49冒涜の姿
「うふっ……ふふふ……」
ざわめいている集団の中、一人の女が状況に似合わない小さな笑い声を漏らす。
今、目の前で行われているのは超常的で、悲惨で、惨たらしいというのに。
とはいえ、ここで彼女を責めるものはいない。
保育園の敷地に入り、子供を救出するわけでもなく、警察等に通報するわけでもなく。
中には携帯電話のカメラを向けるものもいる。
多少の不謹慎さなど誰も気にしない。
「ずいぶんと、らしくなったわ……『接合者』とでも言いましょうか
私たちの新しい同胞よ……」
人々の注目する先にいるのは、仮面を被った怪物たち。
どちらも、本当は人間のはずだ。
魔刃の戦いは、間接的に人間同士の争いでもある。
「うふっ…………うーん?そろそろ帰ろうかしら……」
愉快な悲劇を堪能していた女だったが、急に熱が冷めた。
彼女を萎えさせたのは、悲劇を崩壊させる助っ人。
「はっ……はっ……ふんっ……今行くぞ!後輩ッッッ!!」
保育園遊び場。
そこは今、二体の獣により荒れ果てていた。
砂場にあった山は崩れ、鉄棒は互いを傷つける凶器として使われ原型は既に失われている。
「グガァアアッ!!」
「…………」
血にまみれたその獣は、人の言葉も忘れて鉄塊をひたすら斬りつけている。
それを受けている鉄塊につながれた女は、依然と何も言葉を発しない。
代わりに、ゾウの形をまだとどめていたそれが、ギギギッ……と悲鳴をあげている。
「ゲェ……ゲェエエエエエアアアアアッ!!」
詩朗が上げたそれは、もう一度衝突するという合図だ。
その合図と共に、両指の刃を研ぐため、再び口もとに指を持っていく。
女は詩朗の都合などは考えず、真正面に突撃する。
元々は詩朗の刃だった、鉄の獣の牙は片方が折れ、もう片方はゾウの鼻に位置する部分に付けられた。
わずか数分の戦いで、互いが消費したことがわかるだろう。
それでも二人はどちらかが動かなくなるまで、戦い続ける。
詩朗にめがけて走るゾウを模した滑り台だったものは、当然本物のように鼻をしならせることはできない。
だが本来子供たちが滑るところに、詩朗から奪った刃を裏側に取り付け、上下に振るうことはできた。
機械的な動きしかできないのは、この女の魔刃の能力の限界だった。
ゾウが動いているのも足を模した支柱をうまく動かしているためだが、それは本来の動物の動きとは違う。
子供たちの人気の遊具はもはや鉄の化け物だ。
「デェアアアアアアッ!!」
迫る化け物に向かった詩朗は、ゾウの振り下ろした鉄刃を大きく転がり避けると、再び勢いを落とさず
ゾウの腹部の辺りへ潜り込む。
「シィイイィィイイイッ!!シャアアアアァアアアッ!!」
子供なら四人は乗れるだろうか。ゾウの腹部を詩朗は片手で貫く。
いつもは子供たちがこの腹の下をくぐっておにごっこでもするのだろうか。
そんな子供たちの場所を、詩朗はこれから血で汚していく。
「シャアアアアアッ!!」
一発では突き刺さっただけだ。何度も何度も、打ち続けて、穴が広がっていく。
詩朗の指先は打つたびに、折れたり砕けたりする。
片手ずつ交代で打ち続けることで攻撃が途絶えることは無い。
「……ッ!」
腹部の下に潜り込まれたことに気が付いた女の魔刃は、一体化したゾウの鉄の肉体を
無造作に、暴れるように動かす。
詩朗は地面と鉄の腹の間で振り落とされないようにしがみついている。
地面に背中を叩け付けられつつ、先ほど開けた穴の中に身を忍ばせていく。
ゾウの腹の中は空洞で、マヌケにもゾウの背から上半身をのぞかせている女の
隠れている下半身が見える。
「ヒィヘェ…………」
獲物を見つけ涎を垂らす。
詩朗が真っ先に取った行動は空洞内にぶらさがっている女の下半身の排除。
「ダァアアアアアッ!!!」
しがみついて、そして抉る。
完全に魔刃と化した女は、もはや人間の血肉が飛び散らず、代わりに削れた刃の破片が飛ぶ。
「ズゥウアアアアアアアァツ!!」
「…………!!」
分断された下半身を、詩朗は抱きかかえて奪っていく。
そしてそれを、詩朗が先ほど腹部内に侵入する際にあけた穴へねじ込む。
魔刃に肉体は刃となり、強度が強く、地面に突き刺さる。
ゾウは腹部から伸びた女の下半身がつっかえて身動きができない。
動きを止めた空洞内で、詩朗は徹底的な破壊行動へ移す。
「ギィィイイイイイイ!!」
360度、自分の周囲すべてが敵の体である。
強化された跳躍力で空洞内を動き回りながら、何度も打ち治された爪を叩き込む。
「……なんだ、なにが起きてやがる……!!」
子供たちの脱出の誘導を済ませた村上には、先ほどから信じられない光景ばかりだ。
遊具が動き始めたと思えば、今は内側からデコボコになっていく。
「……!詩朗くんッ!女が逃げるぞォ!!」
「……ッ!?」
ゾウはもう使えないと判断したのだろう。
背に乗っていた女の上半身は、滑り台の本来の用途で脱出した。
途中、裏側につけられていた詩朗の刃を失った下半身に能力でくっ付けて、地を這う虫のように
ふざけた速さで去っていく。
「……!グガァ……」
詩朗が女のいたゾウの背から顔を出すと、女が子供たちの前で虐殺を行ったあの教室に入っていくのが見えた。
何をするつもりか、見当もつかないが詩朗は再び怒りがふつふつと湧いてくる。
すぐさまただの鉄の残骸から飛び出し、女を追いかける。
「ガァアアアアアアッ!!…………ッ!!」
獣のように叫んでいた詩朗が、その教室の中にいた女の姿を見て、一瞬黙ってしまった。
信じられないほどの……これは恐怖だろうか、それとも嫌悪かんだろうか。
詩朗が今まで感じたことのない、だがあきらかにマイナスの強い感情が怒りで失っていた理性を取り戻させた。
「……アァ……ワタシイマァ、オカァサンシテル!」
女は、頭部をもぎ取ってほったらかしにしていた3人の母親達の遺体を
自分の失われた下半身の傷口と結合させていた。
三人の痛々しい首の傷は、女の腹部とつながり、三者の体が腰から先折れ曲がり、計六本の足で動き始める。
「お前は……」
……読者の方々には今の説明で伝わっただろうか?
だが正確に伝わらないほうが良いのかもしれない。
「許さない……!」
なぜならその姿は……
「コロシテヤルッッッ!!!」
死者への冒涜としか言えない。