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ふたご銀河の物語(改訂版)  作者: 日向 沙理阿
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ダルシア帝国の継承者 6

 ヘイダール要塞の司令室では、リドス連邦王国艦隊のバルザス提督の呼びかけに応じてディポックは通信回線を開いた。



「私はヘイダール要塞司令官ヤム・ディポックです」


「私は、リドス連邦王国艦隊司令官ベルンハルト・バルザスです。そちらに、ダルシア帝国のタリア・トンブンがいないでしょうか」

と、バルザス提督は言った。



 スクリーンに映じたリドス連邦王国のバルザス提督は、ロル星団の年齢の基準で言うとおよそ30代に見える、眉目秀麗な人物だった。


 ヘイダール要塞司令官ヤム・ディポックは、年齢は彼より若いが、元新世紀共和国で軍の元帥の地位まで昇った人物だった。それに比べてバルザスは元中将だった。それを考えてか、バルザス提督の言葉遣いは自然に丁寧になったように思えた。


 そうこうするうちにディポック司令官の傍に、銀河帝国から以前要塞に亡命してきたメイヤール提督が来た。

 密かに要塞司令室に彼を呼び出したのは、バルザス提督と言う人物が元銀河帝国のバルザス提督かどうかを確認する為だった。



「タリア・トンブンは確かに、ここにいます。リドスのバルザス提督、ヘイダール要塞にようこそ、と言うべきなのでしょうね」

「我々は、ヘイダール要塞を攻撃する意図はありません。ただ、タリア・トンブンを保護したいだけなのです。彼女は無事でしょうか?」

「タリアは、無事です」

「我々が来る前に、タレス連邦の艦隊が来たようですが、要塞の中にタレス連邦の者達を入れましたか?」



 バルザス提督にとって、これはあくまで単なる確認の作業だった。



「入れました。タリアの身柄を要求してきたので、その理由を聞く必要があったのです」

「彼らを要塞に入れたのは、間違いでした。危険です」

と、バルザス提督は指摘した。


「なぜです?」

「彼らの中に、ゼノンの魔術師がいます。すでに魔術師は要塞に魔法を掛けているものと思われます」

と、魔法が使われているのが当然のことのようにバルザス提督は言った。



 もちろん、要塞の人々がバルザス提督の話をすぐに信用するとは思ってはいなかった。ロル星団出身のバルザスにはこうした事柄についての彼らの考えや態度がよくわかるのだ。



「まさか……。あなたが、魔法を信じているとは、思えませんが。元銀河帝国軍中将ベルンハルト・バルザス提督」



 ディポックはメイヤール提督から、スクリーンの人物がバルザス提督だという確認をした上で、言った。

 銀河帝国からヘイダール要塞に亡命したメイヤール提督は、スクリーンに映った人物がバルザス提督だというこがすぐに分かった。

 銀河帝国には多くの将官がいるが、かの新王朝を創立した若き皇帝に並ぶほどと言われる美貌の持ち主だというのが、将官の間での噂だった。

 メイヤール提督はバルザス提督と直接話した事は無かったが、一度ならず何度も、メイヤール提督は様々な銀河帝国の式典で見かけたことがある。当時は有名なのはその美貌だけだったが、今ではかの大逆人の部下ということで有名になっていた。



