6転事
「ふぅ、涼しい」
「詩朗さん!私見て回ってもいいですか?」
元気そうな声で話しかける。
美術の知識のない詩朗は芸術品よりこの冷房がうれしかったが。
「ああ……うん、迷子にならないように、好きなもの見てくるといいよ」
「ありがとうございます!」
一人の方がやっぱりいいのかな?と思う詩朗。
だがせっかく来たのだから冷房で自分の体を冷やしてるだけじゃもったいないと、展示物を眺めていく。
異国の彫刻や奇麗な絵画、これはどこかの民族衣装だろうか……と気づいたら結構夢中になっている。
「お、これいいな」
様々な展示物の中で気に入ったのは、この街の住人が描いたコンクールの優勝作品。
作者の名前を見ると黒藤忍という女性のようだ。
その絵は仮面を被せられた赤子達が剣の刺さった荒野に寝かせられている絵であった。
美術に詳しくない詩朗は、絵の構図とか色の使い方などはよくわからないが
ただその絵の不思議な魅力に囚われていた。
「閉館30分まえでーす」
警備員の声で幻想的な絵の世界から引きずり出された詩朗は霧香を探すことにした。
一緒に来たものの、結局離れ離れで楽しんでいた。
霧香の人見知りを治す目的を思い出して、せめて帰り道に感想でも話し合うと決める。
それにしても時間が過ぎるのが早く感じるほど見惚れてしまった……
詩朗はプライベートでこういう場所に来るのは初めてで、たまにはいいかもしれないと思いながら霧香を探して館内を回る。
しばらく探し回っていたら彼女の後ろ姿を捉えたので声をかけようとするが彼女気付かず、そのまま
暗い部屋に入っていく。
「なんだ?ここ」
そこは薄暗い部屋にポツンと一つ妙な仮面があるだけの部屋だった。
他に展示物はなく、その仮面が照明に照らされながら壁に掛かっている。
その仮面はまるで歯を食いしばって苦しんでいるようにも笑っているようにも見える。
不気味に感じた詩朗はその仮面に近づく霧香に声をかける。
「霧香ちゃん!もう閉館だってさ、帰ろう」
「…………」
少女の足は止まらない、彼の言葉が耳に届いてないように仮面の方へ歩いている。
そしてその足もどこかふらふらとしていて、どうにも彼女の意志を感じない。
「……!霧香ちゃん!」
彼は霧香の腕をつかんでもう一度彼女の名前を呼ぶ。
そうすると彼女は夢から覚めるようにし、呼びかけに応じる。
「は……い?あ、なんでしょう?」
「……帰ろう、もう閉館だそうだ」
そうして彼女の腕を握ったままその薄暗い部屋から出ようとした瞬間。
「……おい、お前、邪魔をするな……」
どこからか声がした。
それは少女のでもなければ警備員やもちろん詩朗のでもない。
二人は振り返る。
すると壁に掛かっていた仮面がプルプルと震えながら、床に落ちる。
「その……ガキは、俺の体に合う……だ」
間違いない、それは仮面から発せられた声だ。
「よこせ……お前、体」
床に落ちたそれからまるで虫のように六本の足が生える。
だがそれが虫の糸のような細い足とは違い、足の一本一本がまるで刃のように鋭い。
仮面は生えた足でこちらにゆっくりと近づいてくる。
そして一歩一歩進むたびに、その刃のような足で床に傷をつけている。
「……ッ!!霧香ちゃん!こっちだ!」
「はっ……はいっ!!」
少女の手を引っ張り、館内を走る詩朗。
目指すのは出口、あるいは。
「……ハァハァ……警備員さん!」
さっき閉館を告げていた警備員が通路の角から肩を出していた。
「警備員さん!あの、なんていうかその…………ッ!?」
「……キャッアア!!」
霧香が手を放して尻もちをつく。
彼女が驚いた理由は、その警備員の胸に巨大な刃が突き刺さり、壁に押しピンで固定されている
ような状態になってぶら下がっていたからだ。
血が垂れ床に真っ赤な水たまりを作り、警備員の顔は生者のそれではない。
詩朗も頭がくらくらとしていたが、今はそんな場合ではない。
早くここから立ち去らなけらば……!!
