ダルシア帝国の継承者 4
タレス連邦の艦隊からヘイダール要塞に来たシャトルには、代表として五人の士官が乗っていた。
驚いたことに、艦隊司令官のカウベリア本人も来た。このような時にジル星団では彼の代理として、本来なら副官辺りが来るものだからだ。
一方会議室では、ヘイダール要塞司令官であるディポックと副官のブレイス少佐、参謀であるグリン中将、それとタリア・トンブンが待っていた。
要塞に来たタレス連邦の一行は、厳しい表情で会議室に案内されてきた。
タレス連邦艦隊司令官カウベリアの軍服の胸の階級章らしきものの横にタリアと同じ小さな言語フィールド発生装置が付けられていた。一緒に来た者たちも同じものを身に着けている。
「我々は、タレス連邦の指名手配犯タリア・トンブンの引渡しを要求する」
と、テーブルのディポック達の向い側に座ると、冒頭からタレス連邦艦隊司令官カウベリアが強硬に言った。
「ここは、タレス連邦ではありません。ですので、ダルシア帝国籍のタリア・トンブン氏を引き渡すことはできません」
と、要塞司令官のヤム・ディポックが冷静にはっきりと言った。
すると、
「我々はタレス連邦政府の正式の命令で派遣されたものである。直ちに、タリア・トンブンを引き渡されたし」
と、頑固にカウベリアは主張した。
「では、あなた方は、このヘイダール要塞の司令官の意向を無視すると言われるのか?」
と、要塞参謀のグリンが言った。
「無視するわけではない。引き渡さなければ、我が艦隊がこの要塞を攻撃するが、よいのだろうか?」
と、カウベリアは警告した。
先ほどの攻撃がヘイダール要塞を少しも傷つけなかったというのに、タレス連邦側は態度を変えなかった。それはもしかすると、タレス連邦の艦隊がまだ攻撃能力を温存し強力な兵器を隠し持っている可能性もある事を思わせた。
「無理なことを仰っているようです。第一ここは、ヘイダール要塞です。タレス連邦ではありません。タリア・トンブンがダルシア帝国の者であるなら、我々はあなた方が逮捕することを許可しません」
と、ディポック司令官は言った。
タレス連邦のカウベリア提督は、眉を潜めてしばらく考えているように見えた。
「では、ひとつ重要な情報を提供しよう。そのタリア・トンブンの庇護者であった、ダルシア帝国のコア大使は亡くなったのだ」
と、カウベリアが言った。
何かあると思っていたタリアは、
「嘘だわ。コア大使が亡くなるわけがない。」
と、言った。
ダルシア人の寿命がジル星団の中でも特に長いということは知られている。それに、コア大使と最後に会ったときに、死について示唆するような話はしなかった、とタリアは思い出した。
「おまえはTPだったな。ならば、分かるだろう。私が嘘を付いていないことを」
と、カウベリアが言った。
タリアは、カウベリアを睨みつけた。
ジル星団の種族は、特殊能力を持つ者がいるので、それに対する対抗策もある程度わきまえていた。自分の心にブロックを設けて、TPなどに心を読まれるのをある程度防ぐことができるのだ。ただし、その場合、ブロックがあるということがTPには分かる。今カウベリアは、ブロックをかけていなかった。
「本当だわ。コア大使は死んだ」
と、手で顔を覆い、タリアは沈んだ声で言った。
「そうだ。おまえの庇護者は死んだのだ。だから、もうおまえを守ってくれる者はいない。もし、おまえが我々と来るなら、この要塞を攻撃する必要はない」
タリアには、このヘイダール要塞がタレス連邦の艦隊と遣り合って、どうなるのかはわからなかった。カウベリアの言葉で余ほど自分たちの力に自信があるのだろうと彼女は感じた。自分の所為で、何の関係もないこの要塞の人たちに迷惑を掛けることはしたくなかった。
「少し、考えさせて……」
そう言うと、ヘイダール要塞側の代表はタリアと共に会議室を出た。
ディポック司令官は、すぐにタリアとヘイダール要塞の司令部を構成する者達を別の会議室に集めた。タレス連邦政府の艦隊があまりに早く現れたので、タリアに事情を詳しく聞く暇がなかったのだ。タリアのお陰で時間が出来たので、詳しく事情を聴こうとした。
