80選ばれし救世主
秋風が窓から窓へ流れる。あくびがでそうな昼休み。
昼食を食堂で済ました日野の背後からはたった一か月で聞き直れた声が。
「日野先輩!」
「お?フゥン……どうした後輩?」
今はただ学校だけの先輩後輩関係。
「組織の事で少し相談したいことが……」
「フゥン!安心しろお前は良く戦った。あとは平和に学園生活を楽しむがいい。
元々、奴らと戦うのは選ばれし俺の使命だからな」
詩朗の話を途中で絶ち、自身の使命について語り始めた。
たかが一か月程度の経験で、魔刃達と対等に渡り合った詩朗。
彼の能力は認めている。
しかし、やはり彼は日常を生きる常人なのだと日野は思う。
そう思い、自分を納得させる。
「ああ……いえ、俺の事じゃなくて」
詩朗の後に隠れていた奇麗な黒髪の少女が日野を見ている。
彼に用事があるのは彼女だった。
「誰だ……?ああ、そうか……!!」
その少女を見た日野は何かを察し、そして頭を抱え残念そうにする。
とても大げさに、演技臭く。
視線の先の少女は日野を見つめている。
年頃の少女がイケメン秀才学校の有名人の日野研司に対して持つ乙女な心情。
日野の脳味噌が出した答えは「あ、こいつ俺に惚れているな」という思春期男子特有のものだった。
「悪いが俺は選ばれし者だ。恋など、普通の人間のような青春は俺には眩しすぎる……」
「先輩……?」
詩朗の目に映る彼の姿はどうも何かを勘違いしているようだ。
実際、話を聞かない日野は大いに勘違いして、一人で酔っている。
一体、どんな頭の構造をしていれば女子生徒に用があると言われただけでここまでになるのだろうか。
「フゥン!!だが安心しろ……全ての戦いが終わったとき、俺の隣にお前がいると約束しよう……!!」
「えっ……えぇ……」
「フンッ!!心配するな俺は死亡フラグすら乗り越える男……選ばれし者だからな!!」
そう言い、どこかに去ろうとする日野。
そんな自由気ままな勘違い男を後からいたずら好きな猫みたいに詩朗が掴む。
「うげぇ!!何をする後輩ッ!!」
「そんなんじゃないんですよ先輩!!」
事情をどこから話せば聞いてもらえるか、詩朗が考えているとにこやかな表情な黒藤がやってきた。
彼女は日野の前で一礼し、日野はそれに同じく礼で返す。
「…………」
「…………?」
日野の前に立った黒藤は何も言わず、ただ日野に満面の作り笑顔を浮かべて見せる。
とても可愛らしい顔だが、それを見ているとどこか不安や恐怖のようなものを感じさせる。
「…………」
「……え、あ、の」
「…………キモッ」
「……!?」
「あ、おい黒藤ィ!?」
一瞬、場が凍り付き、日野は氷像のように固まった。
プルプルと気もちわ……不自然な挙動を繰り返し、今自分が言われたことを受け止められていない。
「う?ん??え、俺気持ち悪い?選ばれし者の俺気持ち悪い?後輩?」
「え……あ、いやーうーん、キモくは……ないです」
即答はできない。
「えーと、日野先輩でよろしいですか?あの、私の話をちゃんと聞いて欲しいのですがよろしいですか?」
「…………うっうううう」
日野は口の中に梅干しを突っ込まれたような顔をしながらまだプルプルしていた。
一体今の彼の感情はどんな状態なのだろう。
侮辱されたことによる怒り?女子からの軽蔑に対する悲しみ?
「ちょっと先輩大丈夫ですか?」
明らかに普通じゃないので心配になった詩朗が声をかけると、日野は彼の首に腕を回し壁際に寄せ、プルプルしながらその顔を詩朗に近づけ
黒藤に聞こえないような小さな声で話しかける。
「俺……女子から初めて告白されたと思ったんだが……違うのか?」
「全然違います」
「……そうか」
その言葉によって、ようやく浮かれていた日野の心が落ち着きを取り戻し始めた。
詩朗は今がチャンスだと思い、簡潔に一気に黒藤の要件を話す。
要は彼女は対魔刃部隊に用事があり、魔刃に対しての認識は一般人のものではない先輩たちの側の人間だと。
「……ふむふむフゥウウン!!そうか!なるほど……ふむふん、そうか!」
「……先輩、これからはちゃんと相手の話を聞いて……」
詩朗の忠告に対して、「わかっている!」と言いたげな、またどこから湧いてくるのかわからない自身に満ちた表情で指を彼の唇の前に突き出して静止させる。
なんだそれは食いちぎってやろうか。
詩朗は今まで何度か噂に聞いたり、実際に一か月ほど共にいてようやく彼がどういう人間なのか理解できた。
……コイツはバカだ。
「見苦しい姿を見せてしまった、すまないな新たなる我が後輩……」
「いえ、私もついひどいことを言ってしまいました、申し訳ありません……」
「ふむ、俺はそんな些細なことは気にしない、許す……ところで……お前の持つ魔刃というのが、えっと、解放……の魔刃というのは……本当か?」
解放の魔刃。
魔刃と出会ってから3年ほどたつ彼が何度も聞いた名である。
かつて人類支配を企んだ魔刃の王と戦う人間達の力となったという、本物の救世主である。
日野がともに戦う、先導者の魔刃が王に対して反逆し、共に戦ったとも聞いている。
「…………俺だ」
「え?」
「いや、フン!何でもない」
何かを言ったような気がしたが、黒藤に対して日野ははぐらかし、彼女の要件を飲む。
「わかった。俺はお前と救世主サマを連れて行こう」
「ありがとうぎざいます!先輩……」
先輩……せんぱい。
なんともいい響きである、と日野は思いながら、月村の肩を叩く。
「月村、もう一度言うが、魔刃の事は今後一切関わらず普通の青春を歩め、心配するなお前も夕河もそして黒藤も俺の可愛い後輩だ」
「先輩……」
再び戦いに戻るか迷い揺れていた詩朗を、その場に押さえつけるようなその肩の手を退けると彼は自分の教室へと戻っていく。
「……なにが救世主だ。今の救世主はこの俺だ……!!」