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マスカブレード  作者: 黒野健一
第六章 裏/霧
99/120

99来訪

 店内に珈琲の香りとあたたかな雰囲気が漂う。

喫茶店『バタフライ』は今日も笑顔の客であふれている。

甘いケーキ、ほんのり苦い珈琲。

そしてなにより人気なのが特製プリン。

夏の事件で改装して、再開してからこのプリンを楽しみにしていた者が多かったのだ。



カランコロン……とベルがなりまた一人来客が現れる。


「いらっしゃいませ」


可愛らしい桃色のピン止めで長い前髪を片方に分けた少女が来客者に声をかける。

入口に立っていた黒髪の少女は自分より背丈も年齢も小さい彼女に微笑みかけて席につき、注文を一つ。


「プリンもらえるかな?」

「はい、かしこまりました!おじいちゃん!!」


カウンターの向こうの老人はただうなずき、手慣れた手つきで客の要望を応える。

長年の仕事で身についた気品ある風格の老人と、まだ幼い少女のいる喫茶店。

この雰囲気も人気の一つだろう。


「おまたせしました」

「ありがとう」


「……」


プリンを運んできた少女が黒髪の来客の顔をじっーと見つめていた。

そんな彼女の様子に気付いた黒髪の少女は、すこし意地わるそうな笑みを浮かべてこう聞く。


「どうしたのかな?」

「あっ……ごめんなさい、あの……どこかでお会いしました?」


少女の質問を聞き入れるとさらに笑みを深め、こう答えた。


「ここに来るのは初めてだけど。どうかな、この街は狭い。どこかであったかもしれないね」

「そうなんですか……」

「知人がここのプリンがおいしいと言っていて一度食べにきたかったんだ」


 プルンとつつけば揺れる、そのやわらかい部分にスプーンをやさしく入れてすくい上げ、口の中にいれる。

黒髪の少女は、先ほどとは違い、純粋な笑みを浮かべて満足げにしている。


「お口に……合いました?」

「うん、とてもおいしいね。そういえば知人はこの店でお手伝いしてるお孫さんのプリンを食べたことがあるそうだが」

「あっ……もしかして詩朗さんのお友達ですか?」


黒髪の少女、黒藤忍はまた笑みを浮かべてうなずく。


「そうそう『友達』さ。このプリンはキミが作ったのかな?」

「いえ……お店で出すのはおじいちゃんが」

「そっかーでもキミの作ったプリンも食べてみたいかな」


また一口、スプーンを口の中に運ぶ。


「キミは偉いね、まだ子供なのにおじいちゃんのお手伝い頑張ってて」

「いえいえ……最近までは食器洗うぐらいしかできなかったですし……」


最近まで……というのは最近、彼女の心境が変わる大きな出来事があったのだろう。


「そういえば……キミは店長さんと二人暮らしなのかい?」

「……そうです、ね。お父さんは生まれる前からいなくて、お母さんとは……」


お母さんとは……?

言いづらそうに黙り込む彼女の顔見て、また意地悪な笑みを浮かばせて、黒藤はスプーンを置いて

少女の頭を撫でながら、寝付けない子供に子守唄を歌うような優しい声色でささやく。


「ごめんね、悪いこと聞いちゃったかな」

「……」


頭を撫でられた彼女は一瞬、自分の目の奥が熱くなるのを感じた。

別に、頭を馴れ馴れしく触られたことや、両親のことを思いださせたことに腹を立てたわけではないが。

悲しみと共に、心の底で線香の火のような、何か小さな正体不明の感情が生まれた。


「霧香、客も減ってきた。今日は明日に備えて十分休みなさい」


カウンターの向こうからの店長の声を聞いて、少女は暗い顔をやめて、返事を返す。


「はーい!! えっと詩朗さんのお友達の……」

「黒藤忍だよ」

「黒藤さん。私はこれで失礼しますね……」


ペコリとお辞儀をし、一秒でもその場から離れたくなった彼女を、黒藤が声をかけて止める。


「明日、何かあるの?」

「……学校で社会見学に行くんです。イエローチャイムに」

「そうかい。呼び止めてごめんね、ゆっくり休んで楽しんできて」

「……はい」


霧香が店の奥に入り、姿が見えなくなると、彼女は残りのプリンを一口で頬張り

お代を払って、店を出ようとする。


「あっそうだ店長さん。お孫さんにこう伝えておいてください」

「なんですかな?」


「お手伝い頑張ってて偉いねって……」





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