別室に移ると、タリアは黙って坐っていた。
あまりの衝撃で涙もでなかった。
タリアにとって、ダルシア帝国のコア大使は、これまでたった一人の味方であり、理解者であったのだ。何よりもタリアの一番信頼する人物なのである。
何か肌が妙にチクチクするのはなぜだろうとタリアが思った時、
「我々には、あまりに情報が少なすぎます」
と、最初に参謀のグリンが言った。
「そうだね。タレス連邦の人たちは、多少待たせても大丈夫だろう。タリア、もしよかったら、もう少し詳しい事情を我々に聞かせてくれないだろうか?」
と、ディポック司令官は言った。
タリアには、まるで自分だけ水槽の中にでも入ったように、耳の具合が変に思えた。ヘイダール要塞の人たちの言うことが、どこか他人事のように聞こえるのだ。
「私は、タレス連邦の出身ですが、TPの能力を持っていたために、政府によって幼い時分に家から連れ出され、家族と離れ離れになりました」
と、タリアは何とかこれまでの事を話し始めた。
タレス連邦の特殊能力者は政府の特別な訓練を受けさせるために、子供のときに家族から離されるのだ。それは、タレス連邦に住む人々にとっては暗黙の了解の下に、長年の間行われてきたことだった。
タリアはそれに反抗して、政府の施設を去り、タリアと考えを同じくする者達を密かに、他の惑星政府に逃がすということをしていたのだ。
「これまで、密かに行われてきたことが、今回大統領令で公に大々的に始まったのです。その上、それまで見逃されてきたTPや念力や透視能力以外の力を持つ者たちも対象とされるようになりました」
「他にどんな、能力があるのかな?」
と、ディポックは聞いた。
「例えば、予知能力や死者と話すことのできる能力です。こうした力は、戦力として使い難いために、それまで政府の求める特殊能力者の範疇には入れられなかったのです。それが、今回の大統領令はそうした人たちまで拘束して政府の施設に収容されることになったのです」
「そんな能力が、本当にあるものなのか?」
と、参謀長のグリンが信じられないというように言った。
「ジル星団の多くの政府は、そうした能力が存在することを公式に認めています。大抵の政府はそうした能力者を政府の手先としてスパイ活動などに使っているのです」
「あなたの能力であるTPというのは、どんな能力なの?」
と、リーリアン・ブレイス少佐が聞いた。
ブレイス少佐は、要塞の司令部の中で紅一点であり、なかなかの美人だった。
「TPというのは読心能力のことで、私は相手の言っていることの真偽を見極める程度のものです。その程度の能力者は沢山います。ですが、心の中のことを何でも分かるような能力者はタレスでは少数です。」
「そうした能力はどうした時に使われるのかな?」
と、ディポック司令官は興味を持って聞いた。
「例えば、政府の場合は、外交関係で、相手の言っていることが本当かどうかという場合です。条約締結の際には、TPの同席が必須となっています」
タリアは服の上に付けたアクセサリーのように見える言語フィールド装置をいつのまにか触れていた。
言葉を繊細に操る必要がある外交交渉などの場においては、言語フィールド装置だけでは、意思疎通が難しい場合が往々にあった。
その欠点を補うためにTPが必要だったのだ。
だが、ここで言語フィールド装置の詳しい説明に入るには、ためらいがあった。他に大事なことがあるという気がするのだった。
肌がチクチクする感覚はずっと続いていた。タリアは変だと思ったが、それを声に出すことが出来なかった。
「念力というのは、どのくらいの能力なんだい?」
と、ダズ・アルグ提督が聞いた。
ダズ・アルグは、要塞の駐留艦隊の指揮官である。
割と年が若く見える背の高い、ヒョロリとした人物だった。
「そうですね、例えばこのスプーンを動かすくらいのことはできます」
と言って、タリアはお茶のカップの傍に置かれたスプーンを手で持ち上げた。
「それで、いったい何ができるんだい?」
と、バカにしたようにダズ・アルグは聞いた。
