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マスカブレード  作者: 黒野健一
第四章 終夏/救われた者/救われぬ者
59/120

59白空、空白

投稿再開!

彼、あるいは彼女が初めに目覚めたのは薄暗い夜だった。

文明などはなく、夜に輝くのは星と月の専売特許。


彼、あるいは彼女が二度目に目が覚めたのは、雪が降る季節だった。

住処だった場所はかつての面影など無く、この世界の統べる存在が変わっていた。


「……あ、体が……無い」


一度自分が死んだことを自覚した。

それが寝ぼけていた記憶を呼び覚ました。


支配者と被支配者の争い。


戦に興味が無く、どちらにもつかない中立を気取っていたのだが、それはどちらからも

敵であるとみなされたのだろう。


彼、あるいは彼女の肉体は、おそらく王の下へとささげられたのだろう。

だが、そんなことはどうでもいい。


なぜなら、あの肉体……いや、そもそも自分というものにそれほど興味が無い。




魔刃……二世代で区別される彼らの、特に二世代目にあたる存在は、王により生み出された存在。

そして全ては王のために生まれた存在。


何をすべきか、何のために生まれたか。

それらはすべて王が望んだもの。


魔刃は承ったそれを、本当の自分の渇望だと信じて疑わない。


だが、彼、彼女は違った。


……男?女?魔刃?人間?


