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マスカブレード  作者: 黒野健一
第五章 文化祭/学校/喪失
95/120

95資格なき者

「選ばれし者などではない……」


―なら証明してやる。



仮設の舞台に上がった日野は、異形の怪物となり果てたアイドルに向かって銃口を向ける。

なんのためらいもなく引き金を引くと、弾丸の代わりに斬撃が飛び、ひらひらと意志を宿して動く触手のようなリボンを裂く。

バラバラにハジケた真紅の破片が空中で消滅する。


「私じゃない……私じゃない……こんなの」


リボンで自身をミイラのように包む彼女はそうつぶやく。

日野は斬撃を数発、そのリボンの繭に向かって放つが、何度リボンを裂いてもすぐに再生し中の彼女まで刃は届かない。


「私は……アイドルになりたかった……私はッ!!」


偶像……アイドル、彼女がその仮面を被ったのは夢を応援してくれたみんなの期待を裏切りたくなかったから。

あの日、カマキリのような腕の……異形の怪物と出会ってからすべてが狂った。

なぜ、なぜ自分はみんなを笑顔にするステージでこのようなことを……?


彼女は後悔の念と共に真っ赤なリボンに沈み、意識が薄れていく。

彼女が溺死したとき、彼女は真の怪物となろう。


「……ふーん……」

偶像の追っかけファンだった『モノ』と交戦していた黒藤は、その醜い仮面の怪人の大雑把な攻撃を退屈そうに躱しながらステージ上を見ていた。

拳銃型のデバイスで変身した日野は偶像の魔刃と戦えている。

しかし彼にデバイスを奪われた月村は呆然と立っているだけであった。

あのままあそこにいれば二人の戦いに巻き込まれ、彼の命が危険に晒されるだろう。


「まぁ……しょうがないわね?」

黒藤は一度仮面を外し、もう一度仮面を被りなおす。

その一瞬の動作で、彼女の身体を覆っていた機械的な装甲は外れた。

身軽になった彼女は機能を停止させたSaverシステムの剣を振り回し、周囲を囲んでいた偶像のファンたちを切り裂いた。

腹部を裂かれ、刃の身体が真っ二つになった彼らの亡骸を跨いで、彼女の半身ほどの大きさの剣であるSaverシステムを舞台上の月村詩朗へと投げる。


「……え、うおぉおおお!?」


ボケーとしていた彼の目の前の床に剣が突き刺さる。

流石に体をビクッと震わせたが、すぐに彼女が投げたそれで何をすべきか理解した。


「私にはコレがある」と黒藤はナイフのような小型デバイスを取り出し、魔刃の力を装填する。


「Boost!『閃光』」


彼女が宿した閃光の力を以て、偶像によって怪物にされたファンたちの掃討を引き受ける。


「ここは任せて青井さん、あなたは彼の元へ」

「え……?」


青井が詩朗の方を見ると、彼は剣を片手に戸惑っていた。


「あ……そうだ、仮面が、復讐がいないし変身できない……」


Saverシステムは魔刃の力をリスクなしで使う道具。

日野が使っているGUN面システムとは違い、魔刃の仮面が無ければただの剣だ。

青井が、彼の元へ行けと言う理由がそのためだった。


「月村君!!」

「青井さん!?」


舞台の方へ走ってくる青井、彼女の姿が、彼女の体の表面がまるで鉄のように硬化していく。

その変化に驚く詩朗だったが、さらに彼は驚くことになる。


「私を使いなさい!!」

「……えぇ?」


青井の体が少しずつ、少しづつ模型のように動かなくなり、やがて彼女の足がぴったり止まってその場に倒れる。

グランドの地面に顔から突っ込むように、そして彼女の顔は普通にはありえないことが起きていた。


「Load!空白!!」


青井凛子、彼女の顔はぽっくり空洞ができて、そこにあった部分は奇妙な仮面となり詩朗の持つ剣に刃の足でしがみついてた。

剣に空白の魔刃の力の因子が読み込まれ、力が増幅し、あふれる。