「宇宙船のコントロールをする機器のボタンや回線をいじることができます」
「それは、危険だ」
と、参謀のグリンが言った。
グリンはよく見ると、髪に白いものが混じっている、この要塞の中でも年嵩の方だった。
「要塞にやってきたタレス連邦の連中の中に、そうした能力者がいるのだろうか?」
と、ヘイダール要塞の防御指揮に当るウル・フェリスグレイブ装甲兵指揮官が言った。
フェリスグレイブは職掌がら、筋肉質で力強くタリアには見えた。
「多分いると思います。もう、何かしているかもしれません」
「まさか、それが目的でこちらに来たのではないだろうな」
と、要塞事務を司るノルド・ギャビ元中将が言った。
「その可能性は大いにあります。でも例えそうした能力を使ったとしても、この要塞自体を乗っ取るようなことはできないと思います。それほど大きな力を持つものは、タレス連邦にはいません。他のジル星団の政府にもいません。ただ、ゼノン帝国か、あるいはリドス連邦王国には、いるかもしれませんが……」
ディポック司令官は、リドス連邦王国の名が出てきたことに興味を持った。
「その、リドス連邦王国だけれど、我々はほとんど知らない。あなたは、ここに来る前に、通信でリドス連邦王国の艦隊のことを聞いたが、リドス連邦王国はあなたにとって味方ということなのかな?」
と、ディポックが聞いた。
「彼らは味方です。ダルシア帝国のジル星団での同盟国はリドス連邦王国とナンヴァル連邦だけでした。ダルシア帝国は他の政府とは同盟を拒否していましたから」
「同盟国というと、ダルシアはリドス連邦王国のことをかなり知っているということかな?」
「コア大使は詳しく知っていたと思います。私は秘書と言っても、なって数年しかたっていないのでそれほど詳しくはありません」
「それと、リドス連邦王国の艦隊がこちらに向っているとか言わなかったかな?」
「もしかしたら、と思ったのです。リドス連邦王国の艦隊に知人がいるものですから。実はその人にこの要塞のことを聞きました」
「なるほど、向こうは我々のことをよく知っているということか」
と、ダズ・アルグが言った。
「リドス連邦王国は、このふたご銀河のことなら大抵のことは知っていると思います」
「で、そのリドスというのは、戦闘的な種族かな?」
「彼らは、あまりそうしたことはしないと思います」
「信用しているということかな?」
「ええ。コア大使は信用していましたから」
タリアは、ふとタレス連邦艦隊から来たカウベリア提督一行の顔を思い浮かべた。何か可笑しいのだ。先程から肌がぴりぴりするような妙な感覚がある。こうした感覚は、自分に危険が近づいている時に感じたことのあることだと思い出していた。
「そうだわ。ゼノン、ゼノン帝国だわ。忘れていた。」
と、タリアは思わず大きな声を出した。
「ど、どうしたんだ?」
と、ダズ・アルグ提督が驚いて言った。
「ジル星団でもリドスを除いて、強力な能力者のいる政府です。あのタレス連邦の艦隊から来た連中の中に、ゼノン帝国の魔術師が混じっているのだと思います。でも、タレスとゼノンは外交関係があまり良くないはずなのに」
タレス連邦政府は表では魔術師や特殊能力者の悪口を言ったりしていたが、ゼノン帝国の魔術師にひどく興味を持って居た事をタリアは思い出した。
ジル星団においてゼノン帝国は科学技術だけでなく、魔法や魔術における大国だった。
現在はリドス連邦王国もその大国の一つと数える者もいるが、長い間ゼノン帝国だけがその地位にいたのだ。
そもそもタレス連邦がゼノン帝国に近づいたのは交易をしたいということよりも、ゼノンの魔術に魅かれてのことだったと言われたていた。
タレス連邦はその魔術を求めたが、ゼノン帝国は拒否した。それだけではなく、それを口実にして交易までも拒否してきたのだった。
ゼノン帝国にとって魔術は非常に重要なもので、他国へ伝える事を禁じていた。そのため、交易や人の往来までも拒否してきたのだと言われていた。
