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 ガンガンと、重量のあるものがぶつかる音が響くのは、訓練場だ。

 対峙するのは、騎士服を身に纏った長身の男性と、官服を身に纏った細身の女性。


 その場には相応しくない装いの人物に、周囲の騎士らは訝しげな視線を向ける――なんてことはなく。いつもの事だと、気にせずに訓練に戻るのだ。

 気にしていたら日が暮れる。


「――それでっ、執務室に入ったら私の机の上が要塞ですよ!? 私の机の上で遊ぶなって、感じじゃないですかっ!?」

「要塞ねぇ……。まぁ、リディが仕事を楽しんでいるようで何よりだよ」

「今のどこにっ、楽しんでいる、要素が!?」


 必死に模造刀で斬り掛かるリディアとは反対に、ジェフリーはリディアの愚痴も剣先も涼しげにいなす。

 今日も今日とて、リディアは仕事の愚痴とストレスの発散をしに、ジェフリーのいる訓練場へと足を運んでいたのだ。それは今までにもよくある光景で、官服の女性が模造刀を振っていようが騎士らは驚かない。『また何かやらかしたんだな』と思う程度である。


「愚痴ついでにここに来るのは構わないけど、模造刀とはいえ剣を持つなら真剣にやってもらわないと困るな」

「っ!」


 今までニコニコと、飛んでくる愚痴も拙い剣先もいなすだけだったジェフリーは、そう言うと一気に攻撃の体勢にはいった。

 そうなればリディアは愚痴を言う余裕もなく、受け止めるのに必死になるしかない。

 普段から訓練場に通いつめているとはいえ、まともな訓練を受けたことのないリディアに、騎士団団長の剣をそう何度も受け止められるはずもない。

 気付いた時には模造刀はリディアの手元になく、少し先の方でコロコロと転がっていた。


「ギルを倒したいんだったら、今のままじゃ全然ダメだねぇ」

「ぐぅ……」


 ジェフリーの正論にリディアは唸り、転がっている模造刀を睨みつける。

 ギルバートは政務官としているが、剣の腕もそれなりだという。実際に見たことはないが、団長であるジェフリーがそういうのだから間違いないのだろう。

 どこまで完璧を求める男なのか。


「まず、僕が攻撃を始めたら怖気付いただろう? そこからだめ。怖いとか逃げたいという感情を相手に見せてしまえば、そこで負けを認めるようなものだよ」

「怖いと感じないくらい、鍛えるということでしょうか」

「まぁ、それが一番だけどね。リディは戦場に行くわけじゃないから。まず大事なのは、相手にその感情を悟られないようにすること。決して怖気付いていないのだと、こちらにはまだ考えがあるのだと、笑顔で対処すること」

「相手に悟らせないように……」


 リディアはもう一度模造刀を手に取り、胸のあたりでぎゅうっと握った。

 確かにあの時、怯えた。騎士団団長が斬りかかってきて、勝てるわけがないと。逃げの防御だった。


「単なる時間稼ぎだけどね。上手く行けば、相手を牽制できるだろう。その間に、状況が好転するかもしれない。……しないかもしれないけど」

「上げて下げないでください……」


 親に叱られた子供のようにしょぼくれたリディアに、ジェフリーはカラカラと笑う。

 そしてグーにした指の先で、リディアの額を突ついた。


「リディがそうやって時間を稼いでくれてる間に、僕らが助けに行くから大丈夫。そんな危険な目に遭わないのが一番いいけどね」

「ジェフ様!! ……ん? 僕『ら』?」

「あとギルバート」


 当然のようにさらりと吐き出されたその名前を聞いて、露骨に顔を顰める。

 条件反射と言っていいかもしれない。熱いものを触ったら手を引っ込めるように、眩しいものを見たら目を細めるように、その名を聞いたら顔に皺ができるのである。不可抗力である。

 リディアは、模造刀で軽く空を切った。


「あれに助けられるくらいなら、自分でなんとかします。そもそも、その上司を倒すための訓練ですから」

「あはは、言うねぇ。でもそれなら、もっと訓練しないとね」


 ジェフリーはどこから取り出したのか、小型のナイフを手に持った。


「短剣……ですか」

「リディは小柄だし、僕達と同じものを使うより、こういう小さめの物で相手の隙を狙う方がやりやすいかもしれない」


 手に持っていた模造刀と交換に、短剣を受け取る。確かに模造刀よりも遥かに軽いし片手で持てるので、扱いやすいかもしれない。

 ただ、文官であるリディアが稽古をつけてもらう理由は、ギルバートにぎゃふんと言わせるためなのだ。短剣では太刀打ちできるか怪しい。

 そんなリディアの思いを汲み取ってなのか、ジェフリーは言葉を続ける。


「長剣より威力は劣るかもしれないけど、相手の懐に入ってしまえば短剣の方が有利だよ。特にリディは攻撃に重きを置いてるみたいだから、小回りの利く方がいいんじゃない?」

