69塔壊
夜の空に小さな太陽が浮かんでいる。
剣之上市の上空には巨大な炎の塊が打ち上げられ、それが夜の闇を切り裂いていた。
光を当てられた夜更かしをしていた大人たちが、それを見上げながら騒ぎだす。
「……!」
逃走した焼失者を探す詩朗はそれが敵からの誘いだと直感で理解した。
彼が背負っている少女も同じく。
「灰城くん……があそこに」
「本当に、本当に彼が?」
詩朗はいまだに信じられなかった。
信じたくもなかった。
彼が憎んでいた家族の仇が、自分自身を支配しようとしている。
楽しかった記憶も、温かな思い出も、最後の絶望すらも奪い去る。
「許さない……!!」
「…………」
青井を広場のベンチに降ろし、見上げた夜空に輝くそれを睨む。
彼のその歪んだ表情を覗いた青井の心は、不安で満ちた。
魔刃による精神汚染を恐れる彼女にとって、彼が彼の持つ魔刃の名の影響が見られることを不安に思う。
かつて自分が少女の人格を消し去ったように、彼が消える準備が整い始めている。
いくら復讐の魔刃に彼の身体を奪うつもりがないと言っても、彼の影響は彼自身でもどうにもできない。
感情が揺さぶられ、精神性が変化する。
魔刃に出会う前の彼と、今の彼は本当に同じ彼だろうか?
「詩朗くん……」
行くなとは言えない。
あの生命を焼き尽くそうとする炎塊を前にしては。
奇妙なものに好奇心で近づく人間達は、まさかそれが自分たちを焼き殺そうとしているとは思わないだろう。
あれが落ちれば、街の人々が炎に包まれる。灰城句代が体験した絶望がこの街に降り注がれる。
……そんなことはさせない。
「彼の復讐は、俺が果たす!!」
剣之上市展望台。
そこで彼は……彼の身体を奪った魔刃が集まる人々を眺めていた。
他に展望台に上ってきた人々はまばゆい光を放つ炎の塊を見上げていて、目の前の彼がその炎を生み出した者とは思わないだろう。
「はぁ……はぁ……」
息を切らせながら、そこにやってきた少年は外の景色よりも彼を待ちわびていたような男が目に入る。
灰城句代……の姿をしているが、もはやそれはただの彼の残像にしかすぎない。
「みなさん!逃げてください!!そいつは仮面の……!!」
詩朗が声を上げると周囲の人間の注目を集める。
彼としては、今の発言を聞いた句代がそれを否定して欲しかった。
自分は魔刃ではない、何を言っているんだ?
そう言葉に出して欲しかった。
「……かっ……かっはっははははは!!無駄だァ!!」
顔をゆがめてあざ笑う彼を見て、やっと詩朗は彼が変わり果ててしまったことを確信した。
もう、迷うことは無い。
せめて、彼の望んだ仇を討つ。
「復讐……!!」
怒りを表すように、乱暴に仮面を身に着ける。
「……ギィイイイイイイ!!」
「なっ……!?」
展望台の窓側にいる焼失者の魔刃の元へ駆け寄ろうとしたその時だった。
詩朗の手を掴んで、彼の顔面に殴りかかろうとした。
彼に一番近くにいた、魔刃と無関係な展望台の客がだ。
「やめろ……!」
「ギギギィイイイ!!」
「ギィイイイイイイイ!」
「ギュウイイイイイイ!」
「ギッイイイイイイ!!」
壊れた機械のような声を上げ、展望台にいた人間達が次々と詩朗に向かって襲い掛かる。
何が起きているのか理解できない詩朗は、殺さないように手加減しながら、向かってくる者達を蹴り飛ばして向かい撃つ。
「……こいつら、お前に触れても傷つかないぞ!」
魔刃は自分より格上以外の相手が触れると、刃物で切られたかのような傷を負う。
それは、彼らの肉体が刃の性質を持っているからだ。
「てことは、こいつら魔刃か?」
詩朗を囲む者達の顔をよく見ると、顔を完全には覆いきれていないが、何かが目や口を隠している。
見た目はほぼ人間だ、だがどうも手ごたえが人間のそれでは無い。
「romenndednnerome!!」
「くっ……!!だぁああ!!」
背後から首を肘で絞められた詩朗は、つい力が入ってしまい、後から襲った男を投げ飛ばしてしまう。
男は展望台の中央の柱に頭をぶつけて床を転がる。
まずい、やりすぎた……と思った詩朗だったがその男が起き上がり見せた顔を見てゾッとした。
彼の顔からは血と共に砕けた金属のような破片がこぼれていた。
「こんな短期間で魔刃に……だとォ!?」
「どういうことだよ、復讐!」
くっはははは……という笑い声が近づいてくる。
「そいつらは、これで魔刃の『なりそこない』にした」