けれども、タレス連邦は何とかゼノンの魔術を手に入れるために様々な事をして来た。そして、とうとうタレス連邦の強力な能力者をゼノンに送って魔術師の修行をさせることになったと言う噂が流れたことがあった。
あの話はもしかしたら、本当のことだったのでは、とタリアは思い出した。
「魔術師だって?何だって、突然お伽話になるんだ?」
とダズ・アルグが言った。
それは魔法や特殊能力について、忌避感を持って居るロル星団の者としては当然の反応だった。
「御伽噺ではありません。特殊能力のうち、念力の強い者は、単にモノを動かすだけではなく、魔術が使えるのです。ジル星団の古くからある国やゼノン帝国には伝統的にある種の魔術があって、強い念力を持つ者や修行をした者がそれを使えると言われています」
ディポック司令官や他の元新世紀共和国の軍人には、信じられないような話だった。
もっとも、ジル星団の中でもタレス連邦のような新しい国にはあまり魔法や魔術が使える国はなかった。その代わりに特殊能力者が多かった。
「その魔術というのは、どんなことができるのかな?」
と、ディポックは揶揄するのではなく、まじめに聞いてみた。
「私も、ゼノンの魔術師についてはあまり知りません。ただ、宇宙都市ハガロンで、一度経験したことがあります。ゼノンの魔術師がハガロンを乗っ取ろうとした事がありました」
宇宙都市ハガロンの中枢脳が突然、機能しなくなったことがあった。
そのため、近くを遊弋していたゼノン帝国の艦隊がハガロンの防御宙域を超えて、間近にまで接近させてしまったのだ。その時、ハガロンの司令室では、多くの仕官たちがそのことに何の疑いも持たずに仕事をしていた。誰もその危険に気づくことがなかったのだ。
危うく、ハガロンがゼノンの手に落ちるところだったと、後でダルシア帝国のコア大使から聞いたのだ。
タリアは、その時ハガロンの他の人々同様何も気づかなかったが、妙に肌がぴりぴりしたことを覚えている。
ただ、ヘイダール要塞は宇宙都市ハガロンよりも何倍も大きい。従って、ゼノン帝国の魔術師が魔法を掛けようとしても、かなりの力を必要とする。それに、ロル星団とジル星団のゼノン帝国とでは科学技術的には大きく異なったところがあるはずだった。それを無視して、ゼノン帝国の力のある魔術師であっても簡単に魔法を掛けることができるとは思えなかった。
つまり魔法や魔術の力が大きい場合にはある程度科学技術の情報は無視してもかまわないが、力が足りない場合は、科学技術の情報が重要になるのだと、コア大使が話していた記憶がある。タリアは詳しくは聞かなかったが、科学技術と魔法との境界は案外低いものだというのだ。それぞれが完全に独立した別のものというわけではないらしいと聞いていた。
「で、その時はどうして助かったのかな?」
と、ディポックが聞いた。
「コア大使が、気づいて、阻止したのです。具体的には、ゼノンの魔術師の術を解除したのだと言っていました」
「すると、ダルシア帝国も強力な能力者がいるということだろうか」
「そうです。でも……」
タリアは、言葉を濁した。その先は言ってはいけないことなのだ。ダルシア帝国の秘密でもある。だが、コア大使が亡くなった今、それは守るべきものなのだろうか。
「言えないなら、無理にとは言わない」
と、ディポックが静かに言った。
「いえ、コア大使が亡くなった今、もう秘密にしていても意味がないかもしれません」
「しかし、……」
「コア大使は、ダルシア帝国の、つまりダルシア人としては最後の一人だったのです」
ジル星団の最古の文明と言われたダルシア帝国は、コア大使を最後としていた。ダルシア帝国の母星にも、もう誰も住人はいないと、コア大使本人からタリアは聞いていた。
「しかし、ダルシア帝国というのは、帝国という以上領土的にもかなり広い国じゃないのかな?」
とダズ・アルグが言った。
「ダルシア帝国の首都星は、恒星アーローンの第五惑星でした。そこは、硫化水素を大気に持つ惑星で、私たちのような酸素呼吸系生物は生存できないと言われています。他に、五つの太陽系と十の惑星がダルシア帝国に属していました。最盛時には五億の人口がいたそうです」
と、タリアは言った。