93無色
少女が初めて自分の日常に違和感を覚えたのはいつだっただろうか。
「暁ってまだ小学生っぽいよね~!」
中学生になって数か月、小学校までずっと同じクラスだった友人たちと離れ離れになったことがきっかけだった。
久しぶりに会話を交わした友人とのズレ。
いつも一緒にいた頃は心が通じ合うのに言葉すら必要なかった。
「どうしてだろう……」
ほんの少し離れただけで、自分の知っていた彼女じゃなくなっていた。
あるいは自分も、自分ですら当たり前と思っていることがホントは誰かにとっては当たり前ではないのではないか?
少女はそれまで何気なく過ごしていた日常を疑うことを覚えてしまった。
それからはごく普通のモノに対して不可解な感触を抱き続ける。
彼女自身、普通というものにこだわりを持っている。
しかし、それとは反対に普通というものを信じることができなくなってしまったのだ。
オカルト、非日常なモノに傾倒してみたのも、日常と真逆なものを日常に組み込むことで自分の常識を広めようという意図が彼女にあったかもしれない。
単純に人を脅かすことだけにしか変わらない真黒な怪異と比べ、人間はあまりにも多種多様に、鮮やかに染まっていく。
だがそんな怪異達も、彼女が染まるべき色とはならなかった。
彼女が出会った本物の怪物たちは、あまりにも黒かったのだ。
彼女は平穏を、普通の日常を求める。
だが、彼女の戻るべき普通とは一体?
「あれ……ここは?」
少女の意識が目覚める。
そこは見慣れない車内、そして覚えのある雰囲気。
車窓からは車から走って去っていく少年が見える。
彼が握っているのは……拳銃だ。
「月村くん……?」
「目が覚めましたか?」
運転席に座っていたのは、お互いにあまり話したことのない、組織では装備の開発をしていた天野博士。
正直、彼女は彼が少し苦手だった。
同じ人間のはずなのに、詩朗の両親の知り合いだというのに、どこか冷たく人間らしくない。
いくつもの怪異を追いかけていた彼女には、どこかそれらに近い色に見える。
影のように黒い。
「博士……私は一体?」
「あなたは魔刃の攻撃を受け意識を失っていたのですよ」
魔刃、彼女が一番関わりたくなかった存在だ。
それが学校に……また彼女の日常を壊した。
果てしない嫌悪感を感じたがそれよりも気になることがあった。
「詩朗は……月村くんは何処に?」
「……魔刃は今、刃覚者のみなさんが対処をしています。しかしどうやら不利な状況のようで」
「戦わせに行かせたんですかッ!?」
月村詩朗、彼もまた普通の生活へ戻ったはずだ。
「いえ、装備を届けに……一応言っておきますが彼から申し出したことですよ」
彼も、迷っているのだ。
度重なる血に染まった戦闘を経て、帰るべき世界が何色をしていたのか分からなくなったのだ。