「何だ……それは」
焼失者が取り出したのは、刃がねじれた妙なナイフ。
一度刺されば抜く際に苦しみを与えそうな、そんな悪意を感じさせる。
「こいつは……まぁ俺もよく知らないんだが、俺のような過剰適合を意図的に起こすようだぜ?」
「いや、そうじゃないだろ……お前、つまりお前らは人々を魔刃に変えることができるということか?」
震えた声を出す詩朗、なぜそんなに怯えるのか?と思った焼失者だったが合点がいった。
「そうか、そうかそうか……!はっはははは!お前ら知らねぇーんだったなァ?」
「くっ……!」
今まで、魔刃という怪物がいてそれが人間の身体を奪って人の形を偽っていると思っていた。
だが、もしかすれば今まで戦った中に、こいつらが人間から魔刃に変えられた人がいたかもしれない。
今まで自分が命を奪った者達の中にも……
「いや……」
何をいまさら……あの日、美術館で癒しの魔刃が乗っ取た女の首を斬ったあの日から、もうすでに命を奪い続けていたんだ。
魔刃に支配されたら……もう戻らない。
それはこの者達も、今までの者達も……そして自分自身だって例外ではないはずだ。
月村詩朗は、自分の心を治めているようで、それは覚悟の再確認でもあった。
「俺は……誰かの笑顔が奪われようとしているなら……」
顔が砕けている男が立ち、詩朗の元へ再び拳を振りかざしながら駆け寄る。
それに合わせて、周囲の『なりそこない』達も彼の元へ集まろうとしている。
「俺は……ッ!」
人間の指の形が、詩朗に迫るにつれ徐々に鋭利な獣の爪のように変化する。
「ギィイイイイイ!!」
「ギィガィイイイイイ」
一つ、二つ……次々と詩朗の身体に彼らが突き刺し、刺し傷が出来ていく。
三つ、詩朗の流れる血が床に落ちて跳ねる。
四つ……七つ……十とあまり二つ……彼の傷は深まったり、傷と傷同士が重なって正確に刺された数はわからなくなる。
「…………す」
「ギィィイイイ」
「ギリィイイイ」
「ギイイイイイイイイ!」
大声を上げた一人のなりそこないが、もう何度目か詩朗の身体を貫いた。
それは今までで一番深く、そして決定的な何かを破壊したことに、人間としても魔刃としても欠落している彼は気づかない。
「……殺し、尽くすッ!!」
まず初めに腕が飛んだ。
首から上は、目だったり、鼻だったり、顔を追う醜い刃の仮面の一部だったり、皮膚や髪だったり。
誰一人として、それをかわせず。また誰一人として、同じ欠損を与えられた者はいない。
一人、一人、詩朗を囲んでいた者達のその体のどこかが切り落とされた。
「うっ……ぁあああァアアアッ!!!」
痛覚どころか感情といものすら失くした欠陥品どもに代わって詩朗が声を上げる。
それと同時に繰り出されたニ撃目……詩朗の無数の傷口から飛び出した刃が、周囲の人の形を全て崩した。
「うっ……ッアアアアア!!」
刃を射出した彼の銃口のような傷口からは、再び血が流れ始める。
それを、体内から生えてきた刃が、塞いでしまう。
まるで自分が人間であるということを否定しているようだ。
だが、まだ血を流すことができるのは、詩朗が人間であることの証明だ。
「ッン……!!ぐっ……殺……すッ!!」
「殺す……?す?す?す??やってみろォ!!」
「だァアアアアッ!!」
詩朗が倒れたできそこないの顔を足で踏み、胴体から切り離し、それをサッカーボールのように蹴り飛ばす。
蹴られた球が向かったのは、首を傾げてかわした焼失者の魔刃の後ろ、展望台のデッキを覆うガラスを割ったその先。
「あ?球遊びか?」
焼失者は夜空に浮かぶモノを見上げて、悪戯を思いついた子供みたいな笑顔を浮かべた。
街の住人を焼こうとしていた、夜空の太陽は気分を変え、小さな火の玉へと分裂した。
そして、それらがすべてこの展望台を狙っていると、詩朗は気づかなかった。
「ほらァアア!!好きなだけ遊べよクソガキィイイイイ!!」
砕けた太陽は流星群となって、展望台ごと吹き飛ばそうとするような勢いで降り注ぐ。
夜空が再び月と星だけの世界に戻った頃には、屋根や周囲のガラスは消し飛び、展望台の最上階のスペースは面影の無い、焼けた地獄と化していた。
詩朗は、降る炎の球を刃で跳ねのけて防いでいたが、あまりにも多い数に対応できないと判断し、出来損ないどもの死体に埋もれて身を隠す。
だがそれでも炎の勢いは強く、刃混じりの骸を吹き飛ばし、詩朗は衝撃で歪んだ柱に叩きつけられた。




