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マスカブレード  作者: 黒野健一
第四章 終夏/救われた者/救われぬ者
72/120

72夏休みの終わり

昼間はまだじりじりとした日差しが降り注ぎ、夜から朝は少し寒くなってきた。

もう九月である。


集められた全学年の生徒と教師たちの前では校長が立ち、いつもの休み明けの挨拶をしていた。

だが、いつもと違うのは。


「みなさんの大事な夏休みになったでしょう……さて、みなさんもご存知だと思います

 この街で起きている悲しい事件や事故について……」


最初に話に出たのは結合の魔刃による保育園襲撃。

そして繁華街での暴欲の魔刃の件や、一番記憶に残っている焼失者の魔刃による塔の破壊。

中には、帰宅時間を狙った仮面を被ってナイフを振り回した男の話もでてきた。


「うっ……」


嫌なことを思い出す詩朗。

その件に関しては、もっといい方法を見つければよかったと思っていた。


彼は先日受け、まだ回復しきっていない傷を抑えながら悔やんでいる。




「あなたちは、もう魔刃と関わるのをやめなさい」


数日前の事だ。

詩朗は傷を癒しながら、その言葉をかけられた。

同じく、彼と対魔刃部隊に入った夕河にも。


「あなたたちは本来、魔刃と偽った件での罪を償う形でここに来たの、もうその罪も十分償えたと私は思う」

「まってください……!俺はもう償いとか関係なく、人々を助けたくて……!!」


詩朗が飛び起き自分の意思を伝える。

傷の痛みが襲っても、その姿勢は変えない。


「詩朗くん、あなたは特に魔刃との関わりを絶つべきよ」


詩朗の精神汚染を、青井から相談された黄鐘は、彼の心が完全に歪められることを危惧していた。

Saverシステムにはまだ欠点が多い。

対魔刃部隊として戦うとなれば、魔刃を直接被って戦うことが増える。


これまでもそうだった。

彼の戦闘センスはかなり高く、少しの訓練と魔刃の能力に見合った精神力の強さは素晴らしいものだ。

だが、彼はあくまで一般人だった。


当初、罪滅ぼしには、戦闘ではなく一般の事務的な手伝いをさせるつもりだったが、天野博士が完成させた

Saverシステムの構想を担った研究者が彼の両親だということもあり、彼の希望で戦いに参加することになった。


今までの魔刃ならば、彼や組織の刃覚者でも十分に対処できた。

しかし、徐々に魔刃の力が強まり、活発になってきている。


王の目覚めが近づいていると、天野博士も推測している。

これからの戦い、彼にはもっと負担がかかる。


「夕河さんも、あなたの情報収集能力はすごく助かったけど、まだ魔刃に対して

 恐怖心が残っているでしょ?」


詩朗はその時、初めて夕河が恐怖に抗いながらも、魔刃に関わってきたことを知った。

当然と言えばそうだろう。

普通の少女を襲った怪物、両親の命を人質に取った化け物だ。


そして、夕河は詩朗にこう言う。


「巻き込んだ私があなたに言う資格はないけど……私からもあなたに魔刃との関わりを絶ってほしい」

「…………そうか」


魔刃によって心と体がボロボロにされていく、彼女にとって唯一の友人を見て心が痛まないはずはない。

彼を危険に巻き込んで、そして戦うきっかけを作ったのは彼女だ。


彼が仮面を被って戦う姿を、いけないとは思いつつ、心のどこかでは恐怖を感じていた。

あの静寂の魔刃に対して抱いたものに近い、恐怖を。




「…………」


校長の話が終わり、そのあと教師からの連絡が伝えられ、教室へと戻る。

後の方に並んでいた夕河を先頭にし、並んで進む。

詩朗はその彼女をみつめて心の中でつぶやく。


「これでいいんだよな……」


月村詩朗に、もう誰かの笑顔を守る力はない。

夕河に返事を返すときに思い浮かんできたのは、街の人々ではなく、伯母の詠や夕河、喫茶店の店長やその孫娘の顔だった。

誰かの笑顔を守る。


それは誰かと共にしか笑うことのできない彼、自身のためのもの。

もしも、自分が傷つき、悲しむ人がいるのなら、例え多くの人間を救うことになっても、満足できるのだろうか。


彼は英雄になりたいわけではなかった。

両親の残したシステムのように、救世主には彼はふさわしくない。


「これで……いい」


傷は癒えていない。

守れた笑顔、守れなかった笑顔。

この夏休みでの何度も体験した刃を刺す感覚、刺される感覚が彼にはまだ残っていた。


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