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マスカブレード  作者: 黒野健一
第四章 終夏/救われた者/救われぬ者
60/120

60甘い、甘い、甘い

「うーん!あんまーい!!ほら、灰城くんも!」

「え、ああ……いただきます」


机の上に並べられた、カラフルで可愛らしい甘いものたち。

その一つを口にしているのは灰城句代。


彼は今、魔刃とよばれる仮面の怪人に命を狙われている。


地下にいれば安全なのだが、灰城句代はそれを拒んだ。

奴らが今、彼を見失えば次の標的へと変える可能性があると。

今自分が狙われているのなら、自分を囮におびき寄せて倒して欲しいと組織に依頼した。


だから彼に護衛の月村詩朗、青井凛子をつけて普段通りの生活を装っている。


「あー青井さん、そっちのケーキもらえるかねー?」

「はい、いつも頑張ってるから甘いものが欲しいでしょ?」


受け取った皿にのせられたケーキの白いクリームを口に運ぶのは、夕河暁。

彼女は戦闘能力をもたないが、今は休憩ということでついてきた。


……いつ魔刃に襲われるかわからないというのに、のんきにケーキバイキング楽しんでる場合じゃねぇ!!

と、言いたげな月村詩朗は紅茶のカップを口に当てて周囲を警戒する。


「月村さぁ、休めって言われてたでしょ?」

「いや、今は仕事中ですし」

「いやいや、仕事しながら休めって」


無茶を言う青井に呆れる詩朗。

この甘々空間に馴染めていないのは、保護対象で囮役の灰城も同じである。


「……そうか」


月村は地下で聞いた、青井の話をもう一度思い出している。


対魔刃部隊において彼女は特別な存在だ。

彼女は刃覚者ではなく、人間の肉体を得た魔刃。

ただし、彼女の記憶から彼女の人格を再現し、普段は青井凛子そのものとして生きている。


『空白』の魔刃。

何者でもなかったが、今は彼女という自分を得ている。


当然、魔刃なので対魔刃部隊に発見されたときは処分対象であった。

だがそんな彼女を救ったのが。


「根吹周作……か」


彼はどんな人間で、母や父とどのようなことをしていたんだろう。

そんなことを考えていると、いつのまにかバイキングが終了しようとしていた。


「月村―!ラストだ!お前も食え!!」

「え……」


青井が持ってきたショートケーキを急いで口に入れる。

口の中の紅茶の後味が、完全に消えてしまった。




「ふぅ……満足だ……灰城くんはどう?」

「甘いものは久しぶりに食べましたね」


仲良の良い学生集団を装うように普通の世間話をしている。


「ああ、そうだ。昨日灰城くんを連れてきた女の子いたでしょ?あの子『バタフライ』っていう喫茶店のお孫さんなんだ」

「へぇ~赤木霧香ちゃんだっけ?」

「……あの子か」

「お、喫茶店……ケーキとかあるの?」


月村は自分のことでもないのに、どこか自慢げに答える。


「ありますけど、プリンがイチオシですね!」

「プリンか~いいねぇ!!」


さっきまであんなに甘いものを貪っていたというのに、プリンの甘味を想像し涎を垂らしている。


「そうだ、灰城くんを狙う魔刃を撃退したらさ、みんなで行こうよ」

「……そうですね、僕が皆さんと出会えたのも彼女のおかげですし」

あの夏休みの事件以降、店の損壊もあり営業休止していたが、この事件が終わるころには再開しているだろう。


全てが終われば、また甘いものでも。


「…………」

家族を失い、悲しみと恐怖の中暮らしていた灰城にとって久しぶりに、心が温もるような時間を過ごせただろう。

必ず家族の仇を討ち、またあの惨劇の前のように、笑って暮らしたいとそう思ったのだった。



…………




同時刻。

剣之上市、某所。


武装した集団の中に、それらの頭らしい屈強な男と、場違いな少女。

だが彼らに命令を飛ばしているのは場違いの方だ。


「一般戦闘員は周囲を警戒しなさい!」

「へっ、お嬢もずいぶん人を扱うのを得意になってきたな」


少女は笑って言葉を返す。


「レディーのたしなみですわ……なんて……!!」

「ぎぃいいいやっーーーはぁあ!!」


彼女が冗談を吐いているところに、周囲を囲む建物の窓の一つが割れた。

発情期で唸る獣のような声が地上三階から降りてきた。


「おんなァ!!おんなの匂いだ……ッ!」

「あら、品の無い方ァ……!!」


集団の銃口がすべて男の方へと向かい、破壊と恐怖の塊が放たれる。


対魔刃部隊、対魔刃用特殊弾。

魔刃の一部、斬骸を弾丸に加工した特別性だ。


従来の弾丸では一方的に魔刃に防げられていたが、これを用いることで魔刃に一定以上の効果を期待できる。


「ぐっ……!ぐぐぐっ!!」


とはいえ、怪物相手に致命傷を負わすほどのダメージは期待できない。


「嬢ちゃん!いけ!」

「はい……ってここの指揮は私が……まぁいいですわ!」


仮面を片手に、飛び交う弾丸達の間をを突っ走る。


「いきますわよ、『制約』」

「かしこまりましたお嬢様、戦闘開始……!」


「お前ら!撃つのをやめろ!逃がさないように囲んで待機だ!!」


魔刃と交戦中に流れ弾で黄鐘を邪魔しないように周囲の隊員に指示する根吹。

