ダルシア帝国の継承者 1
『ふたご銀河の物語』の改訂版を本日より投稿いたします。
その銀河はいつ頃からか、ふたご銀河と呼ばれていた。
大昔、非常によく似た小さな銀河が二つ衝突するのを見ていた大宇宙の創造神が、まるで双子のようだと思って名付けたと言う言い伝えが残っていた。現在は双子とはとても思えない形状になっているが、その名がそのまま伝えられている。
その後、ふたご銀河は二つの大きな星団が長い歳月の中で形成された。どちらも緩い恒星の集まりの散開星団で、ジル星団とロル星団と呼ばれるようになった。
ロル星団は所謂人間型種族が主に住んでいた。古くはあまり高度な文明を持って居ない人間型の巨人族が住んでいた。だが、彼らは昔、ジル星団の竜型のダルシア人によって滅ぼされてしまった。その後、他銀河から人間型種族の移住があり、現在に至ると言われていた。
ジル星団は人間型や昆虫型を含め竜型などの多くの種族が様々な文明を作っていた。また、古い国から新しい国まで様々であった。
古い国にはふたご銀河最強の種族である竜型ダルシア人によるダルシア帝国がある。
人間型では惑星ガンダルフにジル星団最古の文明があったと言われている。古い言い伝えによると、後に彼らは大宇宙へと旅立ち、『惑星ガンダルフの去って行った人々』と呼ばれることになった。一説によると人間族ではあるがかのダルシア人よりも強い種族だったと言われている。
しかし、現在の惑星ガンダルフの原住民たちの文明はいまだ宇宙文明に到達してはいない。ただ、二百年前に移住してきたリドス連邦王国の首都星となっていた。
新しい国としてはタレス連邦が挙げられる。タレス連邦は百年ほど前にワープ航法を開発し、ジル星団の宇宙文明の仲間に入ったのだ。
ジル星団において宇宙文明に到達したという証明は、その種族がワープ航法を開発したか否かが基準なのである。
「もっと速くできないの?」
と、タリア・トンブンがイライラして言った。
タリアの乗っている船は、ふたご銀河のジル星団に属するタレス連邦の貨物船フォトン号だった。
タレス連邦は百年ほど前に宇宙文明に至った人間型種族の文明であり、ジル星団では比較的新しい惑星国家である。
フォトン号は貨物船なのに、乗せているのは貨物ではなく人間だった。それも定員をかなりオーバーしていた。
「重量がありすぎなんですよ」
と、貨物船フォトン号の船長が言った。
今回はいつもより多く乗せているのだ。だからどうしても足が遅い。
「仕方ないでしょう。乗せてくれる船は数少ないのですもの。詰めるだけ、詰め込まなければならなかったのよ」
と、タリアが不機嫌に言った。
「しかしね……」
船長はさらに文句を言おうとタリアの顔を見て、言葉を引っ込めた。いつものタリアと違って、とても人の話を聞けるような余裕はなさそうだったのだ。
というのも、ゲート・ジャンプに入る直前に入った緊急通信が原因である。
それによると、亡命者を運んでいる貨物船フォトン号を追って、タレス連邦から宇宙艦隊が派遣されたというのだ。フォトン号はその艦隊に追いつかれない内に、目的地であるヘイダール要塞に着く必要があった。
ゲート・ジャンプと言う航法は、一般に宇宙航行に使われているワープ航法よりも驚くほど短時間で目的地に着くものだった。ただ、ゲート・ジャンプというのはどこでも使えるものではなく、使える場所が決まっていた。
ゲート・ジャンプとは宇宙のある地点――つまりゲートを他の地点にあるゲートとワーム・ホールで繋ぎ、高速ワープをすることができるようにしているものだった。ジャンプに使う装置だけではなく、ゲートが作られている地点を知っていることと、行き先がどこになるかがわからないと使えないものでもある。
また、それは自然にできたものではなく、どこかの誰かが作ったものとしか思えないものだった。
誰が創ったものかわからないが、非常に古いものであることは知られていた。ただ、その使い方がなかなかわからずにいたものである。
