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「赤髪の兄ちゃん、騎士なのか!?」

「筋肉見せてくれよー」

「剣はないの?」

「あのお兄さん、かっこいい……」


「いや、俺文官だし……」


 リディアは、思った通りの流れに心の中でほくそ笑んだ。

 テトラ孤児院に入った途端、外の人間に興味を持つ子供たちに囲まれるのは分かっていた。しかし、院長と話をしたかった為、身代わりが必要だった。

 アンリの顔はそれなりにイケメンだし、王宮から来たといえば、騎士に憧れる男子の心も掴めるだろう。


 元気で容赦ない子供に囲まれ、たじたじのアンリを後目に、リディアは穏やかな笑顔を浮かべる白髪混じりの院長に向き直った。

 かくしてアンリは犠牲となったのだ。だから腹ごしらえをしておけと注進したのに。


「院長、突然の訪問をお許しください」

「いいえ、ようこそおいでくださいました。子供たちを気にかけていただけて、我々は大変嬉しく思っておりますよ」


 手のひらで椅子に促され、リディアはお礼を言って腰掛ける。それを見届けてから、院長も続いて反対側の椅子に座った。

 テトラ孤児院の院長は、いかにも優しいおじいちゃんという、安心させる雰囲気を持つ老人だった。さぞや子供たちに人気なことだろう。


「今回訪問させていただいたのは、テトラ孤児院の財政状況の見直しについてです」

「財政状況の見直し……ですか」


 思わぬ言葉だったようで、院長は小さく首を傾げた。その反応にリディアは一瞬疑問を持ったが、なるほど確かに、数年の間は手付かずだったのだ。いきなりこんな事言われて驚くのも道理である。


 まずは納得してもらえるように、数年そのままにしてしまったことへの謝罪と、資料から得た情報により今後の方向性について、できる限り分かりやすい説明をする。


「――ということなのです。特にここは子供たちの出入りが大きい気がしたので……。何かお困りのことなどはありませんか? 子供の数が多いのでしたら、他の孤児院と分散させるか、職員の数を増やす等の策を考えますが」

「お気遣いいただきありがとうございます。でも、これでも上手く回っているのですよ」


 院長は聖母のように微笑んで、アンリに群がっている子供たちに視線を投げた。まるで孫を見るかのような目で、ここの子供を大切に思っていることが伝わってくる。

 見ず知らずの人に警戒心なく群がる子供の様子からも、穏やかな微笑みを絶やさないこの院長の様子からも、何かに困っているような雰囲気は見受けられない。


「そう……ですか……」


 資料から得た情報とは全く異なる答えに、リディアは唖然とする。こういう乖離があるから、資料の情報だけでは分からないからと、今回足を運ぶに至ったのに。それでもここまで大きく外れるものだろうか。

 リディアの視線が無意識に床に落ちる。一体どこから間違えた。今この場で考えるべきでないのだろうが、考えられずにはいられない。


「文官様のおっしゃる通り、子供の数が多いのは確かですよ。ですが港も近いですし、様々な方が協力して下さるので、里親が見つかることも多いんです」


 黙ってしまったリディアを気遣うように、子供の数が多くても問題ない理由を話す。

 それはリディアも考えたことだ。裕福な家庭も多いし、港も近い。それを考慮しても間に合う計算ではないから、不思議に思ったのだが。やはり今回ばかりは、リディアの考えが外れたと考えるべきか。


「様々な方?」

「えぇ、そうです。貴族の方もいらっしゃったりして、その広い人脈を使って里親を探してくださるのです」


 有難いことです、と満足げに深く頷く。

 リディアはついに、顎に手を当てて前屈みになる。貴族の介入は予想していなかった。貴族が介入するならば、多少の納得はできるかもしれない。


 エトランダ国において貴族とは既に名ばかりのものになっているが、それでも有名な家名を聞けば跪くし、優秀な家名と聞けば尊敬もする。なんだかんだで、王宮の重要な立ち位置には貴族が任されることが多い。


 ギルバートやアンリだって、括りは貴族である。彼らは友人が少ないので例外であるが、そもそも貴族というのは、人脈形成が専門だったといってもいい。その力を使えば、里親を探すのもだいぶ楽になるだろう。

 ……そこまで、民のことに力を注ぐ善意の貴族がいるとは驚きだが。


「はい。ですので、財政的に困っているとか、人手が足りないということはありません」


 有無を言わせない、硬い空気だった。

 そう言われてしまえば、孤児院の財政状況を確認しに来たリディアとしては何も言えない。再考の必要なし。現状維持。


「それならばよかったです。……子供も、元気そうですし」

「皆さまのご助力あってのことでございます」

「あ、実はお土産を持ってきたのですが、皆さんにお配りしてもいいですか?」


 思い出したように取り出したのは、アンリが選んだ七色のキャンディ。それを見せると、院長は「もちろんです」と笑顔で頷いた。

 お互いに立ち上がり、リディアは子供たちの方へ、院長は別の職員に呼ばれ、申し訳なさそうに席を外した。


 リディアも戦場に行くかと足を進めると、なにやら蠢くものが這いつくばっている。


「リディアちゃん、話し終わった!? もう、俺は、ここまでだ……」


 根こそぎ体力を搾り取られたらしく、青ざめた表情のアンリが寄ってきて、リディアの足元で息絶えた。つい先程より痩せたようにも見えるが、その背中に子供たちが乗っているので判断することは出来ない。

