67炎消
ゲームしまくって投稿が遅れてしまってます。
ごめんなさい。
月村詩朗は深夜の街を駆けている。
先ほどまでの戦闘の疲労があるというのに、いち早く灰城の元へ戻りたかった。
「なんだか、嫌な予感がするんだ」
それは根拠のないただの直感だ。
だが不安に駆られた彼は切れた息で走り続ける。
暴欲の魔刃を撃破後、根吹は負傷した隊員達や黄鐘、日野を連れて本部へ戻ることにした。
とくに黄鐘と日野の傷が深い、日野は自分は大丈夫だと言っていたが治療が必須の怪我を負っている。
そして、彼の様子はどこかおかしかった。腹を貫かれても平然としているのは彼らしいが。
詩朗の持っていたSaverシステムは力を使い切り、起動できない状態なので部隊に預けて
今は持ち合わせていない。
もし今、灰城を襲撃する魔刃がいれば今度はSaverシステムを使わず戦わなければならない。
青井には怒られそうだが、やむをえないだろう。
「はぁ……はぁ、青井さ……!?」
青井達が待っているはずのその場所にたどり着いた。
だが、そこにいたのは青井を抱えた黒い髪の女。
長髪を後ろで一つにくくり、そして顔を仮面で隠している。
あの時、墓場で灰城を襲った者だ。
「お前ぇ……!!」
詩朗はすかさず復讐の魔刃を手に掴み、顔の前へ持っていく。
復讐鬼の力で目の前の敵を排除しようと……
「待て、私は敵ではない!」
「何……?」
黒髪の女は、青井をゆっくり地面に降ろし彼女から離れる。
彼女を人質にしたり、危害を加えないという意思表示だ。
青井の体は服が破れ、所々に火傷を負っている。
「私はあの者を殺しに来ただけ、あなたの敵じゃない」
「あの者……灰城句代」
そういえば灰城の姿が見えない。
「なら、お前はやっぱり俺の敵だ!!」
「聞け、あの灰城句代という少年はもう……」
「……詩朗、く」
二人の間で倒れていた青井の意識が戻る。
彼女はうつろな目で詩朗を捉えて、震えた小さな声を出す。
「句代くん……を、止めなきゃ」
「何……?」
灰城句代が青井を襲った炎の魔刃、すなわち彼の仇の魔刃を追っていった。
そう頭によぎったが、そうじゃない。
「灰城くんが……彼が!」
魔刃……滅んだかつての支配者。
彼らの復活には人間の肉体が必要不可欠。
「彼が……魔刃『焼失者』よ」
「……そんな、だって彼の両親を殺したのって」
炎の魔刃、灰城句代の両親を焼き殺し、彼が復讐心を向ける者。
その正体が数日前に、夜の商店街で戦ったあの『焼失者』だった。
「そんなのって……おかしいだろ……!」
「……!来る!!」
黒髪の女がまだ起き上がれない彼女を再び抱きかかえ、その場を離れる。
詩朗もそれを見て、何かが起きると咄嗟に理解して彼もその場から飛び離れる。
「あははは!そう、わかるのね?流石『解放』よね」
三人がいたそのコンクリートの地面に大きな亀裂が出現したと同時に、彼女の姿も現れた。
彼女の名は、傍観者。
「この前私から逃げたあなたが何のようだ?」
「はぁ……まぁたしかに、私じゃああなたには勝てないでしょうね『解放』……でも」
傍観者のすらりと長い、そして白い肌が内側から裂け、禍々しい刃が現れる。
「今この街で戦えるの、あなたたちだけなのよね?対魔刃部隊はさっきの戦いで消耗しているし
だから……私はあなたたちを倒さなくても良いのよ」
そう、ただ足止めをできればそれで良い。
彼女の目的は、かつて自分たちを滅ぼした筆頭である『解放』を食い止めること。
全盛期ならともかく、今の解放の魔刃はまだ新たな肉体に馴染んでいない。
それならば、ここで足止めすることに適した魔刃は他にはいない。
「解放……そうか、お前が!」
「君は……復讐という所か、私が敵ではないということを理解してくれたかな?」
その二人の魔刃の会話を聞いて、なんとなく彼女の正体を察した。
「解放……かつて人類を魔刃達から」
「ふふ、そっちは実験台くんか」
詩朗の姿を見た傍観者の魔刃がそう呟いた。彼には聞こえないように。
そして意地悪い彼女は、何もない空からあるモノを取り出す。
赤黒く、形が定まっていない……人間の『どこか』としか言えないもの。
それを詩朗達に見せつけるように、彼女は自分の口に運ぶ。
「な、なにを……!?」
「うふ、彼にもさっき味見してもらったわ。寝起きには少し重たいかもだけど」
傍観者の魔刃、彼女はこの場から離れた焼失者の魔刃。
すなわち灰城句代とここに来る前に街の中で逢っていた。
ずっと、彼女はこの時をまっていた。
あの焼失者が完全に目覚めることを!!
