここは、ひとつ冷静になる必要がある」
とカウベリアは言って、ラリア大佐に目配せをした。
「確かに、冷静になる必要がありますな……」
と、大佐がオウム返しに言った。
バルザスは、目を開けると、
「ディポック司令官、タレス連邦から来た連中は何人でしたか?」
と、突然聞いた。
「え?何人かと急に言われても……」
「五人だと思います」
と、副官のブレイス少佐が替わりに言った。
「しまった。一人足りない」
「どういうことです?」
「タレス連邦の連中のいる会議室にいるのは、今は四人だけです。あと一人はどこにいるのでしょう?」
要塞の仕官たちは、顔を見合わせた。
「確かに、初めは五人でした。しかし、今四人だというのは、どうしてわかるんです?」
と、フェリスグレイブ元中将が聞いた。
「もちろん、向こうの会議室を透視したのでしょう?」
と、タリアが当然のことのように言った。
バルザスがリドスの魔法使いの一人であることをタリアは知っているからだ。それに魔法使いは、呪文を使うことで透視能力者のような力も使えることを知っていた。
「透視したって?提督、あなたは、能力者なんですか?」
と、驚いてダズ・アルグ提督が聞いた。
「私は銀河帝国に能力者がいるという話は、聞いたことがない」
と、メイヤール提督が静かに言った。
銀河帝国の軍人に能力者がいるなんて、メイヤール提督は聞いたことがなかった。
公式に社会でもそのような能力者は、ロル星団では知られていないのだ。それはディポックの属した新世紀共和国でも同じだった。
かつて銀河帝国の始まりの時代には、そうした特殊な能力者を主に的にして狩って殺したと記録に残されている。特殊能力を持つものに対する恐れるあまり、そうした能力者を忌み嫌い、その存在すら消すという暴挙が行われたのだ。
だが、だからと言って、存在しないとは言い切れないものだ。能力を持っていても気づかない者もいるし、認められていないために、それを口にしない者もいるからだ。
特殊能力者の存在を認めないのと同様に、魔法と言うものもロル星団では御伽噺の世界のことだった。
「確かに、そうです。銀河帝国では、能力者の存在自体が、否定されていましたから」
と、バルザスは言った。
ただし、彼自身が能力者であるということは明言しなかった。
そんなことを言ったら、それを信じる、信じないということで話が混乱するからだ。今はそのようなことを議論している時ではない。
「あなたは、本当に、銀河帝国にいたバルザス提督なのか?」
と、グリンが言った。
「先程は、私がバルザス提督であるために疑っていたのに、今度はバルザスであることが本当かと聴くのですか?」
と、苦笑いをしながらバルザスは言った。
タリアはバルザスを不思議そうに見た。彼女には笑っているバルザスが悲しそうな目をしているように映ったのだ。そうしたバルザスをかつて、どこかで見たことがある気がした。
ヘイダール要塞から、シャトルが一機飛び出していた。タレス連邦の代表が乗ってきたシャトルだ。
「無断で出て行ったシャトルがあります」
と、司令室から報告があった。
「どこのものか、わかるか?」
と、ディポックは聞いた。
「タレス連邦のシャトルです」
「何だって!」
タリアは、何か言いたそうにバルザスを見た。
バルザスは首を振ると、
「仕方がない。司令官、タレス連邦の艦隊はおそらく、援軍を待って待機するつもりでしょう」
と、言った。
問題は、タレス連邦の艦隊が助けを求めるのが誰かということだ。
おそらくゼノン帝国の艦隊がやってくるのだとバルザスは予測した。ゼノン帝国の艦隊が現れたら、タリアを連れて、このヘイダール要塞から出るのが難しくなる。
「会議室のタレス連邦の連中はどうしますか?」
と、フェリスグレイブはディポックに聞いた。
「拘束するまでもないだろうが、一応会議室にいてもらうようにしよう。後で私が話をする」
「わかりました」
フェリスグレイブは、会議室の警備兵を増員するよう指示した。
彼らにとっては魔法も特殊能力も信じられないことなので、特にそのことについては話をしないようだった。
それを横目で見て、ドルフ中佐がゼノンの魔術師を抑えていれば、それだけでも大事は無いだろう、とバルザスは思った。
「それでは先程の話に戻って、今回の件について、バルザス提督にご説明を願いたいのですが……」
と、ディポックは静かに言った。
ディポックは、魔法だとか特殊能力とか言うことについて話を続けることはあまり賢明ではないと思っていた。今はタリア・トンブンとダルシア帝国のことについて話を聴くべきなのだ。
「わかりました。いいでしょう」
ジル星団は銀河帝国と新世紀共和国しかなかったロル星団に比べて、数多くの国々が存在し、様々な文明を形成していた。これらの国々はダルシア帝国とナンヴァル連邦を中心とする惑星連盟に加盟していた。
ゼノン帝国は惑星連盟の中でも大国であり、いつも揉め事の中心にいた。
他の国々はいずれもゼノン帝国に比べると規模が小さく軍事面においても弱かったので、実質的には多くの加盟国はダルシア帝国とナンヴァル連邦に庇護されているのだった。
その中でタレス連邦は最近ワープ技術を開発し、宇宙に進出した国だった。ただ今回わかったのは、そうした技術開発においても、ゼノン帝国の強い影響があったらしいということだった。つまりかなり前からタレス連邦とゼノン帝国は関係をもっていたのである。
