89偶像
「はーい、剣之上市のみんなぁ~!」
学校中の賑わいのその中心。
近場から集まった人々が学校の生徒に混ざって、仮設の舞台上に視線を向けている。
彼らの視線を集めているのは一人の可憐な少女。
「今日の文化祭一緒に盛り上がろー!!」
彼女の一声で、周囲に集まる人々が熱狂する。
今日は休校日になったはず。
夕河暁に呼び出された月村詩朗が目にしたのは、人死にが出た次の人は思えない街の人々。
そもそも、この文化祭に来るのは学生の知人や親族のみが毎年の恒例だ。
教師の説明や準備の規模から考えて、この賑わい、『彼女』がここにいることがおかしいと感じる。
「藍野綾……月村くん、知ってる?」
「流石の俺も知ってるよ、剣之上市出身のアイドルだろ」
藍野綾、通称あいあや。
テレビで(深夜とはいえ)レギュラー番組も持つ、最近売れてきたアイドル。
小柄で可愛らしい見た目と、あきらかに無理している不自然な毒舌キャラ、プライベートが想像通りの普通の女の子なところが人気である。
「あいあや、あいあや、I LOVE あや!!」
あからさまに雰囲気の違う集団が騒ぎ出す。
彼らは彼女の顔のプリントされたうちわや、名前の書かれたタオルを振り回しはじめる。
「こらぁ~!!そこの豚ども!!周りの方々に迷惑なのでそういったことは控えなさい!!」
「はぁ~~~い!」
狂ったように騒ぎ出した集団がその一声で静まる。
詩朗はその様を珍しそうな目で見たのち、この学校で今なにが起きているのか探りに、校舎の中に入っていく。
二人は下駄箱の上履きに履き替える。
彼らの服装は制服ではなく、普段着であるが、妙なところで校則を守らなければならない気がしてしょうがなかった。
「夕河、離れるなよ。魔刃が何か関与しているかもしれない」
「ええ……って、月村君も魔刃とはもう関係ないじゃない」
「……ああ」
魔刃との関りを捨てた二人。
一人は大切な人を悲しませないため。
一人は恐怖を消えないため。
詩朗を先頭に、後を夕河が付いていく形で二人は校舎東側階段を上っていく。
二階、三階……と各フロアの様子を伺う。
どこの階も楽しそうな生徒たちがにぎやかにさわいでいる。
「委員長……」
詩朗と夕河は自分たちのクラスの前に来ていた。
教室の前には真っ赤な花が咲いた看板がかけられていた。
「いらっしゃいませ~あの世に2名様ごあんな……ちょっ、みんな!これ本当にお客さんにしなきゃだめ?」
「だめ~」
「いいぞ、いんちょー!!」
教室の中から、安っぽい作り物の怪異達が笑い声をあげる。
皆、これが自然というように楽しんでいる。
「待ってよ委員長、今日がもし、急に文化祭をやるってなっても俺たちは遅刻して……」
「はい、こちらへどうぞ」
「……」
「月村君、今は話を合わせましょう」
委員長も、他のクラスメイトも。
皆遅れてきた二人に対して何か言うわけでもなく、まるで部外者が自分たちの店にやってきたように振舞う。
「はい、血の池ジュースです」
二人が座ったテーブルに、髑髏のコースターにのせたトマトジュースが届く。
それを運んできた女子生徒はニコニコしながら軽くお辞儀をして去ろうとする。
「ま、まってよ!」
「はい?」
詩朗はその女子生徒を引き留める。
頭に白い三角巾を付けた白装束の少女、彼女は何の用かと少し困るような顔をしている。
「遅れてきたのを怒ってるのか?でも昨日は中止にするって全校生徒集めて……」
「…………?」
「……ッ!?」
親しい関係ではない。
だが毎日同じ教室で学んできたはずだ。
いじめや誰かをのけものにしようとする人達でもない。
「なんで……」
カーテンで光を遮られ真っ暗になった教室がグルグルと回る。
詩朗が恐怖しているのは何もクオリティの低い幽霊や妖怪ではない。
何かがおかしいクラスメイト達の姿が詩朗の眼球の中で作り笑いを浮かべる。
「ッ……ハァー!」
唖然としていた詩朗の隣では血の池を飲み干した夕河が、コップのふちを髑髏に叩きつけた。
「屋上にいこ、月村くん」
異様な様子の教室を抜けだした二人は、東の階段でこの校舎の一番高い場所へ来た。
常に周囲が賑やかにしている空間から解放される二人。
軽音楽部だろうか、人々の作りもののような歓声をかき消す音だけが少し遠くから響く。
「……やぁ」
ここには誰にもいない。
そう思って来た二人だったが、思わぬ先客がいた。
「せ、先輩」
それは詩朗が昨日、委員長の手伝いをしていたときサボっていた男だ。
詩朗の記憶だと井上先輩と呼ばれていた。
屋上の端、軽音楽部が立つ仮設舞台壇のあるグランドとは真逆の、校門側の方で何かを観察していたようで、詩朗達に背を向け振り返るようにして話す。
井上は昨日と同じく、めんどくさそうな顔をしているのは変わりない。
ただ、自分達以外の人間が屋上に来れたことを少し驚く二人。
「ここ、いいよね。僕も良くここでサボるんだよ」
「そうですか……」
サボりやの彼なら、ここを見つけてもおかしくはない。
そう納得せざるを得ない。
「君も悪いやつだなぁ~女の子連れてサボってんの?こんな人気のないところで何しようと……」
「そんなんじゃないですよ!それより、どういうことですか?なんでみんな文化祭なんかやってるんですか!?」
周辺で起きた爆殺事件。
異様に集まっている来客たち。
自分たちを認識しないクラスメイト。
「なんで……ッ!」
「なんで?」
詩朗と同じ言葉を、少し低い声でつぶやく井上。
彼の様子もおかしいことに気が付く。
「井上……先輩?」
「詩朗ー!みてみて!!」
詩朗、と声をかけたのはグランド側の方を眺めていた夕河暁。
普段とは違うような活発そうな声、そして初めて下の名前で呼ばれた詩朗は動揺しつつ、彼女の指さす方へ目を向ける。
「みんなー!おまたせー!!」
「うぉおおおおおお!!」
先ほどのアイドルが軽音楽部と入れ替わりに舞台に上る。
そのファンの集団が彼女の登場に再び声を上げ喜ぶ。
「じゃあみんな行くよー?『照れ隠しの仮面』!」
「……なッ!?」
マイクを持ち、歓声の中に立つ少女が異形のマスクを被る。
可憐な少女に似合わない、醜い紫色の、土から掘り出した芋のような形の歪んだ仮面。
彼女を見るファンは誰も、それに対して違和感も抱いておらず、今どきのアイドルなんて知らないような老人ですら、物珍しそうに見ているのは
仮面ではなく、彼女の可愛らしいふるまい。
「あれは……」
「魔刃だねぇ?」
詩朗の震える眼球が背後に立った井上の方へ向く。
「何……?今先輩、なんて言って……」
「君こそ」
井上の顔には管のついた仮面が覆いかぶさり、気だるそうな声がこもる。
「なんで文化祭、サボってんの?」