「ふふ、おいしぃ……」
真っ赤に染めた口を隠すように、仮面が彼女の顔を覆う。
傍観者、彼女の真の姿が表される。
中央に大きな一つの瞳、それ以外の顔を構成するパーツは全て手で塞がれているような造形の仮面。
「…………傍観者!!」
「はぁああい?」
繁華街から離れた人気のない、この薄暗い空地にて、蒸気が吹きあがるように殺意を周囲に拡散している。
彼女は足止めが目的と自ら話していたが、どうもその本心、目の前の強敵を相手に昂っていた。
この前のような恐怖心を曖昧にさせ、戦に酔っている。
「この娘を連れて離れろ、街には焼失者がいる!」
「あらぁ?剣の無い彼を焼失者の元に行かせていいのかしら?」
自分の事を何もかも見透かしているように感じ、不快に思いつつ、彼女の言うことは詩朗にとっては事実だ。
Saverシステムの無い彼にとって、対抗するにはこの復讐の魔刃の力を使わなければならない。
青井は染まりつつある詩朗の心を、かつて少女を生かすために自分が奪ったものと重ねていた。
「だめ、戦っちゃ……」
「……青井さん」
自分というものが徐々に壊れていくのを、自覚はしている。
だが、だからと言って、この街で今炎の怪物が潜んでいるというなら、灰城のように笑顔を焼き尽くされる者をこれ以上増やしてはいけない。
「行くよ、解放……俺が行く」
「詩朗くん……!」
「ごめん、青井さん」
彼女を背負い、ここから去っていく。
街のどこかにいる、悲しき者の惨劇を食い止めるため。
「……さて」
黒髪の女はどこからともなく、彼女の背丈の半分ほどの長さの刃をもった刀を構える。
雲に隠れていた月がこの凶器を先の方から照らし、輝かせる。
常人ならば、この妖艶な光で狂い酔うだろう。
奇麗な死を連想させる反射月光。
「……斬る」
「ふふ……あなたも食べてみる?本調子じゃないんでしょ?」
夜闇を切り裂きそうな殺意を浴びせられようとも、傍観者の心は揺らがない。
まだ……足りない。
彼女がかつて感じた恐怖をもう一度味合うには、この程度の殺意では足りない。
だから彼女は真っ赤な潰れた果実のようなそれを差し出した。
かつて人間を支配者の手から解放するため、主を裏切ったほど、人を愛した『彼』に。
「……くっ……!頭がッ!?」
「ふふ……まだ馴染んでないのね?それも、焼失者と同じように不完全な……」
かつての最大の敵も、今はこうして少女の体すらまともに制御できていない。
数日前の襲撃では肝を冷やしたが、どうせなら時間稼ぎと言わずにここで始末してしまおうか。
傍観者はその表情の無い顔で余裕を笑い、黒髪の少女の元へ近寄る。
せっかくの長身の刀も、振るえないのなら意味がない。
「ほらぁ……なんとか言いなさいよ!!」
顔の構成内容が単眼と無数の手の怪物が、少女の顔を手の甲ではたく。
その顔が、もし魔刃の仮面で覆われていなければ、ビスケットのように簡単に砕けただろう。
とはいえ、その一撃によって黒髪の少女はその場から数メートルほどの距離を空中を転がるように移動した。
「……ぐっ……だめだ!だめだよ!解放!おちつくんだ……あなたはこんな奴に負ける魔刃じゃないでしょ!」
吹き飛びはしたが、受け身をとってすぐに立ち上がり、再び刀を構えて体勢を整える。
彼女は自分の中にいる、『自分ではない部分』に呼びかけている。
「ふふ、かつての英雄様にはちょっとこれは刺激が強すぎたかしら?」
「そいつを……向けるな!」
少女が自らの精神の奥底で眠っているモノを庇うように叫ぶ。
傍観者が持つ人間を文字通り餌とした物体は、人間を守るために戦い、傷つき眠りについた『彼』には最悪の目覚ましである。
その鉄の匂いすら、『彼』を苦しませるのには十分だった。
「……大丈夫、あなたがいればあんなことはこれ以上させないでしょ!」
「…………」
「……うん、大丈夫よ。今はこいつを倒さないとこれ以上の惨劇が起きるんだ!」
『彼』との対話をする少女は、なんとか荒ぶる『彼』の心を鎮めさせることに成功した。
「……はぁ、やっぱり怖いわぁ」
静まり返った空気が、一気に周囲の気温が下がったかのように錯覚させる。
嗜虐心で自分の恐怖心を押しつぶしていたが、それはただのごまかしに過ぎない。
傍観者はやはり頭のどこかで、この解放の魔刃というのに恐れ、絶対に勝てないとわかってしまっていた。
だから、もう戯れはおしまい。
「時間稼ぎだけど殺す気でいかなきゃ、それで割といいとこまでいけるでしょ?」
「殺す……」
傍観者。
自らを主役として置くことができない呪いをもった彼女が唯一主役を演じることのできる舞台がここだった。
それは、この人間達の英雄にして王の反逆者の前に立つこと。
殺意というスポットライトを当てられながら、断末魔を歌うこと。
「切り刻んであげる!」
幕は開いた。夜風が観客の拍手代わりに木々の葉を揺らす。