「今回の件については、あなた方も聞いたとおり、ダルシア帝国のコア大使の死が引き金になったのです。ダルシアはジル星団の最古の種族であり、他に類を見ない高度な文明でした。おそらく、ジル星団の他の文明を数千年は引き離していたと考えられます。
そのダルシアにとって難点は、それを担う人々がコア大使以外にいなくなっていたことです。もちろん、本国は『ダルシアン』という人工知能である中央脳によって管理されているので、誰もいなくなっても困らないのですが、最小限度の重大な判断を下すために、どうしても肉体を持って存在する者が一人必要なのです。
そのため、コア大使は自分が死んだときのために、ダルシアの遺産を継承する者についての遺言を残しておられました。
ダルシアの遺産とは、ダルシア帝国の領土だけではなく、その高度な文明そのものである知的遺産も含まれているのです。
ゼノン帝国とタレス連邦は、その遺産を狙って、密約を交わしたものと思われます。ゼノン帝国は、長年このときを待っていて、ダルシア人の血を引いた者を何人か探していたようなのです。
ただ、継承者として『ダルシアン』の認可を得るために、コア大使がタリア・トンブンに何らかの秘密を漏らしたのではないかと考え、タリアを捕まえようとしていると思われます」
タリアはため息をついた。
自分の祖国であるタレス連邦が、こんな陰謀に手を貸したとは情けない。
「じゃ、今回のあの大統領令は、私の所為というわけなの?」
もし、そうだとしたら、難民となったタレスの能力者たちに何と言えばいいのだろう。
「別に、君の所為ではない。多分、ひとつのきっかけにはなったのだろうがね」
「きっかけですって?」
「そうだ。タレス連邦は、ゼノンの魔術師の秘密も知りたがっていた。能力者は重宝だが、能力の範囲が魔術師と比べて狭いと感じたのだろう。だから君と引き換えに、ゼノンの魔術師の呪文を手に入れようとしていたと考えられる」
「つまりゼノンの秘密を欲しがっただけではなく、ダルシアの秘密も欲しがったということ…」
「それだけではないさ。ワープにしたって、ダルシアのワープ技術は、ゼノンやタレスよりも何倍も高速だ。他の科学技術も同様だがね」
ヘイダール要塞の者たちは、バルザスとタリアの会話が理解できなかった。高速なワープ?そんなものがあるというのか?
「そういえば、タレス連邦の艦隊がワープ・アウトしたのを我々の探知装置は気づかなかった。ただ、突然表れたというだけだった。もしかしたら、ジル星団のワープ技術は我々とは違うのか?」
と、ダズ・アルグが聞いた。
「基本的には違いませんが、違うところもあります」
と、バルザスは言った。
「バルザス提督、あなたはこちらに来てまだそれ程たっているとは思えないのですが、だいぶ詳しいようですな」
と、グリンは言った。
「まあ多少は、こちらでやっていく上に必要ですから」
と、バルザス提督はあいまいに言った。
「それで、タリア・トンブンが、ダルシアに行く必要があると言っていたようですが……」
と、ディポックは言った。
「そうです。これから私が言うことは、コア大使の遺言だと思って聞いてほしい、タリア」
「ダルシア帝国の正式な後継者をコア大使は指名していた。それが、君だ、タリア・トンブン」
「そんなはずはないわ。言ったはずよ。私にはダルシア人の血は一滴も流れていないわ」
「そんなことは、関係ない。コア大使が指名したということが重要なんだ。だから、可及的速やかに、ダルシア帝国の本星、恒星アーローンの第五惑星に行かなければならない。『ダルシアン』が君を待っているんだ」
「馬鹿なことは言わないで。とんでもないわ、ダルシアの遺産を継承するなんて、考えたこともない」
ダルシア帝国の国籍を取得したといっても、タリアにとってそれは自分の身を守るためのものでしかなかった。本来自分の属しているものではないのにその遺産を相続するなんて、まるで泥棒のようではないか、とタリアには思えた。
「それでもだ。いいかい、もし、ゼノン帝国の連れてきた連中がダルシア帝国の遺産を継承したら、どうなると思う?」
「それでも、かまわないでしょう?」
ゼノン帝国がダルシアの遺産を継承したとても、タリアには何ら痛痒は感じない。
「違うな。ゼノン帝国は、おそらくジル星団の統一を企んでいる。ダルシア帝国の遺産をそのために必要としているんだ」
「だから、ゼノン帝国がジル星団を統一したからと言って、誰が困るの?リドス連邦王国が困るの?」
それでは、リドス連邦王国が利用しようという気なのか、とタリアは疑いたくなった。
「ゼノンは、基本的に爬虫類型の生物だ。それも肉食を基本としている」
と、バルザス提督は唐突に言った。
「そんなこと知っているわ。それが何なの?」
「大統領令で、タレスの能力者たちは、皆捕まって収容所に送られることになった。そして、どこに連れて行かれると思う?」
「どこって、訓練所でしょう?私も行かされるところだったけど」
「違う。そのことでは、タレス連邦政府も騙されていた。能力者たちは、ゼノン帝国の星に送られて魔術師として修行させられることになっていたが、実際は食料にされるところだったんだ!」
「まさか……。噂では聞いたことがあるけれど、ゼノンはまだそんなことをやっていたの?」
ジル星団の中では、ゼノン帝国が他の種族を食用としているというのは、時折噂されるスキャンダルだった。それはタリアも聞いたことがある。
「ゼノンがジル星団の他の種族を食料としていたのは、過去のことではない。今現在も進行中なんだ。そして、次に狙っているのが銀河帝国というわけだ」
と、バルザス提督は言った。