復讐の魔刃とは違う、青と灰色の鎧を形成し、詩朗の身体を纏う。


「これが、青井さんの……いや空白の魔刃の力」


自身の体内に明らかに空の領域が存在している、そんな不思議な感覚だ。

無尽蔵な容量を持ったような、今ならどんなものも許容できそうだと詩朗は一種の万能感に酔う。


「……見える、あの赤いリボンの挙動が」


新たな力を手に入れた日野はあの虚像の魔刃の鞭のようなリボンを躱し続けているが、常人には到底不可能な所業である。

目で追うことも、それを回避するのに体を動かすのもすべて人間離れした能力が必須であった。

この場でシステムを起動しなければ、いずれ月村詩朗はあの鞭に打たれ、引き裂かれていたに違いない。


「はっ!!うぉおおお!!」

空白の魔刃、その仮面の力を纏った剣が赤いリボンと刃をぶつけ合う。

一方日野は、獲物を捕らえるような網状の、赤いリボンの斬撃をシステムによって上昇させた身体能力と動体視力だけで躱す。


「日野先輩!!」

「邪魔をするな……あいつは俺が倒す!!」


彼の足元の残骸、『先導者の魔刃』であったそれを、詩朗は初めて目にする。

彼が激情に身を任せ暴れている理由が分かった。


「……復讐」

「だめだよ月村君、今のあなたは『空白』でなければ」

「……はい」


『復讐心』ではだめだ。

それでは力を引き出せない。

青井凛子を、空白の魔刃を使いこなさねばならない。

でなければ、今ここで死ぬのみ。


「空白」


赤いリボンの斬撃が、詩朗の手首、腹部をすり抜ける。

だが、血肉を裂く手ごたえは虚飾の魔刃に伝わらず、それらは空を斬っていた。

肉体の一部が存在しない、手首がないのに手首の先が動く。

奇妙だが、これが『空白』の能力の一部なのだろう。


「私はァアアア!!こんなところで!!」


真っ赤なリボンが一つの束となり、巨大な槍状に変化し、先端が相手に向かって突き進む。

目標は詩朗ではなく、日野。


「舐めるなァ俺が救世主だぁあ!!」


GUN面システムの銃型デバイスから一発のエネルギー弾が射出される。

それはリボンの槍の先端に衝突し、そのエネルギー弾を日野が拳で押しのける。


「弾けろォオオオ!!」

「ガァアアアッ!?」


エネルギー弾が槍状のそれを崩壊させ、螺旋状に分解された赤いリボンを通り過ぎ、本体の虚飾の魔刃を撃ち抜く。


「あ、わ、しは……」

「滅びろ、化け物」

「あい……ど……る」


仮面が崩れ、その肉体も滅びる。


「日野先輩」

「月村君、日野!!」


黄鐘と黒藤が顔のない青井の体を担ぎながらこちらにやってくる。

Saverシステムが解除され、空白の仮面があるべき場所にもどる。


「ふぅ……さてと、月村くん、日野、あんたたち無茶しすぎよ。ちょっとお灸を……お、ちょっと!!」

「俺は救世主だ……何と言われようが、俺が救う、俺が倒す」


そう言い残し日野はその場を去ろうとする。

一瞬、地面に残された先導者の仮面の破片を見て、足を止めたようにも見えた。

だが彼は何も言わず校外へと進む。


「黒藤さん、青井。仮面の回収よ、もちろん先導者のもね……」

「ええ」

「……了解」


青井と黒藤が去ると、黄鐘が詩朗の持つSaverシステムに触れる。


「これも、もう二度とあなたに使わせないつもりだったのだけど……」

「俺は、戦うべきなんでしょうか……俺は……」


黄鐘は一息、何か言葉を選び発する。


「戻るべき場所があるなら、そこにいるべきよ。あなたは本来、守られる側の人間なのだから」


機械仕掛けの剣を持ち去り、黄鐘も去る。

一人、残された詩朗は拳を握りしめる。


「守りたい、そう思っていた……けど俺は」


所詮は守られる側……なのか。

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