76内緒
「ここが保健室……んで……」
普段から教師たちの手伝いをしていたためか、今日やってきた彼女の案内係を任されていた。
美人な先生がいると有名な保健室の次は、いつも昼休みの時間に何らかの騒ぎの起きる食堂。
一番きれいな便所(あくまで男子便所の話なので保証はしない)、放課後部活動に使われる教室……
「ねぇ、放課後人が全然こない、知られてない場所ってどこかな?」
「え……?」
なんだその質問は?
詩朗は怪しみつつ、いくつか学校内の人気の無い場所を頭に浮かべて選別していく。
ゴミ捨て場裏、階段下倉庫……いつだったか、とある不登校女子生徒からサボるのに適した場所の紹介を受けたことを思い出す。
そして、その中で一番知られていないであろう場所。
「屋上……っても、柵もないから危ないけどな」
この校舎の一番東側にある屋上へと続く階段。
他の場所と同じく閉鎖されているが、実は誰がやったか、いつそうしたのかわからないが鍵が破壊されている。
普段屋上に行くことなど滅多になく、何かの行事などで解放されたとしても、屋上にいくのには柵のある中央の階段入口からである。
ゆえに、このことを知っているものはおそらく、この学校内では詩朗と、例の不登校女子生徒と、そしてこの転校生のみだろう。
「ふーん屋上か、いいね青春って感じじゃない?」
「……というか、人が知らない場所ってのは自分で探さないと、意味ないでしょ?」
矛盾である。
誰も知らない場所を他人から紹介してもらうなど。
その疑問に対して、転校生の黒藤は口元を緩めて答える。
「君と私、二人きりでゆっくり話せる場所があればそれでいいもの」
「悪いが、そこは他人か教えてもらった場所だ。二人きりとは限らないぞ」
何がおかしいのか、転校生はくすくす笑う。
「うんうん、秘密の場所の共有か……その人とは、君の秘密も共有してたのかな?」
「…………」
質問の意図を捉え、彼女への疑いが確信へと変わる。
「お前、やっぱり解放の魔刃か……」
「うん、でもまぁ……解放の魔刃にはなれないよ」
……?
どういう意味か聞こうとした詩朗だったが、彼女は今日来たばかりの自分のクラスの教室へと迷いなく戻っていく。
もうすぐ、昼休みが終わり予冷が鳴る、と。
「せっかくだし続きはその屋上でやろうよ、その秘密のお友達も連れてさ」
午後4時過ぎ。
担任からの連絡の後、今日のそうじ当番に選ばれた連中が面倒そうに用具入れに集まる。
それを視野の端に捉えつつ、彼女は教室から飛び出し……
「下校RTAはじ……」
「まんねーよ」
すっと……彼女の前に現れた詩朗。
昼休みの後、放課後屋上にくるように伝えたはずなのだが、早朝珍しく登校した不登校児はどうやらすみやかな帰宅を望んでいるようで。
「転校生と……なにかしら?ラブコメいた展開?いーいー!私負けヒロインでよろしいので
早く自室に帰ってよろしいですか?」
「よろしくない……お前、家に帰っても暇だろ?」
部活をやっていないのはお互い様だが、今の彼女は特にそうだろうと思っている。
「何を根拠にそんな失礼なことおっしゃるのかしら?」
「ますかれーどちゃんねる」
「……………………」
「ほらな」
今まで学業や青春を投げ捨てて、いつも面白そうなネタを日々探していた彼女。
それを失ったから、だから今日意味もなく朝早く来たのだろう。
今やそれは、まだ大体的に伝えられない怪人たちの脅威を世間に流し、耐性をつけるただの宣伝サイト。
とはいえ、世のために使われ、なによりも彼女は一種のトラウマになっているのだろう。
両親と友人を危険に巻き込んだそれと、自分の余計な好奇心に。
「来てくれよ、頼む。あいつは……あの転校生はどうやら」
彼女の正体について、彼が知る限りの情報を伝える。
あの夜の出来事もだ。
「……なら、なおさら行きたくないな。私はもう魔刃とはかかわらない」
「……俺もそのつもりだ」
だけどもあの解放の魔刃という存在は、この街、そして人間達のこれからに大きな影響を与えるに違いない。
わざわざ呼び出して何を語るか、それに詩朗は興味があった。
彼の素直な気持ち、まだ迷っているのだろう。
人々の笑顔と、両親の想いを守りたいという気持ち。
自信を大切にしてくれている、この日常を投げ出したくないという気持ち。
どちらかしか選ばないといけない。
「わかった。無理に来いとは言えない、だけど……いや、なんでもない」
まだあのサイトに心残りがあるんじゃないのか?
都市伝説を追いかけて、魔刃という本物に出会った彼女。
危険だと思っても、両親をあんな目に会わせたというのに治まらない非日常への好奇心。
心のなかで押しつぶそうとしているそれは、詩朗の勝手な想像に過ぎない。
たかが、数か月の付き合い。
彼女のこれまでの人生や価値観なんてすべて把握してるわけでもない。
それに自分を、両親を守りたいという気持ちは理解できる。
「異常なのは俺のほうだから……」
「………………」
黙る夕河に背を向けて、彼は一人東階段へと歩いていく。