それらの区別がつかない。


一度死ねば、自分という存在が何者かわかるかもしれないと、考えたこともあったが

そんなことは無いと、落胆するだけだった。



だが、もういい。

二度目の自分を作ろう。

以前の自分は結局何者でもなかった。

もう今更あの、自分を何者かにすることは不可能だ。

肉体はすでに失われた。

だけどまだこの魂は残っている。


冷たい雪に埋もれそうになった何者でも無い、その仮面の姿をした存在は周囲を見渡す。


「……ここは……人間の街?今は……」


夜である。


雪の降る夜の街。

行きかう人々は分厚い衣を身にまとい、白い息を吐いている。


街の輝きが人々を照らし、古臭い建物の棚に並べられた仮面は、その光で作られた影で隠されていた。


どうやら人間の店に、その仮面は商品として並べられているようだ。

隣には、染みがついた古書、薄汚れた壺。


店主の老人は遠くで居眠りしながら、来もしない客を待っている。


「……若い方がいいな」




男、女、老人、子供。


何者でもなかったそれは、今、何者かになりたいと望んでいる。

もしかすれば、王は『何者でもない者』を作ったつもりなのかもしれない。

逆に『何者かになりたい者』の可能性もある。


「まぁ、どうでもいい」

人が栄えているのなら、王はもういないのだろう。

ならば今、それの意思を決めるのはもう、王ではない。


「……ここは……なんだ?巨大な建物だ……」


仮面の内側から出した小さな刃で、雪に埋もれたコンクリートを突きながら歩いていた。

そうしているうちに、降り積もる雪と同じ色をした建物が見えてきた。


「……興味、これが、私の欲するものか……?」



…………



「じゃあ、母さんまた明日もくるからね……」

「…………うん」


娘を一人にし、母親は一人雪の降る街へ帰っていく。

娘と二人で住んでいた家は、ひどく冷えている。

それでも明日の仕事のために、母親は冷たい家に一人帰っていく。


一人。


「お母さん……」


ベッドの上で流れる涙をこらえつつ、つぶやく。


白いシーツ、白い壁。

窓の外に描かれる色鮮やかな外の景色も、今夜はキャンバスのような白色である。


目を閉じれば、彼女の短い人生がそのまま映画のように瞼の裏に再生される。

父は物心つく前からいなかったが、そのぶん母からたくさんの愛情を受けて育った。

誕生日に作ってくれたケーキの味、眠れない夜に聞かせてくれた子守唄、今日のような寒い日に一緒に入ったお風呂の入浴剤の匂い。

寂しい時に抱きしめてくれた母のぬくもり、優しい笑顔。


すべてが恋しい。

寂しい、だけどそれだけじゃない。


「ねぇ……」

「……え?」


壁にがしがしと。


「ひっ……!」


一瞬大きな害虫かと思ったが、害虫が言葉を話すわけがない。

壁の色と同化していて気が付かなかったが、これは……


「……仮面?」


に鋭い手足が生えている。

見た目は四つ足の虫にしか見えないが、それでも意志の疎通ができる。


「何……?あなたは?」

「何……何だろうね?」


何色にも染まっていない白色の仮面。

彼、あるいは彼女はその通り、何者でもない。


「君は……何?」

「私は……」


「……死にたくない」


質問の答えとしてはおかしな返答だ。

しかし、今の彼女を言い表すのにそれ以上はない。


死にたくない。


母親と別れて一人になりたくない。

母親を一人にしたくない。


「……ここは、人間のけが人や病人が集まっている場所だな……?」

死にたくない、それは姿かたちが時と共に衰え、あるいは唐突な不幸によりその命を失う人間ならば誰しも持っている恐怖。

だがこの仮面と刃の怪物にはそれは遠く感じるものだ。


「死……死か」

自分が惹かれているのは、それなのだろうか?

だが仮面の怪物はその死について理解できていない。

一度死んだといえ、それは深い眠りと何ら変わらないものだった。


人間が感じるような恐怖を伴う特別な……それはどうすれば手に入るか?


「……あなたは生き物なの?」


少女は怪物に問う。

無機質な物体が言葉を話す。

そんな異常な光景に動揺しないのは、彼女の幼さゆえか?


「私は……生きているのか?」


少なくとも死んではいない……はずだ。

怪物自身、そもそも死の前に生を理解できていない。


「君は生きているのか……?」

「私は、まだ生きている……そしてこれからも、生きていたい!!」


あとどれだけ生きていられるか。

それを正確に知ることは叶わないが、短いことは彼女にも理解できていた。


「生きていたい……」

「はい」

「だが君は死ぬのだろう?なら……」




「……一体どうなっているんだ……?」

医師は元気そうに笑顔を浮かべている少女を見て驚愕する。


原因不明の回復。

医学で救えない命が、たった一晩で。


少女は、涙を流す母に包まれたぬくもりを感じる。

それは『彼女』の記憶にあるものと同じだ。




「うん……わかった。いいよ、私はまだ生きていたいの……」

「君が生きるのではない、私が君になるというのだ。理解できてる?」


失った肉体の代わりに人間の体を自分のものへと変えていく。

それは魔刃という種ならば誰しも行うことである。


生まれ持った肉体を王に奪われ、そのまま眠りについたため、まだ未経験であるがその魔刃の性質を彼女に伝えた。

魔刃の肉体となれば、人間の病や怪我ごときでは死なない。


だが当然、肉体を奪われるということは元々の肉体の持ち主である彼女は……


「うん……『私』が生きていれば」

「本当に……?」


少女はベッドのシーツを強く握りしめる。


「本当は……怖い、私が私のまま私じゃなくなるのは……」


でも。


「私のせいで辛い思いをさせたお母さんをこれ以上悲しませたくない」

「母……か」


王に生み出された魔刃には、創造主はいても母と呼べる者はいない。


「それに、死ねば私はこの世界から消えるけど、あなたが居続けてくれるんでしょ?」

「ああ、私が君になる……」


「なら……」


少女は手に取った真っ白な仮面を、その顔に被せる。


白色の壁、白色のベッド、白色の夜。

彼女はそんな白色に包まれる。


彼女が目を瞑る。

彼女の瞼の裏に、最期に写るのは……母と二人歩いた帰り道に見上げた青空。


病室からベッドの上からでも、いつも見ていた、見守ってくれた空。

そういえば最後に奇麗な青空を見たのはいつだったか。

少なくとも、雪が降り始めた朝は既に曇っていた。


「ああ……もう一度、あの空を……」




「ねぇ、お母さん」

「うん……?」


病院を後にし、荷物を抱える母に彼女は語りかける。


「晴れたね、空」


青空の下、真っ白な雪が解けた道を二人は歩いていく。

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