「そ……うなんですかね」

「実際、短剣使いとかもよくいるし」

「なるほど……」

「あと、純粋にリディは長剣は向いてないかな」

「かしこまりました! ご指導よろしくお願いします!」


 短剣を渡してきた本音はそれだろう。

 なんとなく、自分には向いてないのかな? とは感じていたが、もしかしたら続けていくうちに慣れていくかもしれない、という希望も抱いていた。


 ジェフリーも恐らく、なんとかして才能を開花させようとしたが、今この瞬間に無謀だと確信したのだろう。はっきりと言われてしまえばリディアもそれを素直に受け取るしかない。

 

 財務部では優秀とされているが、剣の才能は全くないらしい。だからといって諦める訳ではない。

 完璧な敬礼をし、短剣でもギルバートをぎゃふんと言わせるべく頑張るのだ。


「リディのいい所は、そうやってなんでも素直に聞くところだよねぇ」

「ジェフ様のいい所は、そうやって人のいい所を見つけ出して褒めてくれるところですよね」


 だからという訳ではないが、ジェフリーは決して人を傷つけるようなことは言わない。

 毎日毎日、ギルバートという鬼上司に苦しめられてるリディアにとって、どうにかジェフリーを上司にしたいと願わざるを得ない。


 よく、「リディアさえよければ騎士団に」なんて冗談めいた笑顔で言ってくるが、リディアは割と本気で異動を考えているのだ。許されるならば騎士団に入ってもいいと思っている。


 ……現状、何かの役に立てるかは分からないが。お茶汲みくらいなら出来るだろうか。


「そういえばジェフ様、この短剣はどこから……?」

「あぁ、こういう小型のものは、暗器としても使えるからね」


 そう言って、腕をまくって見せてみる。手首から肘の丁度中間辺りに紐が巻き付けられていて、そこに短剣を忍ばせていたのだろう。リディアは目を輝かせる。


「不意打ちを狙えるのですね!」

「そういうこと」


 それはいい。真っ向勝負での勝算があまりないのなら、不意打ちで短期戦の方がまだ可能性はある。いや、なにも血を流す戦いをしようというわけではないのだが。相手は鬼上司かつ、喧嘩の延長戦みたいなものだ。


 では自分はどこに忍ばせておくのがいいだろう。ジェフリーと同様に腕でもいいのだが、文官として働いているリディアには妨げになるだろう。

 ふと、思いついた。邪魔にならず、外から見てもバレないところがあるじゃないか。


「リディ? 何してるのかな?」

「短剣を忍ばせる場所を! どうですか!? スカートの中ならバレな」


 嬉嬉として官服を捲り上げようとしたその腕を、強く握られた。ミシミシと音がしそうだ。痛い。

 ギルバートの仕業かと思ったが、ここに鬼上司はいない。いるのは兄のような穏やかなジェフリーだけだ。

 恐る恐る、リディアは自分の腕を掴んでいる人物を見上げる。


「とてもいいアイディアだ。ただし、ここがどこだか分かってやっているのかな?」


 ひゅっと息を飲んだ。

 リディアの腕を掴んだままのジェフリーは、笑顔ではあるものの、氷点下の微笑みだ。

 背後に吹雪が見える。


 直感的に、まずいと感じた。何が悪かったのかは分からない。

 ただ、今ここで、暗器の隠し場所を公表しようとしたのは間違いだったのだろう。

 スカートを掴んでいた手を力なく開くと、そのまま重力に従って落ちていく。

 それを見届けたジェフリーは、拘束していた手を離した。


「リディは女の子で、ここには男しかいない。ちなみに僕も男だ」


 言っている意味が分かるね? と微笑むジェフリーに、漸くリディアは合点がいく。女性が足をむき出しにするのははしたないと言っているのだ。

 訓練された騎士団の人達を惑わせるほどの効果があるとは思えないが、確かにスカートを捲り上げるのはよくなかった。


「すみません、以降気を付けます」

「そうしてくれると助かるな。でも、隠し場所としてはいいと思うよ。バレにくいし、相手の意表も突けるだろうし」


 なるほど、とリディアは頷き、短剣と固定するための紐を受け取る。

 これからは短剣の訓練になるが、足を出すのは怒られるため、素早く取り出すための練習はさせて貰えないだろう。これについては、部屋で一人で練習するしかない。


 驚く鬼上司の顔を見るのが楽しみだと、リディアは口角を上げた。





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