「確かに、私は元銀河帝国軍にいたベルンハルト・バルザスです。ですが、今はリドス連邦王国に属しています」

「すると、あなたは、リドス連邦王国の命令を受けて動いていると考えていいのですね」

「そうです。リドス連邦王国は、ダルシア帝国とのかねての約定を遵守します。従って、タリア・トンブンを約定に従って保護するつもりです」

「約定とは何です?」

「ダルシア帝国とリドス連邦王国は同盟国でした。その同盟条約の規約にあることです」

「それについて、もう少し詳しく知りたいのですが、できれば要塞の方に来て話をしていただけませんか?」

と、ディポック司令官は言った。


「わかりました。ただし、我々の訪問については、タレス連邦の連中には知られたくありません」

「もちろん、彼らには黙っています」




 バルザス提督は、シャトルに乗ってヘイダール要塞に入った。



「我々だけで、いいんですか?」

と、一緒に来た副官のドルフ中佐が言った。



 シャトルに乗れる人数は限られている。多くの兵士を連れて来るわけには行かないのだ。とはいえ、あと数人は連れてくることが可能だったのだ。



「ゼノンの魔術師を軽んじてはならない。こちらの人数が多いと、逆にやられる危険性がある」

と、バルザスは慎重に言った。


「では、私の魔法は使えますか?」

と、ドルフ中佐は確認した。



 リドス連邦王国において指揮官が魔法使いであることは、特別なことではなかった。バルザスと共にドルフ中佐もある程度魔法が使えるのだ。



「使えるようにしてある。我々に都合の悪い部分だけを解除した」

「随分、器用なのですね」

「人数が少ない分、こちらに有利にしなければならないからな」



 シャトルを出るときに、バルザスは指をパチンと鳴らして結界を張った。バルザスら、リドスの者以外には中に入れないようにしたのだ。

 二人はシャトルを出ると要塞の士官に迎えられ、ディポック司令官に遭うために案内されて行った。



 ヘイダール要塞はかつて銀河帝国に属していた時と、見た目はあまり変わっていないようにバルザスには思えた。要塞の中にいる者たちが替わっただけなのだ。


 だが、大きく変わったものがある。

 要塞の中の雰囲気が変わっていた。以前銀河帝国軍がこの要塞にいたときの雰囲気とは違う、妙な優しさや静けさがバルザスには感じられるのだ。それは銀河帝国の住民と入れ替わって、元新世紀共和国にいた人たちが住んでいる所為なのか、それともロル星団における戦争が終った所為なのかはわからなかった。

 だが確実に言えることは、この要塞が浄化されつつあるという感覚だった。これは霊的な感覚に近いものだ。ここはかつて、銀河帝国軍と新世紀共和国軍が戦った戦場の中心に位置するのだから。





 ヘイダール要塞の会議室には、タリアとディポック司令官他、要塞幹部を構成する者達が再び集まっていた。要塞防御指揮官であるウル・フェリスグレイブは、司令官の傍に坐っていた。

 メイヤール提督は同じテーブルの端の方に彼の副官と共に座っていた。ディポックが顔を向けなくとも目に入る場所だった。


 青みがかった白いリドスの軍服を着た本物のバルザス提督が会議室に入ってくると、メイヤール提督が頷いた。銀河帝国にいたバルザス提督だという合図である。


 バルザスはディポック司令官を見た瞬間、眩しさを感じて瞬きをした。

 これは、いったい、何なのだろう。それは魔法使いとしてのバルザスの研ぎ澄まされた感覚が告げていることだった。だが、その理由を考えている暇はなかった。

 バルザスはディポック司令官にまず挨拶をした。軍人の敬礼は、銀河帝国でも新世紀共和国でも、もちろんリドス連邦王国でも似たような形だった。



「先程は、スクリーンで失礼しました。私がベルンハルト・バルザスです」

「どうも、私が、ディポックです。それで、タリア・トンブンの件ですが……」

「こちらに来たのは、先ほどお伝えしましたようにリドス連邦王国の命令です。ダルシア帝国はリドス連邦王国の同盟国でした。同盟条約に、ダルシア帝国のコア大使が亡くなった時、コア大使の指定する人物を保護するようにという規約があります。コア大使の指定した人物のひとりがタリア・トンブンなのです。」

と、バルザスは言った。


「すると、そのコア大使の指定した人物というのは、まだいるわけですね」

「そうです。リドス連邦王国の他の艦隊は、その人物を捜索しています。またゼノン帝国の艦隊も動いています」



 その時、参謀のグリンが話を遮った。



「聞きたいことがあるのですが、ディポック司令官、よろしいでしょうか?」

「構わないが、バルザス提督、いいでしょうか?」

「どんなことですか?」



 バルザスは、相手が何を聞きたいか、だいたいのところは察していた。



「バルザス提督は、銀河帝国の元元帥オルフ・オン・ダールマン提督の部下だったと聞きました。そのダールマン提督は現在、銀河帝国の大逆人として追われています。彼が、今どこにいるのかご存知でしょうか?」

