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マスカブレード  作者: 黒野健一
第四章 終夏/救われた者/救われぬ者
68/120

68肉食

「ぐっ……ぁあああ!!」


突如半身に耐えがたいほどの熱を感じる。

彼の体から火の粉と煙が噴き出す。

夜風と共に真っ赤な光が流れ、灰城句代が苦しそうに転がりながらその火を消そうとする。


「句代くん!?なん……っ!?」


周囲を警戒する。

彼を狙う魔刃の攻撃かと思ったが、彼女の五感は誰の気配も捉えない。


とにかく燃える彼を助けてここから早く立ち去らなければ……そう思ったその直後。


「……え?」

「……ヤセ」


青井の顔を火傷で皮膚が赤くなっている手がつかむ。

モノに触れるのもそんな傷では激痛を伴うはずだ。

なぜこんなことをする……?


「……モヤセ」


ああ。


青井の顔を掴んでいた掌から火が噴き出す。

彼女はその勢いで吹き飛ぶが、灰城が触れていた顔は仮面で覆い隠されていて、炎を防いでいた。

宙を浮いて、地に落ちるまでの間。


彼女は、灰城の言っていた魔刃の正体を察していた。

自分と同じ、人間の身体を奪った存在。


「句代くん……!!」

「モヤセ……モエロ!」


まだ彼の人格が残っているかもしれない。

そのわずかな希望に賭け呼びかける。


どうか、彼という灯がまだ消えていませんように。




「ふ……ふははははははッ!!」


自分の肉体が、自分の想い通りに動くことに悦びを感じる。

以前手に入れた体は自分と馴染む前に病で弱り切っていた。


『焼失者』……火によって何かを失った者。

その名にふさわしく、ヘビースモーカーと呼ばれている人種に彼は興味を持ち、その体を手に入れた。

魔刃に適合すれば、人体から刃の身体に変えればその患っている肺も影響はない。


ただ、それが間に合う見込み無かったため彼は新しく身体を用意することにした。


灰城句代。


彼が家族を炎で失ったのは、焼失者の気まぐれだった。


若い人間の健康な体、家族に対する『焼失』感。

まさしく、望んだ最高のモノが手に入った。


……だが手に入れたそれは彼の予想を超えてしまっていた。

あまりにも高い相性が魔刃の性質に異常を与えた。

本来精神を侵食する側の焼失者の人格が、逆に蝕まれていった。

それは灰城句代も知らないうちに、理性が失われるほど深刻な状況だった。


本能的に、周囲に魔刃が現れるとそれを捕食してなんとか人格消滅を防いでいたようだった。

そして、そんなときかつての同胞『傍観者』と再会する。


彼女の話す言葉の意味は壊れた頭では理解できなかったが、それでも安心と安全を与えてくれた。

そんな彼女の言うとおりに、魔刃を食い散らかしていたある日。

彼の壊れかけの頭でも理解できるほどの恐怖を感じた出来事があった。


それは遠い過去の、眠りについた英雄との再会。


『解放』の魔刃。


彼……今は彼女であるが、あの少女と出会った瞬間、ほんの一瞬だが焼失者は正気を取り戻し、肉体を共にしているもう一つの……いや、本来この体にあるべき意思に語り掛けた。


