玲奈さん、マイナスイオンに執着する
昼間でありながらカーテンがひかれているため教室の中はほの暗かった。
真ん中に円を作るように机と椅子が対で並べられていた。
明かりは濃く赤い間接照明が四隅に置かれている。
「同士よあつまったか?」
円に作られた席につきフード付きマントを羽織った人影が8人フードを深く被りそれぞれを見渡す。
「・・・“サーペント佳奈多”がまだ来ていないようだが・・」
「また何時ものように生徒会業務があるのだろう」
「ふむ・・・・問題だな・・」
「・・・問題にするような事なのか?」
「・・・・サーペントは・・・・可愛い!!」
「確かに。・・・闇と契約しせし我らの中で、サーペントだけが女。しかも学園10位圏内の中に入る程の可愛いらしさ。相手にされずとも1つの空間にいられる至高の刻が生徒会活動に因って削られてしまうという事」
「相手されないのは当然として、同じ空気をすえないのはきつい。」
同調する意見で教室が満ちる。1つの影が立ち上がる。
「まあ皆さん、その我らのモチベーションに関わる重大な話は、ひとまず置いといて今日の議題へと取り組もうではないですか!」
──────三日後──────
「なぜ、回復魔法があったかいとなっているのか?」
開口一番主人である梅川玲奈が、疑問を呈してきた。
じっと玲奈をみるがじっと見つめ返すばかりだ。
「お嬢様一体藪から棒にどうなされましたか?」侍女の沙都は3時のティータイムの為の紅茶と菓子の用意をしつつ、玲奈を席へと導く。
玲奈は遠くにある海の煌めきに目をやりつつため息をつく。
「私がパソコンで遡れた限界は、西暦二千年代なんだよ。何故だか急に“回復魔法=あったかい”等という図式が出来上がり其がじわじわ広まっていった気がするんだ。一応調べてみたが、何処がルーツなのかは分からなかった。何かの漫画でみたとか、何かのアニメーションで見たとか、何かのライトノベルで見たとか、その様な視点が無いか探したけど、私は探しあてることが出来なかった。パソコンというのも考えものだ。他人が興味を抱いていなければ、どの様なものも知ることが出来ない。電脳の海、知識の宝庫と言っても、たかが知れている。イデアには程遠い!」
妙なテンションだった。
「そもそも、“回復魔法=あったかい”で何か困る事があるのですか?」
「私はね・・・・“回復魔法=つめたい”派なのだよ!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「どうでもよく・・・・」
「どうでもよくは無いのだよ!・・沙都・・・・・!君には人の心が分からないのかい?」
・・・・・長年 仕えていますが、感情の起伏が激しくて、時折しんどくなります。
綺麗な絹のハンカチーフで玲奈様の頬に流れる涙を拭います。
涙は次から次へと流れ落ち遂には嗚咽を伴いつつ涙を流していきます。
「なんで泣いているのですか?」
玲奈様は、何度となく言葉をつぐもうとなさいますが、嗚咽が酷くて言葉になりません。たかがオタクな人達の妄想だけに・・もとい、想像力のみに支えられる代物。
その様なモノが、暖かろうが、冷たかろうが何一つとして社会の進歩に寄与するものではないのです。
どこぞのキカンの調べでは、西暦二千十年代の時点でのサブカルチャーの総売上高は紅生姜の総売上高の何百分の一だと出所の不確かな情報が流れていたりもします。
それを聞いた声優業界の一部では、若し紅生姜のコマーシャルに起用されることがあれば、声優業界で断トツでトップが取れると若干沸いたらしいですし・・・・その時代からそんなにたっていないですし・・・経済に与える影響も然程では無い筈ですし。真面目に考えるだけ時間の浪費です。
その様な戯れ言の応酬にしか発展しなさそうな回復魔法 あったかいorつめたい論争は無意味且つ無価値。粗大ゴミと不良品の二者択一を突き付けられているも同じなのです。与党か野党か、と問うている様なものなのです。
その様な愚者無能の戯言に玲奈様が思考汚濁にまみれてしまっているなど末代までの恥でございます。
誰がこの様な思考基準を玲奈様に植え付けたのか・・・
・・・パリパリモシャモシャ・・・パリパリモシャモシャ・・
