表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マスカブレード  作者: 黒野健一
第三章 変身/恋心/失われた笑顔
51/120

51笑顔の話

34好きだからの続きです。

時系列弄るとかいう読者にやさしくないことしてごめんなさい。

夏休みの真ん中過ぎ辺り。

夕日に照らされた詩朗はかつての自分について語る。


これは、月村詩朗が小学生の頃の話だ。




両親を亡くしてから数年経った。

だけどまだ幼い彼の負った傷は癒えていない。

それは今現在の詩朗だってそうなのだろう。


両親を失った詩朗は祖母の家に引き取られる。

まだ高校生の詠は、彼に姉のように接していた。


祖母や詠は詩朗に寂しい思いをさせないように、いつも気にかけていた。

それを詩朗自身も理解はしていた。

だから彼も元気な姿を見せようと、いつも二人の前では笑顔を作っていた。


……ある日の小学校の図画工作の授業。

初めに言っておくが、とくに大きな事件ではない。

ありがちな授業内容だ。

無地の仮面を土台に色を塗ったり粘土をつけて、自分の好きを表現してみよう……

ようは自分だけの仮面を作るわけだ。


手の器用な同級生はテレビの特撮ヒーローの顔を、スポーツが得意なあの子はサッカーボールのような模様に。

仲良しグループで色違いの兎を模した仮面を作っている女の子たちもいた。


では、月村詩朗くんの作品は……?


「これだよ……」

「あれ……?これ」


詩朗がクローゼットの手前のダンボール箱からそれを取り出す。

夕河に見せるのは、二回目だ。


なぜならそれは、以前静寂の魔刃をおびき寄せるとき使った仮面だったからだ。

『予知』の魔刃、ということになっていたモノだ。


「これ、俺が何を表現したかったかわかるか……?」

「うーん?君は美術の成績が悪いのか?」

「いや、技術の問題じゃないんだ……」


詩朗が見せた仮面は、鼻から下が真っ赤に染まっている以外、無地のままの仮面だった。

メイクに失敗したピエロ、そんな風な印象を夕河は持った。

考えてもおそらくわからないだろうと思った詩朗が答えを言うおうとした時、夕河がそれを止める。

意地でも答えを当てたいと、こういう場面では頑固になる彼女の性格を詩朗は忘れていた。


夕河の答えは。

「『笑顔』かな?」


「……うん、よくわかったな」

彼は驚いたような、それでいてどこか嬉しそうな顔をして言った。

「どうして……?」

「いや、正直これを見て推理できたら名探偵名乗っていいでしょう。

 私はただ単に月村くんの好きそうなことを言ってみただけ」


なんだそうか……と少し残念な顔になるが、それでも彼の嬉しそうな感じは残っている。


「俺さ、これくらい大きく口を広げて笑いたいってその時思ったんだ。

 先生には絵の具がこぼれたか、はみ出したかと思われたみたいだけど、これが俺のそのときの好きなもの」

「……今と変わらないんじゃないか?」


「うん……でも変わった部分もある。俺さ、両親が死んでから心の底から楽しいって笑えなかったんだ。

 感情はあるよ、楽しいってことは理解できる……でも」

それを自然と表現することができなかった。

詩朗の笑顔は何処か、見た者に違和感を覚えさせるものだった。

小学校の同級生に、そして二人の家族もそう感じていただろう。


「だけど、今の俺は自然に笑える方法を知っているんだ」

「それが、人助け……戦う理由?」


詩朗は頷く。


誰かの笑顔を前にしたとき、彼は忘れていた笑い方を取り戻す。

目の前に手本があるからだ。

だから彼は誰にも笑顔を失ってほしくない。


他人の笑顔のために戦うと言えば聞こえはいいが、実際は自分のためだ。

詩朗は自嘲気味に笑う。


夕河はその顔を見て気が付いた。

この数か月、詩朗と出会ってから彼が普段周りに接するときに見せていた笑顔は、今の彼のそれと同じものだと。


「ふーん……なるほどね、じゃあさ、例えば……お笑い芸人とか目指したりしてるのかね?」

夕河は納得したようにうなずき、そして少し話題を変えることにした。


「え……?あーいや、昔そういうの考えてた時があったんだけど……俺どうも才能が無いようで」

どことなく恥ずかしそうに話す詩朗に、夕河が食いついた。

それには単純な興味のほかに、茶化してやろう、というようないたずら心が含まれている。


「ほらほら、いいからやってみてくれよ~」

「え……うーん、しょうがないなぁ~」


頼まれたのでしぶしぶ……という体でやっているが、詩朗はやはりどことなく嬉しそうだ。


「まぁ~こんなに求められるなんてこの先ィィイイ……?生涯ない(しょうがない)もんなぁァアアア!?」

「……え?」


突如詩朗の声が大きくなったと思えば、彼はこちらに何かを期待した眼で見つめている。


「うーん?滑ったぁ?俺の頭に笑いのセンスはァァア……?」

「詩朗ー?夕食そうめんだけど、お友達もたべ……」

「NO才能ゥゥウウウ!!(脳細胞)」




「ぇえ……」


扉を開けた詩朗の伯母、詠が目にしたのは彼と同居し始めて数年、初めて聞いたような声を上げる甥の姿だった。

ただ、何かに絶望したかのようなまなざしで、口を半開きにしたまま固まっている。


「…………あ、いや、これは……」

「そうめん、いただきますね」




……リビングにいくと、器にもられた4人前ほどのそうめんと、きゅうりだとかハムだとかの具材が食卓に並んでいた。


「いただきます!!」

「……いただきます……」


夏はそうめんさえあれば良い、そう言っていた彼だったが、どうにもうれしそうではない。

一方、夕河は上機嫌に麺をすすっている。


「うーん、冷えてますなァ~?そ、う、め、ん」

「…………ウッ」


元気そうに食べる夕河を除いて、月村家の二人の間では沈黙が続いている。

先ほどの詠の顔を見た詩朗は、もう一度彼女の顔を見る勇気がなく、うつむいている。


「あっ……!そうだわショウガ、ショウガ!そうめんにはショウガよね~」

詠はその空気をどうにかしようと、わざとらしく声に出して冷蔵庫の中を覗く。

わさび、からし……調味料で固めている場所を見ても見当たらない。


「あ、そういえばこの前食べたとき使い切ったんじゃ?」

詩朗も彼女の意図を読んで何事もなかったように会話をとってみる。

「あ、あー忘れていたわ……!今度買わなくちゃ……」


ようやく自然に会話できるように修繕されたかと思われたその時、夕河の一言が詩朗に突き刺さる。


「ざん、ざぁんね……ふふ……っ!ざんねんね、詩朗くん。ショウガ、ないもんなァアア!?」

「……おいっ!!オマエなァ!!」

詩朗の顔が恥と怒りで即、真っ赤になる。


「ふふ……うふふふふ!」

「ちょっ……詠さん……」


そんな彼を見ていた詠も、口に手を当て涙目になりながら笑い始める。


「ごめんな……さい、だって詩朗がそんなにはしゃぐの、初めてみたから……ふふ……」

「ほーらー!月村君、笑ってもらってるぞォ~?君も笑えよ~?」

夕河が楽しそうに、肘で詩朗を軽く突いている。

詩朗は恥ずかしさのあまりに、すべて無視してそうめんを啜ることにした。


「……笑えねーよ……」と心で呟きつつ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