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マスカブレード  作者: 黒野健一
第四章 終夏/救われた者/救われぬ者
53/120

53来訪者

マジでストックが無いのだ。

本編が思いつかないのだ。

ヤバいのだ。のだのだ。

病室で休め。

そう言われた詩朗だったが、正直暇を持て余していた。


怪我を負ってはいるが、ほとんど頑丈な装甲のおかげで深刻な傷を負っているわけではない。

今すぐに退院しても、別に構わないと思うが……


「隔離……のつもり……考え過ぎかな?」


あの保育園での戦闘の時、周囲に人々が集まっていた。

殺戮が行われている場に集まるのは、あまり関心する行為ではないが、彼らだってあの光景を見て

多少なりショックを受けたと思う。

そんな彼らの前に現れたのは、暴れる怪物と同族の怪物。

人外同士の殺し合いが、人類の味方の正義の戦いには見えないだろう。

おそらく今、復讐の魔刃は正義の味方だとか、悪を倒した者とは思われれていない。


「人間の仕業……それも時間稼ぎのつもりなんだろうな……」


天野博士の言っていた新システム。

それが完成するまで、市民に……人類に、自分たちが無力であることを知られたくないのだろう。

とはいえ、あの現場にいた人々と情報社会の技術を持ってすれば、数週間もしないうちに

ヤツらが人間なんかじゃないとあの場に居なかった多くの人間にも知らされるだろう。


それを偽装だと思う者もいれば、恐怖に支配され家から出られなくなる者も現れそうだ。

そうなる前に、詩朗は少しでも多くの魔刃から人々を守らなければと意志を固め、それが行動へ出てしまう。

布団をかけ寝ていたのに、勢いよく体を起こして、何もせずぼーっとする。

そして日野の「休め」の言葉を思い出して、再び布団に横へなる。


そうした落ち着かないことを繰り返しているうちに、また誰かが彼の病室に向かってくる。


「やぁ……詩朗くん、けがは大丈夫なのか?」

「……刑事さん」


その来訪者は以外だった。

白いワイシャツで、額にはここの病院によるものなのか、昨日の詠によるものとは違う手当が施されている。



「こんどは抜け出す前に、君と話がしたくてね」

「あ……いえ、安静にしてますよ……ホント」


詩朗のベッドの隣にイスに腰かけた彼は冗談交じりに話す。

刑事である村上は、詩朗からの緊張のようなものを感じていた。


正義感の塊、罪悪感の欠落人間。

そのどちらかに振り切れていたら何も感じないだろうが、詩朗はあいにく詩朗は見かけ品行方正、実際不真面目の

中途半端な人間であるため、正義の心で動く彼らのような存在を前にすると、心臓のペースが乱されるような気分になる。


身近な例えで言うと、悪さをして教師に怒鳴られている様子を見て自分も怒られている気分になるのだ。


「詩朗くん……別に今日は刑事としてきたわけではないから、刑事さんはやめてくれないかな?」

「あ、はい……えっと?」

「村上星だ……」


「村上さん……」

てっきり、美術館での事件や保育園の事件について言及されると思っていた。

驚いた顔している詩朗に村上は語る。


「俺はね、誰かを助けたいと思って刑事と仕事に就いた。だから悔しいと思ったんだろうね、

 君たちの組織に自分の仕事を取られるのが」


刑事である村上星を、一人の男である村上星が見つめる。


「でも、昨日あの場所で俺は自分の無力さを知った。俺はあの女に銃を向けたが、撃つことができなかった。

 あの様子じゃ、あの化け物に弾丸ぶち込んでも何もかわりはしないだろうが……それでも」


それでも、悪に対して牙を剥き、己の正義の強さを証明したかった。


「なんて、思ってしまった自分が、情けない」


自分の正義のため……?それは正しい行動原理ではない。

河川敷での遭遇……詩朗が復讐の魔刃と共に初めて戦った相手、癒しの魔刃。


あの時、似た行動を取った。

仮面の存在が人外の存在だということはあの時思い知ったはずだ。

だというのに……あの時真っ先に救助をするべきだった。

何の迷いもなく、そう動く判断が冷静であればできたはずだ。

効かないことを知っている拳銃を突き付けて、自分の正義心なんぞを働かせている場合ではない。


本当に正義の者であれば自分のプライドなんぞ人命のために、迷いなく捨てれるはずだった。


「あの時詩朗くんに声をかけられるまで、自分は恐怖に支配されてたんだ」


また、悪に対して自分の無力さを証明しなくてはならないのか。

刑事として働き、悪党を捕らえる。

いつだって自分は悪に屈しない存在だと思っていた。


誰かが怯え悲しんでいるのに、真っ先に手を差し伸べず自分の力を証明することを選んだ。

それは本当に自分が目指していた正義の存在なのだろうか?


刑事村上星はわからなくなってしまった。


「…………」

「すまない……君に言っても仕方がないことだね。君が無事なことを確認したら用を済ましてすぐに帰るつもりだったんだけど……」


「用ですか……?」

「ああ……」


椅子から立ち上がった村上は詩朗へ頭を下げる。

大人が、自分に向かってそうしてきたのは初めての経験だった詩朗は慌てる。


「君に助けられるのは二度目だ……本当にありがとう」

「村上さん……」


「それから……これを」

頭を上げた村上は、鞄から奇麗に畳まれた花の刺繍の入ったハンカチを取り出す。

詩朗の記憶では、それは伯母の詠が使っていたものと同じ柄だ。


「うっかり持っていってしまったようだ。一応奇麗にはしたが、血で汚してしまったものだ

 使うのが嫌なら弁償すると伝えといてくれないだろうか……」


申し訳なさそうにそのハンカチを渡し、部屋を出ていく。

その彼の背中は何か大きな穴が開いてしまったように思わせる。


「……俺も」


また一人になった静かな病室で彼の声が響く。


「俺だってあの時……」


あの地獄のような光景を見たとき。

詩朗はどうしても自分の手で相手を葬りさらなければならないと思った。

『復讐』の影響というのもあるだろう。しかしあの時殺意で染め上げられ、周りを見れなくなっていたのは事実。

あのとき村上が居なければ、あの場所にいた人々を無視して戦いに巻き込んだかもしれない。


人の笑顔を守りたい、そう願って戦っているつもりだった、

しかし、あの場にいた子供たちや集まってきた野次馬達の眼に、自分はどういう風に映ったのだろうか。


それはきっと、殺意に支配され、力をただ怒りのまま振り回して暴れる獣に見えたのだろうと、詩朗は無音の病室に耳をふさぎながら思った。


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