88開祭
体育館に集められた翌日、午前9時過ぎ。
月村詩朗は本来なら既に教室にいる時間帯だが、今日はまだ家の中にいる。
昨日集められた理由、それは学校付近で爆発騒ぎが起きたということだった。
死者数人、そして周囲には仮面を被った狂人が。
結局、文化祭は中止となった。
死者が出た次の日に騒ぐのも不謹慎であるし、なにより最近の治安を配慮してだろう。
外部から訪れる文化祭など危険であると考えるのは当然である。
別にサボりたがりやでもないが、詩朗は文化祭がなくなったこと自体になんらかの感情は抱いていない。
今彼の心をぐちゃぐちゃと騒がせているのは、いまだ街に潜み、日常に侵食している影の存在。
誰も傷つけず、誰にも悲しませないため戦いから身を引いた。
日常に戻った。
だが徐々にその日常が崩れ始めている。
「……」
本当にこれでいいのだろうか。
彼の散らかった部屋にぽつんと置いてある、返却済みの夏休みの課題。
共に離れた夕河暁はどう思っているのか、それが気になった。
とはいえ、直接本人に聞くつもりはない。
詩朗本人が、昨日文化祭の準備をしていた時、珍しく心が温かなモノで満たされていく気がしていた。
一緒に作業していた黒藤は、非日常の存在と現在進行形で関わる人間だというのに。
自分が一度逃げ出した場所に、まだ居残る彼女と共にいて、魔刃達の事を忘れ、彼女をただのクラスメイトとして話していた。
夕河も同じく、もう魔刃達との存在を忘れようと努力しているのかもしれない。
「……サイト」
詩朗は自分の携帯で、夕河暁が少し前まで更新を続けていたオカルトサイトへアクセスする。
ページが開くと、どの記事もこの街の仮面の怪人についてばかり。
組織の人間は、夕河から管理権限を受け取った後、露骨に魔刃関連の記事ばかりまとめるようになっていた。
そのせいか、サイトそのもののアクセス数が少し減っているようだ。
「あいつ、情報収集だけでなくてブロガーの才能もあるのかね……ん?」
詩朗が気づいたのはブログ読者の投稿欄に並んでいる奇妙な単語。
複数の投稿者がそれぞれ名前を挙げているそれは『ゾンビナイフ』、内容は刺された人間が仮面の怪物になるというもの。
それについたコメントによると、都市伝説に付け加えられる尾ヒレ、流行の噂によくあることと、相手にされていないようすである。
「ナイフ……あれか」
夏休みの終り頃、展望台で戦った焼失者の魔刃が持っていたあのナイフ。
あれが噂として広まっているのだ。
「人を魔刃に変える……」
月村詩朗は、より一層、この日常が侵食されていることに恐怖心を感じ、サイトを見るのをやめる。
気分が落ち込んだ彼は自室から出て、リビングに行く。
「ああ、詩朗。私今日も本屋さんのところいくから……」
「大丈夫か?昨日の事件のこともあるし」
詠が働く本屋は、少しボケ気味のお婆さんと二人で成り立っている。
自分が休むわけにはいかない、と詠は髪を後ろで結んで玄関で靴を履く。
「だったらさ、俺も本屋までついていくよ。危ないし……」
「あら、せっかく休みなんだし家にいなさいよ、仮面の怪人なんか体育3じゃ盾代わりにしかならんでしょ」
靴先を地面に叩いてかかとをいれる。
「んまぁ……うん、そうなんだけどさぁ」
「それじゃ、いってきます」
心配する詩朗に手を振る詠。
重たいドアが閉まり、暗い顔で立ち尽くす詩朗に、携帯電話が着信を知らせる。
「……夕河?」
「はぁ……はぁ」
「来たわね月村君、これどういうことかしらね?」
月村詩朗が息を切らせながら、走って夕河の待つ場所にやってきた。
その場所とは、彼らが通う高校の正門前。
今日は休みになったはず、の開いた校門の先には派手な飾り、にぎやかな声をあげる人々。
とても爆殺騒ぎのあった次の日とは思えない。
「なんだ……これは?」