92デッドライン
「邪魔だぁあああ!!俺を誰だと思っている!!」
剣之上街にあるとある高校の文化祭。
中止したはずのそれが本日、何者かが非常識的な方法で実施した。
周囲の学生以外の人間まで巻き込み、事件は起きていた。
その某高校に通う一人である日野と黒藤が気づいたときには、すでに学校は不気味さが混ざったにぎやかな雰囲気を漂わせていた。
本来なら呼ぶ予定もない、アイドルである藍野綾がそこにいる。
仮面でその顔を隠しながら。
「どけ!!貴様らァ!!」
魔刃であると確信した日野が突如藍野がいる舞台上へ上る。
彼女だけの世界に土足に入ってきた謎の少年。
流石に、歌の魔力に惑わされていた観客たちも素に戻り、戸惑い始める。
「まずい……混乱が起きる!日野を止めなきゃ……」
「待ってくださいよ青井さん」
舞台上の日野の元へ向かおうとした青井の前に黒藤が立ち塞ぐ。
一秒でも早くことを穏便に収拾しようと考える青井とは真逆に、黒藤はここでこの魔刃を殺そうと考えていた。
「ここは人が多すぎる!!せめて彼女が舞台裏に行ったときでないと……」
「でも、もう遅いみたいですよ?」
周囲を見渡せば、正気に戻った人間達が先ほどまで見ていた可愛らしいアイドルの歌って踊るのパフォーマンスから、
これから起きる惨劇への恐怖を予感させられていた。
舞台上に、仮面の怪人が立っている。
この街に潜む異常な存在。
正確な情報ではないにしても、この街に住む者達は彼らを知っている。
「うあぁああああ!!」
「なんでこんなところに!?イヤァアア!!」
先ほどまでの盛り上がった歓声は悲鳴と変わり、グランド中に恐怖が満ちる。
「見てください、あのアイドルの追っかけ集団」
「え?」
舞台下、観客達の最前線で熱狂していた彼ら。
彼らもまた、自分たちの推していた彼女が人ならざる怪物であると、目の前で知らさられたわけだが。
「仮面……」
彼ら全員、みなグチャグチャに顔のパーツが配置された福笑いみたいな灰色の塊で顔を覆い潰されていた。
「アイアアイア!!」
「アイアヤァアアア!!」
もはや人の言葉を発さず、ただ推しのパフォーマンスを妨害する他の者達を排除しようと動き始める。
彼らの持っていたペンライト、その中から小さいが鋭い何かが飛び出していた。
「私たちはあの者達を抑えなければなりませんね?青井さん、人命優先ですものね?」
「……そうね」
数は二人より多い。
だが所詮は魔刃のなりそこないである。
脅威にはならないものの、暴走した日野を止める者はもうこの場には他に存在しない。
「ついに正体を現したな」
キィイイイン!!とスピーカーが威嚇する。
落したマイクが転がり、それを見つめる悲しそうな目を仮面が隠しながら、彼女は日野からの殺意を受け取る。
「この化け物がァアア!!」
「そう、化け物なの私は……だからあなたを殺さないとなの!!」
ひび割れた仮面を身に着け細身の剣を抜き駆け寄る日野に、彼女はひらひらとしたリボンのような、彼女の思い通りに動く刃が伸びていく。
「こんなもんで止められるかよォ!!」
「研司!!弾くな、かわせ!」
藍野綾、彼女が『偶像』の呪いを受けたのは、つい最近のこと。
その姿は彼女が初めて全国へ向けて歌を披露したときのドレスのような衣装を元に生み出された。
そして可憐でかつ魔刃である証明、刃が生えていた。
「ごめん……消えて!」
彼女の夢を叶えるため支えてくれた大勢の人々。
彼らは皆、今舞台下で人々を襲っている者のように、いつでも化け物へと姿を変えられるよう、本物の怪物の影が付きまとう。
「……ごめん」
自分の事を応援してくれていた人たちが、仮面をつけた二人の少女により斬り捨てられている。