そう思いながら震える足を動かし、起こした少女と出口に向かおうとした時。
背後からまた、あの声が聞こえてくる。
「止まれ!!動くなァ!!」
「……ッ!!」
声の言うことを聞くな、と彼は喋る仮面のことを無視しようとするも体が動かなかった。
だがそれが結果的には命を救うことになった。
彼の目の前に大きな刃が通った。
あと一歩動いていたらそれが自分の頭を真っ二つに裂いていた。
「な……っ?」
ゆっくりと眼球を動かしその刃を持つ者を見る。
だがそれは持ち手などなく人間の腕の部分と一体化していた。
そして顔には奇妙なマスク……それに彼は覚えがあった。
一度見れば忘れない独特な形の仮面。
「これをみたまえ、これが犯人の姿だよ」
最近起きている連続殺人鬼の……犯人の女である。
「なん、でここに……」
「…………………ッァ!」
仮面を被った女はその凶器である腕をゆっくりと振り上げる。
そこから次の動きを察した詩朗は霧香を抱えて、走ってきた方へ飛ぶ。
「ひゃっ……!」
詩朗が立っていた場所の壁が、彼のへその上から首元の高さまで大きな傷が刻まれる。
「こっちだ!そのガキを死なせるんじゃ……ねぇ!」
またあの声がする。
前には大きな刃を振るう殺人鬼、後には喋る仮面。
挟み撃ちだが、どちらかに逃げるか選択するなら決まっていた。
「立って!」
「は、はい!!」
霧香は必死に詩朗の手を離さないようにし、彼の走りに合わせて全力で走る。
さっきの暗い部屋に隠れようとしていると、その部屋の入口の壁にさっきの仮面が虫のよう足を
壁に突き刺しながら歩いていた。
「おい!そっちの女のガキ!俺を被れ!!」
「え……?」
息切れしていた少女はその仮面の化け物の言っていることがわからなかった。
「あいつと戦う力をくれてやる!!死にたくなければ俺を被れ!!」
「……ギィ……あたしの憩いの場でうるさいわぁ!!」
前方から仮面の女が、その巨大な刃の腕を引きずりながらこっちに向かって来る。
「早くしろォ!!」
焦るように怒鳴る仮面、詩朗は頭の中である事を思い浮かべていた。
仮面をつけている女の殺人鬼、その腕の巨大な刃、喋る仮面。
「お前……あの女の仮面となにか関係あるのか?」
「……同族だが、仲間ではない!!」
仮面が答えるが、それを信用するわけではない。
しかしこのままだと自分も霧香も殺されると思い、彼は決意する。
「俺がお前を被る!」
「な……にィ?」
あの女があの仮面を被りあの巨大な刃を手に入れたのなら、自分も対抗できる力が手に入ると考えたのだ。
仮面が詩朗の奥の少女を見つめる。
「そっちのガキの方が強い力を出せる!お前じゃ力不足だ!」
「ダメだ!!この子を戦わせるわけにはいかない!!」
「だまれッ!!」
仮面が壁から詩朗の肩に飛び移ると、その刃の足を彼の首に当てる。
血がゆっくりと流れる、言ううことを聞かないと首を掻っ切るという合図だ。
「……だ……めだ!!あの子を、あんな化け物にしちゃだめだ!!」
「………………チッ!!」
仮面が詩朗の睨む先を視る。
そこにいる仮面の女はどんどん近づいてくる。
争う時間は残されていない。
「クソがッ!緊急だから今はお前で我慢してやる!!俺を被れ!!あいつを倒せ!!」
「……ああ……!」
刃の足をひっこめた仮面を掌に乗せる。
そして自分の顔を覆い隠すと、まるで仮面が自分の顔にくっつくようにして離れない。
「な……んだこれ……」
体中の感覚が、意識が、研ぎ澄まされ今まで出したことのないような力がみなぎる。
「いくぞ!」
頭の中でさっきの仮面の声が直接響く。
「ああ!!」
顔を仮面で隠した少年が、目の前の殺人鬼に向かって駆けだした。