ダルシア帝国の継承者 2
ふたご銀河のロル星団には不吉な噂があった。
幾度となく文明が生まれて宇宙文明に到達したとしても、その文明は滅びる運命にあると言う。その言葉通りなのか、ロル星団では何度も文明が生まれては滅ぶ事を繰り返していた。
なぜか、ロル星団の文明は短命に終わる事が多いのだ。
ジル星団では逆に、文明自体は長く続いていた。数百万、数千万年に至る文明もある。宇宙航行に必要な科学文明だけではなく、魔法や超能力など目に見えない力を使う文明も発達していた。
その頂点にあったダルシア帝国では数億年の長きに渡って文明を維持してきたのだ。そして、科学と魔法や超能力などが融合した文明を築いていたと言われていた。
一方、ロル星団でも同じように科学文明だけではなく、過去には魔法や超能力などが発達した文明もあった。ただ、それが却って文明を滅ぼす原因になったのだ
。
今から数百万年前ごろのことだ。滅びようとしているロル星団の国から大量にジル星団に移住するような事件が起きた。
当時はロル星団の文明であっても、自分達以外にも宇宙人がいるということは当たり前に考えていた。ジル星団とロル星団の間には交易や外交関係もあったのだ。
その当時、ロル星団では悪しきものたちが跋扈していたと伝えられている。
それは悪霊や魔などと呼ばれる輩で、それを排除できるような知識や技術はどちらの星団にも乏しかった。それに魔法と呼ばれるものはあまりその輩に対して効果がなかったのだ。
しかもその悪しきものはロル星団だけではなく、ジル星団まで力を及ぼしかねない勢いだった。どちらの星団も悪しき者を退治できなかったので、一時的にでも悪しきものをロル星団に押し込めるためにその周囲に強力な魔法で結界を張ったのだ。
この魔法の結界を作ったのは主にダルシア人であり、それに惑星ガンダルフの五大魔法使い達が協力したのだった。
結界は物理的なもの、例えば宇宙船を航行できなくするようなものではない。ただ、その結界は目に見えなく、物理的な影響はなかったが、精神的な影響をロル星団の人々に与えた。
物理的なものと言うよりは情報を遮断することに重きをおいていたのだ。そのため精神的なあるいは思考的な自由を阻害するものと考えられていた。特にジル星団に他の種族が文明を築いているという情報が流れないようにしたのだ。
それはロル星団の者達がジル星団に来ないようにするためだった。誰も来なければ彼らに付いている悪霊や魔もやってこないからだ。
確かにジル星団へは悪影響は避けることができた。ただロル星団では宇宙文明になってもその結界の為に外の宇宙の情報が入らなくなってしまった。外の宇宙に彼らとは異なった宇宙人がいるということがわからなくなったのだ。
その結果、ロル星団以外の所には知的生命体は存在しないという偏った考えが生まれた。
そのため、次の文明では宇宙文明に至っても、人々はロル星団の外に出ようとはしなくなった。それだけではない。以前の文明の記憶が残っていたのか、魔法や超能力などを嫌悪し排除するような文明になっていた。
それ以来、ジル星団を不吉な星団だとしてロル星団の周囲に張られた強力な結界を張り続けることになった。
もっともジル星団ではそれが原因で損害を受ける事は無かったので、いつまでも結界を張り続ける事を望んでいた。
しかし、長い年月が経つと共にジル星団に変化が訪れた。
ジル星団の側にもわずかに文明の興亡があり、その結界を中心に張っていた種族が滅ぶ時がやって来たのだ。それがダルシア帝国のダルシア人である。
彼らは自分たちが滅びるということを他の種族に知られないようにしていたが、近いうちにその結界が次第に消滅するということをジル星団の諸国に知られて行くように計らった。完全に消滅するにはまだ数年かかるかもしれなかったが、かなりその結界は弱まっていた。
しかし、その結界を改めて張るという選択肢はなかった。結界を張るために主に力を尽くしたダルシア人が滅びようとしているからだ。