もはや人々には私達は害をなす脅威としかその眼に映っていないのだ、とわかってしまった彼女は今はもう、崩れかけの夢を必死に抱え込みリボンを揺らす。
斬撃を繰り出す、凶器と化したそれを。
「ふん……ぐっ!?」
日野が振るった細身の剣に、彼女のリボンが巻き付き、そして破壊する。
「殺す……殺さなきゃ」
「ぐっ、化け物の如きがァ」
彼女の手首から伸びた真っ赤なリボン。
それが日野の首元へゆっくりと向かう。
負傷を覚悟で掴んで、相手の体勢をリボンを引っ張り力ずくで崩すか?とすら考えたが日野はそれを実行しなかった。
実行できなかった。
「いたァ……!助かった!」
その声、藍野綾にとって自分を怪物に変えた悪魔の声。
片腕を失うほどの深い傷は、日野らの仲間にやられたと推測できる。
「助けてよー俺に、俺に一口お前の刃を喰わせろ」
「………………」
傷を負った彼の背後を見る。
彼と一戦交えたと思える女が、とどめを刺そうと近づいている。
それは、追跡者の魔刃にとって死神である。
今、自分を怪物へ変え、周囲の人間を利用し、脅迫してきたその怪物が死に怯えている。
全身刃の、異形の怪物が、今……助けを要請している。
「私が命を、こいつの命を握っている?」
自分の夢を踏みにじったあの化け物が。
怯えるしかなかった自分が、生かすも殺すも今、この手に掛かっている?
「残念だけど、君はもうこの街から出ることができない。君のその刃の身体はそういうものだ」
藍野の頭を、恐怖と絶望で埋め尽くされてできた脳内の壁を、かつて目の前の怪物から言われたセリフが通過する。
「君に親しい人間、すべてに君と同じようにすることもできる。まぁ、君が俺の言うこと聞けばいーんだけの話なんだけど」
心臓が、跳ねる。
様子がおかしい偶像の魔刃の隙を突き、彼女が伸ばすリボンを掴もうとした日野だったが、その瞬間リボンが彼の首に触れるほどの位置まで瞬時に動き、
そして彼に静止を命じるように、リボン自身が手本となるように、そのまま日野の首を前に止まる。
今は黙っていろ、という意思だ。
「はやく!!喰わせ……」
怪物が口を開いたその瞬間。
彼女は自身の刃を望み通りその口の中へ放り込んだ。
それは彼女が自身の意思で動かせる、リボンの刃。
咀嚼を許さず、追跡者の腹の中へもぐりこんでいく。
「おえ?おーい、おあえないを……!?」
お前は何をしているのか。
そう問いを投げたのだが、返答を前に彼は自分が何をされたのか理解する。
彼の腹をリボンを突き破り、そのまま腹の上下を分断し、彼を真っ二つに裂く。
浮遊感を感じ取った追跡者は、突然の事に驚き、そのまま彼女の思い通りにリボンの刃で体を解体されていく。
「うぐぇ……」
「死……ね!!」
日野をけん制していたリボンが、すさまじい勢いでうねりを加えて宙に浮いた仮面を裂いた。
「……!!」
その時間、わずか瞬き一つほど。
その一瞬だけ、彼女は自分が知らない自分の存在に気付いた。
「……今だ!!」
「わたし……」
仮面から垂れるように現れる真っ赤なリボンに覆い隠されていく彼女。
殺害の衝動という、心の中にこそ潜んでいた真の怪物が、目覚める。
「こんなに殺したいって思ったの初めてで……だから」
「死ねよ化け物ッ!!」
「これは……これはこれはこれはッ!!本当の私じゃないのォオオオオオ!!」
背後から一撃を食らわせようと拳を振るおうとした日野のその顔を、真っ赤なうねる殺意が一筋の縦線を走らせた。
物体が破壊される音に混じり、無機質な生命のつぶやきが聞こえる。
「日野……研司、君は……」
ほんの一瞬、日野は何が起きたか理解できなかったが、その彼の言葉だけは鮮明に聞こえ、頭の中で何度も響く。
「君は、選ばれし者ではない」