 リディアはため息を吐いて、バザールで買った七色キャンディの袋を掲げた。ガサッという音に、子供の興味は動かない屍からリディアの手の中に向く。


「お土産を持ってきました! 欲しい人は、そのお兄さんから離れてお姉ちゃんの所に集合ー!!」


「わー、きれー! なにそれなにそれ?」

「食べれるのー?」


 アンリの選択は正しかった。

 七色に輝く珍しいものを見て、子供の目もキラキラと輝く。単純なもので、もうキャンディしか見えていないようだ。

 バタバタとリディアの周囲に集まってくる。その途中、アンリが踏まれていたのは見なかったことにしよう。

 子供と視線を合わせるため、リディアはしゃがんだ。


「キャンディです。ひとり一個ですよ。沢山ありますから、喧嘩しないでくださいね」


 はーい、と元気な返事が聞こえ、リディアは微笑む。

 言う通りに喧嘩せず、順番待ちをしてリディアの手からキャンディを受け取っていく。本当によく教育されているらしい。


 七色の包み紙を外し、中身のキャンディを口に放り込めば、賑やかだった部屋も静かになる。口の中でキャンディをコロコロと転がす音と、包み紙を弄るカサカサという音。

 孤児院ではあまり食べる機会が無いだろうから、新鮮なのだろう。


「美味しいですか?」

「とっても! 僕これ、初めて食べるよ!」


 リディアは近くにいた、鳶色の髪をしている男の子に声をかける。皆が早く名前と文字を覚えられるようにと、一人一人に名札が付けられている。そこには、カイと書かれていた。

 ニコニコと愛想よく返事をされ、リディアも釣られて笑顔になる。


「よかったです。何か困っていることはないですか?」

「困っていること? うーん、特に思いつかないなぁ。お姉ちゃんがくれたこういうお菓子は滅多に食べれないけど、ご飯には困ってないし」

「そーそー! ちゃんと勉強したら、裕福なお家に行けるらしいし!」

「裕福なお家?」


 割って入ってきた子は、シルベというらしい。つり目が印象的だ。

リディアが問い返せば、シルベは胸を張って頷く。

だがその対応に、カイが慌てたようにシルベの袖を掴んだ。


「ちょっとシルベ……それは内緒って」

「いいだろ別にー。どうせ姉ちゃん、下っ端だろ?」

「まぁ、下っ端ですね」


 鬼上司に顎で使われる、可哀想な文官である。是非とも一緒に抗議していただきたい。

 間髪入れず頷いたのを確認すると、カイも少しホッとしたようだった。下っ端でなければ困るような話なのだろうか。


 シルベは、リディアの肩を掴み、よりいっそう屈ませた。得意げな少年の顔が、近くなる。


「誰にも言っちゃダメだぞ。実はな、優秀だと認められれば、外の国の裕福なお家に行かせてもらえるらいしんだぜ」

「外の国……ですか」


 そんな話、院長は全くしていなかった。

 シルベは続ける。


「そう。定期的にお偉いさんが来て、何人かを船に乗せて連れていってくれるんだ。羨ましいだろ! 次こそは俺も船に乗るんだ。姉ちゃんなんかよりずっと偉くなってやるぞ!」


 それは初耳だ。お偉いさんというのは、貴族の事だろう。まさか、国外にまで伸びているとは。子供の数が多くても困らないわけだ。

 しかし、国外にまで顔の利く貴族なんて、そうそういるものでもないと思うが……。リディアが思案顔をしたことで、カイは不安そうに覗き込む。


「あの、内緒にしてくれる?」

「どうしてカイくんは、そんなに不安そうにするんですか?」

「だって……僕達が外の国に行くのは、よくないことなんでしょう?」

「うーん、確かに、そうですね……」


 孤児院の子供たちが、国外に出ること自体は悪くない。ただし、基本的にエトランダ国の子供はエトランダ国で面倒を見ることになっている。国外に出るのは、ひとり立ちできたあとの話だ。

 もしくは、国の許可を得ているか――。


「外の国の名前は分かりますか?」

「え? えぇっと……お、オーランドだっけ……」

「全然ちげーよ、オルベートだよ」

「オルベート……」


 オルベート国といえば、エトランダ国から海を挟んでそう遠くない場所に浮かぶ島だ。近年、急速な発展を遂げており、エトランダ国も外交相手として目をつけている国でもある。

 急成長において成功し、成り上がりのような金持ちも多くいると聞いている。そうとなれば、他国から孤児を引き取るというのも理にかなっているのかもしれない。


「その国は、行っちゃダメな場所なの……?」


 一気に泣きそうになったカイが視界に映り、慌てる。秘密と言っていたことからも、あまり知られたくないことだったらしい。

 安心させるように、カイの肩を両手で包む。


「大丈夫です。ちゃんと許可が出ていれば、悪いことではないんですよ」

「そうなの……?」

「はい。そのあたりについては私がちゃんと調べますから」

「うん……でもお願い。国の外に出て、裕福なお家に行くことは僕達の夢なんだ。この国が嫌だって言ってるわけじゃないよ、でも……」


 どうやらここの子供たちは、『国外の裕福なお家』に行くことを夢見ているようだ。現時点で問題があるかないかは分からないが、万が一問題があった場合のことを考えているのだろう。


 リディアも、国外に子供たちが出ているという話は聞いたことがないため、絶対に大丈夫だとは言いきれない。

 ただ黙って、安心させるようにキャンディをもう一つずつあげるのだった。


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