いずれわかることなのだが、ダルシア人は自分たちが滅びようとしていることは秘密にしていた。それがわかると、ジル星団の勢力図に大きな変化が起きるからだ。
だが、結界が弱まりつつあることは周知の事実だった。
すでに結界を張った時代は遠くに過ぎ去り、その理由もほとんどの種族には伝説としてしか残っていない。
そして、ジル星団の諸国はロル星団の文明と交渉を持つ事を考えるようになっていた。
ロル星団では、ここ百年以上の間、銀河帝国は同族の国家である新世紀共和国との戦争が続いていた。
もっとも銀河帝国にとっては戦争というよりは単なる反乱分子の国内紛争と考えていた。
新世紀共和国は確かに銀河帝国から逃亡した者達による勢力だった。そして、自分たちは新たに国家を立てたと考えていたのだ。銀河帝国よりも領土や人口は少なかったが、新世紀共和国は一国家として存在していると考えていた。
その両者が戦っていたのは主に、新世紀共和国側がそれを求めていた所為である。
その理由として、自分たちが迫害され逃げて来た国家がいつか自分たちを侵略するのではないかと言う恐怖があった。また、銀河帝国が新世紀共和国を独立した国家として認めていなかったこともある。
銀河帝国では、辺境に単なる反乱分子の居住地があり、そこが銀河帝国に対して抵抗運動をしているという認識に過ぎなかった。その者たちがいつの間にか宇宙艦隊を作るまでになり、本格的な戦争状態になった。
そのため、銀河帝国側も本気になって戦わざるを得なくなり、防御のために宇宙要塞まで作るほどになったのだ。
ジル星団がロル星団と関係を持とうと考え始めた時、銀河帝国は戦争終結後でまだ社会の安定には問題があったが、ふたご銀河最大の国家であることは紛れもない事実だった。
ただ、銀河帝国自身は上記の理由のために他種族との交流をするのは初めての経験だった。そのため、ふたご銀河の中の勢力については情報が欠如しており、自分自身の立ち位置を理解していない状態にあった。
「上手く行きました。許可がでましたよ。でも、認めるのは入港だけだということです」
と、フォトン号の船長は言った。
「ちゃんと、言葉は通じているのね。」
と、タリアは念を押した。
「大丈夫です。あの装置はこちらでも効果があると聞いていますし、今の通信でもそれは確認できたと思います」
「わかったわ。後は、私がヘイダール要塞の司令官に会って、話をする」
ジル星団においては、様々な種族や政府がそれぞれ別の言葉を使用していた。各言語の発声や文法はかなりの差があり、簡単に意志疎通ができなかった。
TPがいてもその数は少なく、非常に相互理解は困難だった。
その意志疎通のために開発されたのが、言語フィールド発生装置だった。開発したのはリドス連邦王国で、二百年ほど前のことだった。
これは、非常に小さなもので、個人的に携帯もできるうえに、宇宙船同士の会話などにも、通信波に言語フィールドを乗せて使用できるので、通信機としての利用もできるという優れものだった。
もちろん限界もある。この言語フィールド発生装置は日常会話程度なら簡単にこなせるが、難しい経済に関する会話、あるいは外交交渉、専門的な学問研究などにおいては、相互理解についてあまり精度が良くなかった。そのため交渉ごとにおいてはTPすなわちテレパシー能力者の存在が必要とされていた。
また、専門的な学問研究においては、やはり個人的に相手の言語に精通していることが求められた。
とはいえ、この言語フィールド発生装置がロル星団の方で使用できるか多少不安を感じていたが、通信波に言語フィールドを乗せて使ういつもの方法で、タリアはヘイダール要塞との意思疎通ができることが確信できた。これはヘイダール要塞でも個人用の言語フィールド発生装置が使えるということになる。つまり話ができるということだ。
タリア・トンブンは何としても要塞への滞在許可を認めてもらうつもりだった。とにもかくにも入港できれば、あとは何とかするつもりだ。
