63裏切り者の男
日が沈み始めた頃、市内の廃ビルの一か所に彼らはいた。
傷を負った男、暴欲の魔刃と男の頭を膝の上にのせている女、傍観者の魔刃。
二人は堕ちる日の光の中に、何もない部屋で静かに潜んでいた。
「うぐっ……あの女ァ……!!」
「酷いけが、治るのに時間が掛かりそうね」
先ほどの戦いにより負傷した暴欲の魔刃は、自分をこんな目に会わせた少女を許せずにいた。
魔刃として覚醒した彼の欲望は、破壊と蹂躙。
あの女を惨殺するまで、この苛立ちと苦痛は収まらない。
「……そろそろできるか……?」
男を膝にのせている傍観者の魔刃は、彼に聞こえないようにつぶやく。
新たなる魔刃の創造……その実験の次の段階。
今彼女が男に対して構っているのはそれを進めるためだ。
かつて魔刃と呼ばれる存在は、王によって生み出された。
王に生み出された魔刃を第二世代、復讐の魔刃などがそうだ。
今現存する魔刃の多くは王により生み出されたモノ。
あの解放の魔刃だってそう、すべては王の創造物。
しかし王がいない今、復活を始めた魔刃が皆、王のためにもう一度死ねる魔刃であるか少々疑問である。
ゆえに戦力の確保のため、既存の魔刃が目覚めるのを待つだけでなく、新たに生み出そうというのだ。
第一世代、元々存在しなかった魔刃という存在。
彼らが自分たちを生み出した方法、それを使って。
とはいえ、その方法とやらは『傍観者』たちにはわかっていない。
それを正確に知っているのはやはり王なのだ。
「あの人間の男……この時代の人間が、それも対立している組織の人間がまさか、私たちに力を貸してくれるとはな」
王しか知らぬ、魔刃の作り方。
それをなんとこの時代の人間は再現しつつある。
現に、保育園を襲撃したあの魔刃は、元の結合の魔刃を分解、解析しそれを他の人間を媒体にし復活させることができた。
魔刃が蘇ったわけではなく、あくまで同じ能力の別の魔刃だが、これを使えば有能だが王に刃向かう魔刃の力を、関係のない人間に植え付け配下にすることもできる。
さらに今、完全にゼロから魔刃を生み出している。
まだ不完全で、肉体を失い、人間の力と共生している魔刃と同レベルだが、それでも全く新しい魔刃を生み出したのには違いない。
「対魔刃部隊、我々に刃向かう者だというのに、あの男は仲間を殺してまで私達のところへ……」
傍観者の魔刃に接触してきた男。
彼は組織の研究員であった。
始まりは数年前、当時の組織は魔刃の力を押さえつけ、精神汚染を防ぎ能力を行使する装置を作ろうとしていた。
しかし、それは失敗作であった。
できたのは魔刃の力を遮断する装置と、逆に魔刃の力を増幅させる装置であった。
裏切り者の男は、意図してできたものではないとはいえ、これを使えば魔刃との戦いが楽になると実践させようとした。
が、それを開発した二人の研究者に止められる。
魔刃の力を遮断するものはともかく、増幅装置は例え耐性のある刃覚者でも精神が汚染される危険なものだったのだ。
二人の研究者はこれを破棄を決定した。
しかし、裏切り者となる男の研究者はこれを阻止すべく二人を殺害した。
彼は、力にあこがれを抱いていた。
だから、力を増幅させるそれを失いたくなかったのだ。
だが二人が死んでも、このままだと処分されるのは確実だと思った彼は、人間として生きながらも、魔刃の元へそれを持ってやってきた。
紅砥石、紅い結晶を生み出すその装置は、魔刃の力を増幅させ、あるいは成長させた。
彼は、純粋に自分が求めるものを手に入れたかったのだ。
人間の存続だとか、魔刃の支配なんてどうでもいい。
ただ強大な力の魅了された哀れな男だと『傍観者』は評価している。
今彼女の膝の上で性欲と破壊欲に狂っている男と同じく、壊れている。
『人間』というものが、魔刃の力にどれほど酔いしれるのか彼女はよく知っている。
そしてそれを弄ぶことが、どれだけ面白いかということも。
『傍観者』
この世界を俯瞰する存在になり、ほぼ不死身となった彼女は退屈で仕方がなかった。
傍観者は事件の輪には入れない。
どれだけ自分が何かを起こしても、その中心には別の人物がいる。
主役にも、名脇役にもなれないというのなら、ただ観客席で見ているしかない。
「つまらない……」
だから彼女はこの世界にて現在進行形で描かれている、約70億もの物語の脚本をめちゃくちゃにしてやりたかった。
人間の苦悩だとか努力だとかそんな回りくどい演出を無視して、粗末でとってつけたかのような、伏線も無ければ
何か意味があるわけでもない、一発出オチな強すぎる力をその辺で無差別に選んだ者に与え、
それを他の多くの物語にメアリースーとして送り込んでめちゃくちゃにしてやった。
