46惨劇
子供がひどい目に会う描写があります。
苦手な人はご注意ください。
夕日が地平線によってほぼ隠された。
空が黒く染められていく。
街は夜闇に飲まれないように、人工的な光を灯していく……
そんな街のとある小さな保育所。
「まさるくん、さようなら~」
「さようなら!せんせぇ!!」
一人、また一人と子供たちを迎えに来る親が現れる。
母親と手を繋いで、うれしそうにするその男児を保育士の女性が優しい笑顔と共に見送る。
「ふうたぁ~!!ふうたぁ~!!」
「……!ママァ!!」
床に広げて読んでいた絵本を閉じ、男児は自分の母親の方へ駆け寄る。
「…………」
その男児の母親と、今日の彼の様子を話していたところに、ローブを身に着けた不自然な者が現れた。
見たところ、体格から女性だということがわかるが……
「あの……?」
誰かの母親かしら、と思った保育士の彼女はフードの中を覗くようにし、問いかける。
「……くうや……」
「え?」
くうや……男の子の名前だろうか?
しかし、保育士の彼女の記憶にはそんな名前の子は憶えていない。
「くうや……くうや……くうや……くうや!!くうや!!くうやぁああ!!」
「……!?ちょっ……大丈夫ですか!?」
妙な女はその場で、泣き崩れるように地に手をつく。
その女のもとに、絵本を片付けてきた男児が心配そうに駆け寄ってくる。
「おばちゃん、だいじょうぶ……?」
「…………」
「ふうた……こっちに……」
明らかに普通じゃないその女に近寄った自分の息子を、母親は遠ざけようと手を掴んだ。
そのとき、フードの女は動いた。
「ちょっ……なにを……きゃっ!」
フードの女は、手を引かれていた男児の背中を強く押す。
驚いた母親はすぐに男児を抱きかかえたが、女の押す力の方向へ子供と一緒に倒れてしまう。
「……ッ!大丈夫?ふうた?」
「ん~んっ~!」
母親が自分の腹部の辺りに顔をうずめている息子を見る。
どこも怪我をしていないようだ……が。
「ふうた……いい加減はなれ……ふうた?」
「んッー!んんんんっ!!!」
「ふうた……!?」
母親に顔をうずめている男児は、手足をばたばたと動かし始める。
それはだんだん激しさを増していく。
とうぜん、母親に甘える子供の様子ではない。
洗面器でプールの水に慣れる練習のように、顔が母親の服のさらに内側まで顔を沈めていた。
母親は自分の腹部の皮膚や肉に、何かがひっぱるような感覚がしていた。
「まさか……まさか……!?」
子供の鼻の穴や口は母親の体と同化し、塞がっているのだ。
手足のもがきの激しさがどんどん増していき、母親は焦り始める。
そんな二人を、少し離れたところでフードの女は歪な仮面越しに覗いている。
「いや、いやぁあああ!!」
気が動転していた彼女、ついに愛する息子がピタリと動きを止めてしまった。
そうなると彼女は気が狂ったように、叫び始める。
「いやっ!!ふうたぁあ!!ふうたぁああああっ!!」
泣きじゃくる彼女に、背後から仮面の女が近づく。
そして、彼女の腹に埋まっていた男児を彼女が掴むと、いともたやすく母の体から離れることができた。
「ほら見て……?」
だんだんと体温が冷たくなるその男児の顔を、涙でぐちゃぐちゃになった彼女の前へと突き付ける。
「とっても苦しそうな顔……」
「あっ……あっ……!!」
愛する息子を失った母、窒息の苦しみで歪んだ息子の顔を拒絶するように首を振る。
「あなたのせい……」
「いや……やめてっ……!!」
男児から手を離すと、仮面の女が今度は母親の髪を掴む。
「あなたって……」
「いやっ……あああ!!ふぅうたぁあああ!!」
「最低な母親ねぇ……!!」
「詩朗くん!こっちだ!!」
暗くなった街を駆けていた二人。
村上が街の一部に人が集まっているのに気が付いた。
そこは保育園である。
「どうやら不審者が保育園の中にいるようだ、きっと先の女だ!」
「……ッ!!」
この時間帯には向かいにきた親もいる。
魔刃の犠牲になっている可能性が頭の中をよぎる。
詩朗は、今はただ現場へ走ることしかできない。
「きゃあああっ!」
「おかぁさあぁああん!!」
保育園の前にできた人の集まりを抜け、敷地内に入る。
子供たちの悲鳴が響いて、詩朗の耳へと入っていく。
「くっ……!」
悲惨な状況を想像させる声。
それだけではない、詩朗にとっては子供と親が不幸な目に合うのはとても耐えられないことだった。
詩朗は悲鳴が聞こえてくる部屋の戸を力任せに開ける。
「…………ッ……」
部屋の電灯は割れ、破片がフローリングの上で散乱している。
子供たちは血の気の失せた保育士の女性の後ろに隠れ、部屋の隅に集まっている。
そして部屋の中央には、首を失った複数の女性の遺体に囲まれたローブの女がいた。
「お前が……お前がこれを……?」
「…………」
女はゆっくりと詩朗の方へ振り返る。
彼女の顔は、半分ずつの黒と白の仮面を無理やり合わせたような仮面で表情が見えない。
それでもこちらを見ていると思ったのは、詩朗は俗にいう殺気のようなものを女から感じていたからだ。
だが、殺意に満ちているのは黒白仮面の女だけではない。
仮面の女が身にまとっているローブを脱いだ。
女の肌が露出すると思えば、見えるのは銀色の鏡のように輝く表面。
そして、その銀色の肉体を彩るのは赤と肌色の花々。
「あ……なた……だぁ……れぇ?」
「だれぇ?」
「だ……れぇ?」
仮面の女の肉体に埋め込まれているのは、彼女を囲んでいる屍達が失ったものだ。
それが女の腕や肩や腹部と同化して、苦痛と恐怖に歪んだ死に顔を女が無理やり操っている。
魔刃の力を使い、死体たちの頭部を自分の体の一部とし、それらの声帯を動かして言葉を発しているのである。
「…………を…………ッ」
「詩朗……おまえ……?」
復讐の魔刃の仮面を、自身の顔の前へ持ってくる詩朗。
彼に触れられている復讐の魔刃は、彼の異変に気付く。
「これは……俺との適合率がァ……復讐』の力が引き出されているッ?」
「おまえを……殺す……ッ!!」