81追走
剣之上市南部、時間は21時過ぎ。
ここは剣之上市の中でも特に騒がしい場所だ。
飲み屋が多い、市内の酔っぱらいの喧嘩率がもっとも高い。
そして奇妙な幻覚を見る者も多い。
それが酔いなのか、街に潜む怪物の影なのかはわからない。
「はぁ……夕河さんならもっと早く気付いたはずだわ……」
「隊長……」
PC画面を見てため息をついた黄鐘。
青井凛子と彼女と二人は今、街に流れるある都市伝説の存在の情報を集めていた。
この街はとくに怪異譚が多い。
夕河から授けられたそのサイトにはそういった信憑性もない、常識外の体験談が集まる。
どれが真実でどれが虚構か、それを見分けるのは難しい。
「結局、あの子の大事なこれも取り上げちゃったわね……」
「うん……でも、彼女の償いが済んだ今、彼女に無理を強いることはできないものね」
そもそも、魔刃のふりをしたというだけで、命がけの仕事に関わらせることがすでに間違えている。
「……うん、詩朗くんに対してもそうだけど、どうして隊長はそういう提案を?」
確かに、彼ら二人は大勢の人間の前で怪人のまねごとをした。
それにより小さいながらも混乱も起きた。
とはいえ、その理由は魔刃の存在を自分たちに知らせること。
そのことを配慮すれば、一か月間仕事に無理につきあわせるなど……
そもそも、ただの高校生の、刃覚者でもない二人をなぜ?
このサイト、ますかれーどちゃんねるだって夕河に情報発信させたりせず、サイトをはじめからとりあげればいい。
彼女が魔刃と出会った原因でもあるし、それを理由にすれば容易だ。
彼女の情報収集能力を……何故彼女は買ったのだ?
そもそも、たかがオカルトサイトの管理人になぜそこまで?
月村詩朗という、ただの少年を一度は魔刃と遠ざけたのに、夏休みの間何度も死にかけるような戦闘に付き合わせたのは?
「あ……れ……?」
「隊長……?隊長!咲さん!!」
青井の声がきっかけで彼女の歪む視界を正した。
意識がしっかりした黄鐘は、額に手を当てながら椅子に腰かける。
「私……疲れているのかしら?」
この一か月、何をしていた?
なぜただの高校生なんかに貴重な新装備を持たせて戦わせた?
本来なら根吹のような、部隊の刃覚者ではない者達に与えて戦力に補強するつもりの計画だ。
最初に、彼にSaverシステムを与えることを提案したのは誰だっけ……?
黄鐘のモヤがかかった記憶が、だんだんと晴れてくる。
「たし……か、天野……博士?」
「呼びましたか?」
黄鐘の座る椅子の背もたれに手を置き、彼は立っていた。
長方形のレンズ越しに、どこか深い穴のような眼でみつめていた。
「いえ、なんでもないわ」
やはり、自分はどうにかしている。
自分のミスを他人のせいとでもしたのだろうか?
彼女はパンッ!と頬を両手で挟むように叩いて、ぼんやりしている頭を切り替える。
それをみた天野は何の感想も抱かず、PCに映し出された仮面の噂を覗く。
彼女は気づいていない。
この一か月間、月村詩朗という人間を先頭に立たせることに違和感を抱いた者が他にいないということに。
「対象発見……!行くぞ黒藤!!」
「はい……」
通信の先で、二人が怪しい影を追う。
ますかれーどちゃんねるに投稿された一つの都市伝説。
『ゾンビナイフ』
ナイフに刺された人間は意志がなくなり、仮面の怪人の操り人形のようになると。
それが本当なら、人間を魔刃に変えることが奴らにできるということ。
「日野くん、根吹さんの班に周囲の一般人の避難を要請したわ。だけどできるだけ……」
「わかってる。ヤツをこのまま路地の裏に追い込む」
日野は黒藤を置いて暗い闇に飛び込む。
そして黄鐘から黒藤に対しても命令が届く。
「黒藤さんは先回りして待機。待機場所は私の指示通りに道を行ってちょうだい」
「了解です隊長さん」
対魔刃部隊の基地で二人に指示を飛ばす黄鐘。
数日前に日野が連れてきた少女。
彼女が持つ仮面の正体。
彼女も初めは信じられなかったが、魔刃の王が蘇ろうとしている今、それに立ち向かった救世主もまた蘇ってもおかしくはないのかもしれない。
あの仮面の正体が本物であることは、かつて王に仕えていた『先導者』が保証した。
「驚いていましたね、先導者の魔刃くん」
「魔刃くんって博士……」
天野が冗談じみたことを言うのは珍しい……黄鐘が部隊に入隊してから初めてかもしれない。
「黒藤さん、そこの角を曲がって25メートルほど先の小道で待機」
「了解……」
彼女が立つビルとビルの間の小道からは、たしかに異様な雰囲気が漏れていた。
この道からつながる場所に、都市伝説の存在がいる。
彼女の持つ解放の魔刃。
かつては王にも匹敵した実力があったが、戦いでの破損により能力が失われている。
そのため、彼女の力を補う必要がある。
「たった数日ですが、黒藤さんはSaverシステムを使いこなしているようですね」
「そうねぇ、月村くんもそうだったけど、システムを使いこなす才能は彼女、特別ね」
その会話はただの世間話のような軽い話題だった。
通信でつなげているわけではない。
青井は、今の話が日野に聞かれていないことに安堵する。
「あいつ、また荒れるだろうなぁ」
月村の一か月間も、選ばれし者を名乗る彼にとってはプライドを打ちのめされることになったのだろう。
日野より先に部隊にいた青井は、彼が入隊したころを思い出す。
「選ばれし者か……いつまでやるんだか、先導者も」