「そうだわ、船長。リドス連邦王国の艦隊が寄航したかどうか聞いてくれる?」
と、タリアは思い出したように言った。
「司令官。フォトン号の船長が、こちらにリドス連邦王国の艦隊が来たか聞いていますが」
と、通信員が言った。
「リドス連邦王国の艦隊?来る予定でもあったかな」
ディポック司令官にとっては、リドス連邦王国という名前自体、初耳だった。
「そのリドスというのもジル星団の政府でしょうか?」
と、近くにいた元新世紀共和国艦隊参謀グリンが言った。
「おそらく、タレス連邦から来た連中が言うのなら、そうなんじゃないかな。ただ、我々はリドス連邦王国については、ほとんど情報がないからわからないが……」
と、手で頭を掻きながらディポック司令官は言った。
ふたご銀河の二つの星団、ジル星団とロル星団は、ややジル星団が小さめだがほぼ同じ大きさの星団だった。どちらにも宇宙航行技術を持った種族がいる。ただ最近ロル星団の戦争が終結するまで二つの星団の交流は公式にはなかった。
いやなかったというより、ロル星団ではジル星団の存在すら気がついていなかったというのが正直なところだった。それが、ロル星団内での戦争が終結した頃、ジル星団の存在が一気に浮上したのである。そこには何か意図的なものが感じられた。つまりわざと姿を隠していたのではないかということが感じられたのだ。
一方、ジル星団の方は、ロル星団についてはよく知っているようだった。ジル星団の種族は、ロル星団の種族を非常に好戦的だと考えており、だからこれまで交渉を持とうとはしなかったのだと考えられていた。
ロル星団の長年の戦争が終結したことにより、旧銀河帝国と元新世紀共和国が新しい銀河帝国として統一された。そこで、二つの星団の公式の交流を始めようとして、大使の派遣を検討するジル星団の政府が出てき始めていた。
そんなジル星団に関する情報が宇宙を行き来する商船によって、ヘイダール要塞まで入って来るようになったのだ。
ヘイダール要塞は、タリアが思ったよりも大きかった。ジル星団にある宇宙都市ハガロンよりも何倍も大きい。船は要塞の駐留艦隊二万隻分のほかに、同数の艦を駐機できるようだった。
船を下りたフォトン号の船長と一緒にタリアはヘイダール要塞の司令官に会うため要塞司令室へと、迎えに来た要塞の士官の案内で向っていた。
「ここは、銀河帝国が作ったのよね」
と、タリアは歩きながら船長に聞いた。
「そう聞いていますがね」
と、フォトン号の船長は言った。
「ここの司令官はどんな人かしら?」
「さあ、私もここは初めてですから」
一抹の不安を抱えながら、タリアは司令室に向っていた。
タリアは、上下の繋がった作業服のようなものを着ている。要塞司令官を訪問する際に、特に正装するような準備などはなかった。それは貨物船フォトン号の船長も同様だった。彼もいつも通りの上下の繋がった、しかし作業服よりはましに見えるものを着ていた。
どちらも着の身着のまま出てきたも同然なのだ。
元々タリアは、軍人という人種が嫌いだった。どう考えても好きにはなれない。彼女の出会った軍人は、たいてい横柄で、頑固で、頑迷で、規則一点張りで、上官の命令には何でも従うという習性があった。その習性が珍しく少ないのが、リドス連邦王国の艦隊だった。
このヘイダール要塞については、そのリドス連邦王国の艦隊の知り合いから聞いたのだった。
もし、タレス連邦から大人数が亡命することになり、追っ手が掛かるようなら、行ってみたらどうだろうかというのだ。その時は「もし」という言葉が付いていたのだが、それが現実になってしまった。
タレス連邦では、自由と平等という理想を掲げる共和政体の国だったはずなのに、特殊能力者収容法という大統領令が出されたのだ。それは、その理想に唾する行為だった。もっとも、それまでも密かに特殊能力者は政府によって一般人から選別され、区別されていた。
それが公に差別が始まったのだ。