「あの者はお前の命を狙っている……」


少年の恐怖心は内に潜む怪物の言葉に煽られ、そして復讐心にとりつかれることになる。

実際の仇は自分の中にいるというのに、かつての人類の英雄を家族を奪った炎を放った男と思い込んで。


「はぁ……はぁ、句代くんっ!」


やかましい。

せっかくまともに動く状態になったというのに、体の本来の持ち主の心が、その少女の呼びかけに反応している。

このままだと、また自我を失うと恐れた焼失者は、目の前の少女を焼き消すことにした。


「だまれ……人間のガキがッ!!」

「……!!」


両手からジェット機のように火を吹いて接近し、その勢いで青井を蹴り飛ばす。


「……ん?」

「ぐっ……あっ……」


少女の腹部を踏んだその足に小さな切り傷が浮かび上がってくる。

それは魔刃の本来の性質。

つまり、この少女は完全な魔刃であるということが分かる。


蹴りの衝撃で彼女の意識が遠ざかる。

地べたの上に横たわり動かなくなった彼女に、すべてを焼き尽くそうと餌を求める飢えた獣のように燻る炎が迫る。


「お前を喰えば、俺はもっと安定するだろうなぁ?」


調理のごとく、強火で焼き上げようとする。

まだ人格に不安定な部分が見られる焼失者にとって、この魔刃はごちそうだった。

足りない魔刃の力を補給するには魔刃を喰らう以外ない。


「いただき……」

「させない……!!」


意識のない青井と焼失者との間に鋭い刃が突き刺さる。

彼の食事を邪魔したのは黒い髪を後ろで結んだ少女。


「……うっ!?お前はァアア!!」

「ひさしぶり……初めまして?いや、ついさっきぶり?」


彼女の顔を覆うモノに見覚え……いや、忘れることなどできない。

いくつもの文明が栄える前、はるか昔に自分を殺した相手。

忘れることなどできないのだ。


「くっ……!!」

怒りと復讐のチャンスによる昂りで自分を抑えることができなくなりそうだった。

だが、彼がもう一度その女の仮面を見ると、あの時の死の感覚が思い出され、内なる炎が静まる。


「……勝てない、今の俺じゃあ勝てねぇよなぁ……チッ!」


青井を焼き払うために用意した炎を地面に叩きつける。

凄まじい熱風と煙が上がり、仮面の少女の視界を遮った。


「……!」


煙をその刃の腕で切り払うと、もうその場には焼失者の姿は無く、それでいて青井凛子にも危害は加えられていなかった。

ひとまず彼女の無事を安心し、追撃へと動く。

ほんの数秒間の出来事、まだ敵は遠くに離れていないはずだと、追いかけようとした……のだが。


「……!?うっ……ぁああああああ!!」


突如襲いかかる、叩き割られるような頭痛。

視界がくらみ、まっすぐ立つこともできずに、その場で横たわる青井の隣に跪く。


ドクン……ドクン……と脳血管が騒ぐたびに、彼女の知らない遠い昔の世界の記憶が流れこんでくる。

ただの思い出ではない、『彼』の記憶や受けた痛みまでも彼女の脳内で再構築されていく。


「……そう、焼失者……あなたが殺し、私も殺さないとならない敵の一人……」


……遠くから何者かが走ってくる。




「……気分はどーう?」


最大火力で加速しながら、人間達の眠る街の奥にやってきた焼失者の魔刃。

そこにはかつて死を共にした仲間の一人、傍観者がいた。

彼女はなぜか人間と思われる肉の塊を持って、その手を汚していた。


「いつからお前は……人間食いなんていう、変な趣味にめざ、めやがった……?」

「あら、あなたが苦しそうだからご飯を持ってきたのよ?」


冗談じゃない、萎えた炎を揺らしながら思った。

人間を……生物を超越した彼らに食事という概念は他の種とは少し違うものだ。

魔刃が魔刃を喰らう、それは強者が相手を取り込み、さらなる強者へと進化をとげること。


人間などという無力な命を捕食したところで何の意味もないはずだ。


「そう、ただの人間ならね……?」

「何……?」


彼女が笑いながら説明を始めようとしたが、遠くにいる宿敵の存在を思い出し、辞めてしまう。


「時間が無いわ、あなたはとりあえずこれを食べて魔刃の力を安定させなさい。そうすればまた人格不調で人間に侵食されることはないわ」

「……詳しいことは後に……か?まあいい、死ぬんじゃねーぞ?」


傍観者はその言葉を耳にし、機嫌よさそうに答える。


「ふふ、らしくないわね。その体の持ち主の坊やの影響かしらね?」

「やめろ、気色悪い」


ふふ……と微笑を残し、姿を消し去る。

彼女がいなくなると、人気の多い場所を目指して、渡された肉を喰らいながら歩きだす。


「……これ、魔刃が混じってんのか……?」


刃と肉が混じりあい、心を満たした。














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