そのため、ジャンプ・ゲートはこの銀河をふたご銀河と名付けた大宇宙の創造神が創ったと言われていた。
本来のジャンプ・ゲートは他銀河と繋がっているものなのだ。そのような大層なモノを作れるような種族がいるとは思えない。だからこそ、作ったのは大宇宙の創造神だと言われているのである。
実際にふたご銀河で初めてそれを発見したのはダルシア人であり、他銀河まで行ったことがあるのもダルシア人だとされている。ジル星団の他の種族ではそこまでするような勇気も科学技術もなかった。
ただ、ふたご銀河内を移動するジャンプ・ゲートはダルシア人が作ったものだった。ダルシア人はふたご銀河では最高度の文明を持っており、ジャンプ・ゲートを作れたのは彼らだけだった。
ジル星団の宇宙文明の種族が使っているのは、このダルシア人が作ったジャンプ・ゲートだった。
ジル星団では古い文明の国々はジャンプ・ゲートを使う方法を大抵知っていて、ワープ航法を開発して宇宙文明の仲間に入った者たちに教えるのが常だった。それでタレス連邦も最近その使い方を知る事が出来たのだ。
航路データに沿ってジャンプ・ゲートから出ると、目の前に遠くの恒星の光を遮る黒々とした物体が浮かんでいた。
宇宙空間に浮かぶその人工建造物は、ふたご銀河のロル星団に属する銀河帝国と新世紀共和国との間に建設された軍事要塞だった。その名を、ヘイダール要塞と言う。
ここはロル星団側に深く入り込んではいるが、ジル星団にも近い場所だった。この要塞はロル星団で起きていた新世紀共和国と銀河帝国との戦争で、銀河帝国が防御のために建設した要塞だと言われていた。
「これだわ」
と、タリアが言った。
タリアの耳の傍で、口笛を吹く音が聞こえた。
「なるほど。銀河帝国の作ったという要塞は、これですか」
と、船長が言った。
「そうよ。今現在は、帝国のものではないと聞いたけれど……」
ヘイダール要塞は、惑星よりかなり小さいが、ジル星団にある宇宙都市ハガロンよりもずっと大きく見えた。短期間滞在するにはもってこいの場所だとタリアは思った。ここを一時的な拠点として、仲間をいずれかの政府へ亡命させることを考えているのだ。
貨物船フォトン号に乗っている人々は、タリアの生まれたタレス連邦から逃げてきた人々だった。彼らはその特殊能力故に、政府によって他の人々から隔離収容されることを嫌って故郷から出てきたのだった。
ロル星団ではおよそ千年前にワープ航法が開発され、宇宙文明に至っていた。だが、ジャンプ・ゲートを使う航法については、こちらでは知られていない。それを教えてくれるような古い文明がなかったからである。
ジル星団の古い諸国とは比べものにならないが、銀河帝国は建国しておよそ五百年になる。
建国時はロル星団の恒星がたくさん集まっている場所が中心だった。それが国内における異分子が迫害されて辺境と呼ばれる地へと移住した。
二百年ほど前、銀河帝国の辺境に位置するいくつかの恒星系が新世紀共和国と名乗って独立した。当初銀河帝国と新世紀共和国は戦いにはならなかった。
なぜなら、銀河帝国自体建国して三百年ほど経つうちに戦いに対する気概を失って、戦えなくなっていたのだ。
しかし、当時の年老いた皇帝が亡くなり新しい若い皇帝が即位した後、戦が始まった。
内戦とでも言うべきこの戦は長く続いた。
先ごろその戦争が終結し、ロル星団は再び一つの国家に統一されていた。それが現在の銀河帝国である。
この戦争の間、銀河帝国では古い王朝に替わって新王朝が始まった。新王朝を建てた新皇帝がその戦争を勝利させた若き英雄だった。その名をリーダルフ・ゴドルーインと言う。
その結果、銀河帝国はふたご銀河のどの国よりも大きな版図を持つことになった。内戦によって減ったもののジル星団に比べて人口は多く、今は敗北した新世紀共和国の領土と人口を加えて、ふたご銀河では最大の勢力になっていた。
そんな時、元新世紀共和国の一部勢力がヘイダール要塞を武力で占拠した。