この男も、あの研究員も彼女にとっては悪意でできた人形でしかない。
「―実験第三段階……人間から生み出した魔刃を他の人間へ被せる」
肉付きの良いふとももに埋もれていた男の顔から仮面を奪い取った。
傍観者の魔刃が立ち上がると、膝枕していた男の頭が床へぶつかり、そのままぐにゃっとしたまま動かない。
それを横目で一瞬見たが、傍観者の魔刃は部屋の奥のロッカーの前に立つ。
掃除用具と共に猿ぐつわで声も出せず、両手両足を縛られた男が倒れてくる。
「悪いわね、その体勢でその狭いところはきつかったでしょ?」
「うっー!!うっーーー!!」
男は芋虫のように這いずったり、釣り上げられた魚のように跳ねたりした。
「あーはい、はい今外してあげるから」
そう言いながら、男の後ろに回ると彼の口を解放してやる。
「たのむ、たすけてくっ……」
「はい」
両手両足を縛られたままの男は、彼女に命乞いをする暇もなく、今はバナナの皮のように力が抜けている男から奪い取った仮面を被せられた。
ひどい憎悪と、どうしようもない渇きを感じながら、仮面を被された男の意識はボロボロと崩れていく。
「……へっ」
「うーん、どうだ?」
「へへへへへっへへへへっ!!へへへへへっ!!」
両手を縛る縄をいとも簡単に引きちぎ……いや、それは内側から切り裂かれたのだ。
数時間の拘束から解放された彼は、不気味な笑い声を引き連れて、その笑い顔を覆い隠す仮面の元持ち主に近づく。
「俺だ、お前だ、俺だ俺だ、誰だ?俺俺お前、俺だ俺!!」
男は出鱈目に言葉を発した後に、倒れているその者の股辺りに、仮面を被った頭をうずめる。
「俺、俺だろ?誰なの!?俺なんだよお前、俺か?俺俺、へへへへへっ!!」
動かなくなったその、人間の脱け殻ともいえるものに、懐いた子猫のように頭をこすりつけている。
「おおおおおお!!俺だ!!おおおおおお??お?」
突如そう叫ぶと、男は目の前の脱け殻に齧り始めた。
「何をやっているんだ俺は!?俺なのか?俺だよ!!」
仮面を人間の、まだ暖かい体液で汚しながら、肉や皮を齧り続ける。
「ほぉーさっすが元人間だわ、第二世代とは違って理性があれだけど、侵食が早いわね……」
「うおおおおお!!?俺?これ俺?お前?俺」
股を裂くように喰い進んでいると、汚れた仮面を被った者が急に齧りかけの男を持ち上げる。
そして無数の歯形でめちゃくちゃになっている下腹部から垂れている、臓器だと思われるものを眺める。
「うおお、俺の、俺のだ……初めて見る……俺も俺も俺もだ」
「うおお、俺の、俺のだ……初めて見る……俺もだ」
「うおお、うおお、うおおおおおおお!!」
男の興奮が最大まで昂ると、腹部から反り返った刃が生えてくる。
そして、その刃が臓物がはみ出ている下腹部へ突っ込むと、貫通した先でその刃の先が真っ二つに割れた。
悪魔の双角のようなそれは、興奮する男によって前後に動かされる。
「うおおおおおおおっ!!」
ぐったりとする人間の脱け殻は、男に抱えられ激しく揺さぶられている。
全身刃と化した男に抱きしめられ、腕や足が男が動くたび、糸がほつれるようにちぎれていく。
「うおおおおおおおっ!!うおおおおお!!」
大声を上げながら全力で、男が抱きしめるとぐしゃり!と強く不快な音が発せられた。
一つ一つ、四肢や臓が地面に落ちていく。
腹部から生えた悪魔の双角の先から、真っ赤な血の雫ががぽつりと落ちた。
「うっ……!?」
激しく動いていたその体を止めると、上半身の胴体とそれになんとかくっついている頭だけの、さっきまで自分だったモノを見つめる。
まるで飽きた玩具を見ている気分になった彼は、刺さったそれを抜いて、そのあたりに投げ捨てる。
「やっと静かになったわね……それにしても……」
男の食いかけのそれを、女は一つまみ取ると、舌に塗るように指を口の中につっこんだ。
「……へぇ、これはあっちのボクちゃんも興味がでそうな、意外な産物ね……」
「おい……俺は、俺次、どうすれば……?」
双角を収めながら、仮面の男は次なる快楽を求める。
「ん?ああ、もうあなたは用済みだし、好きに暴れてきなさいな」
「うおおおおおおっ!!」とまた奇声を放ちながら傍観者の魔刃へと突っ込んだ彼は、彼女の放った蹴りを受けてビルの外へと壁を突き破り落ちていく。
コンクリートの地面から数階の高さから落ちてきた彼は、全身を強く打ち付けられたというのにすぐさま、元気な犬のように街を走りだす。
「さてと……」
男の食い散らした肉塊を見つめる。
傍観者の魔刃はそれを手にとってつぶやく。
「朝ご飯にハンバーグは重たいかしら……?」