指示通りに斬撃の雨が止み、黄鐘と制約の魔刃は目の前の敵に対して攻撃を仕掛ける。


「制約!聴力を代償に腕力強化!」

「かしこまりました……」


力比べで押されていた仮面を被った少女は、自分より大きな体をしたその男を押しのける。


「ぐおっ!……おんなのくせに俺を持ち上げやがって!!可愛くねぇな!!」

「あら?何を言ってるのかしら、あなたの下品な声は今私には届きませんわよ」


激昂する男の攻撃を躱しつつ、腹部を中心に蹴りを入れる。

男の攻撃は単純で、黄鐘にとっては回避はたやすいことであった。

しかし、相手の執念は恐ろしいほどに強い。


「おおおおっおんなぁあああ!!」

絶対女には負けない、必ず屈服させてやる。

その下劣な意思だけで、何度でも倒れずに立ち上がる。


さらにそれだけではなく、少女の強化した腕力が発揮されないように間合いも気を配っているようだ。


「おおおおおっ!おんなァ!殺らせろォオオ!!」

「何にも聞こえませんけどォ!」


少女が伸ばした手を、男は後にのけぞるように躱す。

空を掴んだ少女は、その手を自身の顔を覆う仮面に、こうするように命令する。

「両腕を代償に、足を強化してちょうだい!」

「はい、お嬢様」


「うぐぅうううっ!!」

黄鐘の手から力が抜けたと思えば、その場で小さく跳躍し、相手の顔面目掛けて彼女の足が男の顔面に入る。

仮面には刀で叩きつけたような傷ができた。

仮面が本体な魔刃達にとって、それは首元に刃を突き付けられ、血が流れ始めたのと同じだ。


「くっ……おんなァ!ぜってぇえええ次は殺りまくる!!」

「聞こえませんし、逃がしませんよ!!!」


建物の壁を蹴りながら、素早くその場から逃げ去ろうとする男。

黄鐘はその先を予測して、回り込むように動く。


ただ、ほぼ同速度では回り込むのは難しい。

だから根吹が待機していた隊員たちに一斉に発砲するように許可する。


「撃て、撃てぇ!撃ってあの野郎を撃ち落とせ!!」

「了解!!!!」


ビル群を飛び回りながら、放たれる弾丸の軌道をかき乱すように動く男。

しかし、かき乱されていたのは彼の方だった。


「嗅覚、味覚、触覚、コイツを地面に叩きつけるために必要な能力以外をすべてそれにまわせ!!」

「っ!……んだとぉ!?」


背後からの強烈な一撃が、男を襲う。

背に受けた衝撃は彼のまだ残っている人間の部分すべてにひびを入れた。

コンクリートに埋まりながら、体をびくびくさせつつ、まだ自分が生きていることを実感する。


「制約全解除、あらあら、まだ生きているのね」

「お……ぁ……ぜっ……て…………す!」


「さっきから何を言ってるのか聞こえないのよ、最後の言葉っていうならもう一度話していただける?」

「お嬢様、その男はろくな言葉を発しません。すぐに始末するのがよろしいかと」


魔刃の男を追いつめた黄鐘。


その周囲では、今……


「おい、周りの人間の被害者はいないか確認しろ!」

町中での戦闘、大方の人間はここに来た時にはすでに安全な場所へと逃げて行ったが、周囲の建物の中で隠れている人々も大勢いるはずだ。

そして、彼が窓を突き破った建物の入り口。


「だれ……か、たすけ……」


引き裂かれた……カーテンだろうか、それで肌を隠しながら弱々しい声で助けを求める声がする。

男のいたビルで、どんなひどい目に会わされたのだろうか、真っ赤な液体が何も身に着けていない彼女の体を汚している。


「生存者を保護しろ!まだ被害者が建物にいるかもしれん、だれか見に行って……」

「うああああああっ!!」


根吹がその声に反応すると、それを発した隊員は絶命してその場で倒れていた。

真っ赤に染まった全裸の女は、男の魔刃にとどめを刺そうとする黄鐘の方へ、尋常ではない速度で迷いなく突っ込んでいく。


「お嬢!後ろだ!!」

「え……ぐぁあ!!」


蹴り飛ばされた黄鐘は、彼女を心配する制約の魔刃の声を聞きながら、朦朧とする意識を保つのに精一杯だ。


「……今日は、ここまでにしなさい」

「おおおおい!!糞アマがぁああ!!俺はあの女と死てぇええんだよ!!それともオメェで……うぐっ!?」


男の魔刃の首を、真っ赤に染まった小さな手で締め上げる。

モデルのような体形で、力自慢とは思えないそのどこにそんな力があるのか。


「おとなしくかえりましょうか……」

「待てよ、魔刃共……そうやって逃がすとも……」


根吹が銃口を向けると同時に、その女は奇妙なことに、えんぴつの落書きを消しゴムで消すように、姿が見えなくなる。


「くっ……あの能力……!!『傍観者』ってやつか……」

根吹は話には聞いたことあるが、その姿を見たことは無かった。


第一世代の魔刃の中でも、特に厄介な敵。

それが人間の姿をして、この街にいるとは思わなかった。


そして、その無知と無警戒がゆえに、彼はまた自分がこの道に引き入れた人間を一人、死なせてしまうことになった。

ビルの入り口で動かなくなった亡骸に向かって、「すまない……」と言い、遺体と負傷した黄鐘を回収するように、隊員に命じ、その場を去っていく。

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