と、グリンは言った。


「それは、ヘイダール要塞が銀河帝国の傘下に入っているということでしょうか?」

と、バルザスは言った。


「私が気になるのは、銀河帝国の大逆人であるダールマン提督が何を考えておいでかということです」



 バルザスはため息を付きそうになって、それを飲み込んだ。



「つまり、私はここでダールマン提督の身の潔白を証明しなければならない、ということでしょうか?」

「そこまで言ってはおりません。ですが、あなたがリドス連邦王国にいるということは、ダールマン提督はリドス連邦王国にいると考えていいのでしょうか?」

「提督は、確かにリドス連邦王国の艦隊にいます」

「リドス連邦王国は、あなた方の正体を知っているのでしょうか?」

「知っています。それが信用できないというなら、タリア・トンブンに聞いてみるといいでしょう。彼女は、我々のことを知っているはずです」



 グリンは、タリアの方を向いた。



「今の話、本当でしょうか?」

「え?ええ。そうよ。私、知っているわ。銀河帝国から大逆人と言われているということでしょう?だいたい、リドス連邦王国の艦隊の知り合いというのは、彼らのことなの」

「彼らというと?」

「もうひとりいるでしょう?ええと、帝国での名前は、確かヨハン・ベルゲンだったわ」

「なるほど、ベルゲン提督か。確かに彼は、行方不明になったダールマン提督の副将だった」

と、ウル・フェリスグレイブは言った。


「いったい何の話なの?彼らが銀河帝国の大逆人の一味だとしても、私たちには関係ないことだわ」

と、タリアは言った。



 バルザス提督とその仲間が銀河帝国の大逆人だったとしても、タリアにとってはどうでもよいことだった。なぜなら、彼らはもはや銀河帝国の者ではなく、リドス連邦王国の者だったからだ。

 正確に言いうと彼らは、元々惑星ガンダルフに属する者たちなのだ。魔法使いの星である、惑星ガンダルフに属しているのだ、とタリアはコア大使から聞いていた。


 ジル星団の惑星ガンダルフは大昔から魔法使いの星として伝えられて来た。魔法使いが多いだけではなく、その力も強いと言われていた。

 かつて、ジル星団ではゼノン帝国よりも魔法使いの数も力も上だと言われて来た。中でもガンダルフの五大魔法使いは魔法使いの中でも並ぶものもないほど強力だった。

 魔法だけを比べるならば、あの竜型種族でふたご銀河最強の種族と言われるダルシア人と比べても決して引けをとることはなく、もしかしたら彼らよりも強かったとも言われているのだ。

 その中でも大賢者レギオンと呼ばれる魔法使いは、魔法の呪文を綴れる魔法使いでジル星団の様々な国や惑星に生まれ変わり、魔法を広めたと伝えられて居る。


 その五大魔法使いの一人である大賢者レギオンがロル星団に生まれ、銀河帝国のオルフ・オン・ダールマン提督となったと、タリア・トンブンは亡きコア大使に聞いたのだ。その際、その部下であるベルンハルト・バルザス提督がガンダルフの五大魔法使いの一人、銀の月であるという事も聞いたのだ。