銀河帝国はその名の通り、皇帝が独裁支配する帝国である。
一方元新世紀共和国はその帝国の政治制度を否定し、嫌って銀河帝国から逃亡した者達が立てた国だった。彼らは共和制を理想とし、国民の選挙で代表を選び議会を作った。そして、その議会の議長が新世紀共和国を統治する体制を作ったのだ。
しかし、その国は銀河帝国との戦いの後敗北し、新領土となった。
だが、その一部の勢力はまだ力を残していて、その者たちがヘイダール要塞を占拠したのだとジル星団では言われていた。
この度ヘイダール要塞が元新世紀共和国の勢力によって奪われたという事を聞いて、タリア・トンブンはそれならそこに一時的に避難する場所としてふさわしいのではないかと考えたのだ。
ジル星団には、星団内の外交や交易を容易にする中立地帯として建設した宇宙都市ハガロンがあった。
中立都市とは言え、宇宙都市ハガロンではタレス連邦政府の手が及ぶので危険なのだ。
逆にヘイダール要塞にはジル星団の勢力はまだ手が及んでいない。だからこそ、タレス人の亡命者は安全を確保できると考えたのだ。
ヘイダール要塞の司令室は奥が階段状になっており、その最上階にあった。階段部分には要塞をコントロールする機器とそれを操作するスタッフが付いていた。司令室の前面には階段下から一面に大スクリーンが広がり、一番上の司令室から広大な宇宙空間を一望できた。
「司令官、通信です」
と、通信員が言った。
「どこからだ?」
と、元新世紀共和国艦隊の提督であり、現在は占領したヘイダール要塞司令官、ヤム・ディポックは聞いた。
「突然要塞の近くの宙域に現れた船なんですが、タレス連邦の貨物船だと言っています」
「突然現れた?タレス連邦の貨物船だって?」
と、ディポックは司令官らしからぬ、素っ頓狂な声を出した。船の出現理由も妙だし、聞いたことのない政府だったこともある。
ゲート・ジャンプはゲートを繋ぐワーム・ホールの中で高速ワープが行われるので、ワープ・アウトしたことを要塞の探知装置で発見することはできなかった。だから、ゲートから出た時、突然宇宙船が現れたように思えるのである。
「タレス連邦と言うのは、あの新しく発見されたジル星団の中にある連邦です。共和政体の国だったと思います」
と、副官のリーリアン・ブレイス少佐が言った。
「ジル星団というのは、こちらとは違って、色々な政府があるんだったね」
と、ヤム・ディポック司令官は慎重に言った。
「星団の規模はこちらと同じぐらいですが、様々な種類の知的種族がいると聞いています」
と、ブレイス少佐が言った。ジル星団について、少なくとも司令官よりも知識がありそうだった。
「タレス連邦というと、確か我々と同じような形態の種族だったかな」
と、ディポックはあやふやな知識を披露した。
「そうですね。向こうには昆虫型や竜型もいるそうですが、タレス連邦は人類型と聞いています」
「で、その通信の内容は?」
「タレス連邦からの難民を連れてきたと言っています」
「難民だって?戦争でもしているのかい」
「いいえ、そうではなくて、政府の政策に反発して亡命を望む難民だと言っています」
と、通信員は目の前の小型スクリーンで内容を確かめながら言った。
「タレス連邦の政治形態は、共和政体と言わなかったかな?」
「そうなんですが、何でも現大統領の政策に不満を持つ分子だそうです。タレスでは収容所に入れられるような境遇なのだそうです」
「共和政体下で?」
何が起きているのかよく分からなかった。特にジル星団については、その存在が確認されたのはつい最近のことだった。ロル星団では、宇宙航行技術が発達してもう千年ほどになろうとしている。それなのに、直ぐ近くにある星団に知的生物がいるということさえ、気がつかなかったのだ。
今少し情報が欲しいと思いながらディポック司令官は、
「ともかく、港に入港することは認めよう。人道的な見地から、拒絶はできない」
と、言った。
「了解」
と、通信員は答えた。