何でしょうこの軽快な咀嚼音・・玲奈様は“・・・ヨヨヨヨよ・・”と哭かれていらしゃいますし。
見ると何時の間にやら、佳奈多さんが軽快な咀嚼音をさせつつ茶請けを頬張っています。
「・・・あなた、お嬢様に何か吹き込みましたか?」
続く軽快な咀嚼音じっと見つめるものの音が鳴り止む事はない。次から次へと茶請けを口の中に放り込んでいくからである。しかも一つづつ齧りながらだ。
「・・佳奈多さん。お嬢様に何か吹き込みましたか?」
御茶をゴックゴックと飲んでは注ぎ入れ
飲んでは注ぎ入れを3セット位繰り返し佳奈多は一息つく。
「私は何も言ってないよ。」
「本当ですか?」
「・・・・只、一寸この前あったことを話しただけで。それ以外何も言ってないよ。」
「一体何を言ったのですか?」
沙都に問われた佳奈多は少し考えつつ話し出した。
「・・あれは三日前か4日前だったか、ごく最近の話。
私は生徒会帰りに部室へ寄ったんだ。
すると、何故だか生徒会辞めるか魔術研究会を辞めるかの二者択一を迫られたんだ。で、魔術研究会を辞めたの。その話くらいだね。」
「それだけですか?」
「それだけだね。・・・後、・・紙渡したかな。使わなかった奴」
「それが原因ではないのですか?」
「そんなことはないよ。この紙には議題のテーマしか書かれていないから。」
手が伸び紙を渡してきます。中身には、“回復魔法はあったかいorつめたいのどちらか!”と書かれていた。
「・・・・これ以外に紙や資料などは?」
「ありません!」
玲奈様の方を見ると、机の上に取り出したキムチを、ポテトサラダの中へ投入した所だった。
「何してるんですか」
「えっ・・・・お腹空いたから少し食べようかと・・」
「ポテトサラダの中にキムチですか?」
「えっダメなの?」
無言の中見つめ会う三者。時が止まりつつ誰しも次の言葉が紡げないでいる。そんな中、玲奈様が均衡を崩した。
「・・・・ダメなの?」
不穏な気配を纏わせながらじっと見つめてくる。
「・・・・・ダメでは無いのではないですか?」
沙都は慌てる。
「・・・・・・人の食べ方なんてそれぞれですよね」
佳奈多は目線を外しつつ答える。
「で、話を戻しますと何故に“回復魔法=あったかい”となっているのか?と言うことなのです。
あったかければ回復されてしまうのですか?という事なのです。
私は違うと思うのです“回復魔法=つめたい”これこそが真理なのです。」
「あったかいでいいんでない?」佳奈多の発言に玲奈様はギラリと目をやる。
「なぜ?」
「お風呂とかで癒されるときあったかいし。」
「自然の中でマイナスイオン感じるときも癒されるでしょ?」
「じゃあ、どっちでも良いんじゃない?」
「どっちでも良くはないの!!!!!」
「けどさぁ、そういうのって仕様だよね。ゲーム事に仕様って違うしさ。
格闘ゲームもさ、跳ぶ高さと移動距離もゲームで各々違うし、
シューティングゲームも移動速度各々違うし、
RPGもプレイヤーキルやモンスターの横取りとか 出来るゲーム出来ないゲームがあってルールやマナーも違ってくるし、
別に一様でゲームシステム成り立っている訳じゃないし、“回復魔法=あったかい” “回復魔法=つめたい” 各々あるってことで良いんじゃないの?
見極めは水と木使ってたら つめたい
火とか太陽使ってたら あったかい ってことで。ね。」
「・・・・そんなの納得出来ません!!今の現状“あったかい”派の声がでかいんですよ!!
このままじゃ日本は“あったかい”派に因って “回復魔法=あったかい” が刷り込まれて “回復魔法=つめたい” て言ったら“何言ってるんですか?”ってなるんですよ!
“何言ってるんですか?”ってなるんですよ!わかりますか?市民権剥奪なんですよ!!!」
「じゃあ、地道に“回復魔法=つめたい”を広めていくしかないんじゃないの?」
玲奈様と佳奈多は長々と話している。多分この争いは永遠と続くのかもしれない。
たが、良いのかも知れない。
どんな話であっても話し相手が出来たということは、玲奈様の精神衛生的には、良い影響を与えるだろうから。
取り敢えず今日はお開きにしないとならない。
窓の外には、もう星が結構出ているのだから。