 そして、現在彼らはガンダルフの魔法使いとして目覚めていると亡きコア大使はタリア・トンブンに語ったのである。


 これは、ジル星団にとって、特にジル星団の古い文明の国にとっては、当然のことといえた。

 だが、この要塞の人々にとってはそれを聞いたとしても理解することはできないだろうと思われた。



「いや、関係がある。あなたを信用できない者に渡すことはできない」

と、ディポック司令官が言った。


「待って、私はどこにも行かないわ。だって、タレスから来た仲間をここに置いてはいけないもの」

「いや、タレスの人たちはここに置いて、タリア、君にはダルシアに行ってもらわなければならない」

と、バルザス提督が言った。


「どうして?」

「ダルシア帝国の遺産を継承する問題が残っている」

「私は、本物のダルシア人じゃないわ、だから今回の件については、何の関係もないはずよ」



 タリアはタレス連邦生まれで、両親ともにタレス人だった。事情があって、ダルシア国籍になっただけなのだ。



「だとしても、一度はアーローンの第五惑星に行かなければ、そこに、他の継承候補者もくるはずだ」

「あのね、私はコア大使から、何も聞いてないの。だから、何もできないわ」

と言って、タリアは肩を竦めた。


「そうじゃない。君はすでにダルシア国籍になっているはずだ。あのダルシアンは、君をダルシア人として認識している。だから、この問題に君は関与せざるを得ない」

「じゃ、他の継承者というのは誰?コア大使の他には、ダルシアの血を受け継ぐ者はいないと聞いたけれど」

「ゼノン帝国が他の星人との混血したダルシア人がいることを知っているそうだ。彼らが、その人々を連れてくると言っている」

「で、どうやって継承者を決めるの?」

「決めるのは、ダルシアンだ。彼か彼女かは知らないが、ダルシアンが認めた者が、ダルシアの遺産を継承することになる」

「ということは、タリア・トンブンも候補者の一人ということになるのですね?」

「そうです。ディポック司令官」

「私は行かない。だって、本物のダルシア人じゃないもの」



 どう見てもダルシア人ではない自分が行く必要があるとは、タリアには思えなかった。ダルシア人の血が一滴も混じっていないのだから。



「ダルシアンが君のことを、呼んでいるんだ。君が行かなければ、おそらく継承者の選定も始まらないだろう」

「そんな……」



 バルザスは話をしながら、この会議室での話を聞いている者が別にいることを感じていた。例のゼノンの魔術師である。




 ヒールリアン・ドレイは、右手を額に当てて、しばらく目を閉じていた。


「なるほど、リドス連邦王国の提督が一人来たようです」

「タリア・トンブンを迎えにか?」

と、カウベリア提督が言った。


「そうです。ただ、タリアはダルシアの継承者の件については、何も知らないと言っています」

「そんなはずはない。この件について何か知っている者がいるとすれば、コア大使の秘書だったタリアしかいないではないか。それに、リドスの連中もタリアを迎えにきたのだろう?」

「そうなんですが、タリアの方は、知らないの一点張りのようです」



 タレス連邦とゼノン帝国は、ダルシア帝国の遺産の継承者について、密かに協定を結んでいた。

 ゼノン帝国がダルシア人の他星人との混血児を探して連れて行き、タレス連邦が亡くなったダルシア帝国のコア大使の秘書であったタリア・トンブンを連れて行くということだ。

 タリアはダルシア帝国の遺産を継承する者について、あるいはその方法について、何かコア大使から聞いている可能性がある、というのがゼノン帝国大使の話だった。


 それに今、ダルシア帝国に近づくことは非常に危険なことだった。

 ダルシア帝国の艦隊はゼノン帝国艦隊ですら手に負えないほど強力だった。現在コア大使が亡くなったことで、ダルシア帝国本国は厳戒態勢を取っている。ダルシアの艦隊はダルシア本星に近づく宇宙船をすべからく攻撃するようになっているのだ。

 コア大使の秘書であったタリアなら、大使が亡くなったときの対処について、何か知っているのではないかとゼノン帝国側は考えているというのだ。

 もし、ゼノン帝国の連れて行った者が継承者として認められたなら、タレス連邦にもダルシア帝国の遺産を分けてくれるという取り決めだった。具体的には、ダルシア帝国の科学技術の解明のために二国が協力し、その成果を分け合うという筋書きだった。

 とはいうものの、肝心のダルシア帝国に入れなければ何もできないのだ。



「何も知らないとしても、本人が覚えていないということもありえるでしょう」

と、ドレイが言った。


「だが、リドスの連中が来たのでは、簡単にはいくまい」

と、カウベリアが言った。


「提督、私の力を見くびっては困りますよ」

と、ゼノンの魔術師は言った。



 宇宙空間を隔ててなら難しいが、このヘイダール要塞という閉ざされた空間なら、ヒールリアン・ドレイにも魔法を使う余地が充分あるのだ。

 自信のあるドレイは、リドス連邦王国のバルザス提督に魔力で接触した。こいつを虜にしてしまえば、ことは簡単だと思ったのだ。




 話をしていたバルザスは、ゼノンの魔術師が魔法を掛けようとしていることに気づいた。



「ひとつ聞いてもいいかな?」

と、ディポック司令官が言った。



 ディポックだけではなく要塞の他の幹部たちも、バルザス提督にゼノンの魔術師が魔法を掛けようとしているとは、夢にも思っていない。



「構いませんよ、どうぞ」

「タリアが行かなかったら、どうなるんです?」

「おそらく、ダルシアンはダルシアの継承者を決めないでしょう。いつまでもタリアが来るのを待っていると思います」

「それは、まさか……」



 ディポック司令官はあることに気が付いていた。この話はどこかおかしい。最初から継承者が決まっているような気がするのだ。



 バルザスは指を口に当てると小さな声で、

「しっ、黙っていてください。それ以上は言わないで……」

と、言った。



 バルザスが指先を数回回転させると、彼の頭の周りで火花が散ったように見えた。



「ドルフ中佐、今だ!」



 タリア以外の者たちは、何が起きているのかわからなかった。



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