44額
村上は詠の家に向かう途中、彼女の話を聞いていた。
彼女は両親を亡くした少年と共に暮らしているのだという。
彼の父親は詠の兄、つまりその少年というのは彼女の甥である。
以前は詠の親、甥からすれば祖母と一緒に暮らしていたようだが、数年前に
他界してしまい、今は二人で暮らしているようだ。
一人暮らしの女性の家に行くのは少し気が引けていた村上は少し安堵する。
「それでですね、あの子ったら夜遅くにギターケースなんか持ってどこかに……きゃっ!」
「………ああっ!」
二人が歩いていると前方から来た、魔法使いのようなボロボロのローブを羽織った女が詠とぶつかる。
ローブの女はそのまま、どこへ向かっているのか足を動かし去ろうとする。
しかし詠は彼女に押しのけられ、路上へ倒れる。
「お、おいっ!そこの……おいっ!!」
「………………」
村上は怒り、その女に止まるように声をあげるが女は聞かない。
そのまま立ち去る女を追いかけようかと思ったが、詠を立ち上がらせようと手を貸している間にどこかに行った。
「だいじょうぶですか……?」
「え、ええ……だいじょうぶで……」
村上の手を取ったその時だった。
「貴方たちに愛を感じるわね……!!」
「……なっ!?」
「……ッ!?」
村上の耳元でささやかれたその言葉に、二人が反応した。
先ほど、どこかに行ったと思っていたローブの女が背後に立っていた。
その女の頭部を覆うフードの奥から、生気のない目が二人を見つめる。
「いいわね……うらやましいわね……!!」
「なんだ、お前は……!!」
詠を背後にやり、守ろうと立つ村上に向かって、女は、
自分の着ているローブを下からめくり上げて、見せつけた。
ローブの中に女は何も身に着けていなかった。
彼女の死人のような白い肌を見て、反射的に顔をそらした村上だったが、彼は見てしまった。
彼女の下腹部にある、縫合済みの酷い傷跡を。
片手でローブをめくりながら、その跡を彼女は愛おしそうにもう片方の手の指でなぞる。
「私の愛しの……私の愛したあの人との……」
「おい、落ち着け!!」
尋常じゃない様子のその女に、村上が声をかける。
しかし村上の声など彼女には届くはずがない。
彼女は悲しみと絶望と嫉妬、そして愛に囚われている。
「私は、二つも失ったのに……」
女が村上と詠の方へ、一歩、一歩とふらついた足で寄ってくる。
「私は……私すらも失うのに……」
苦しそうに息を吐きながら、女はどこからか刃渡り20センチほどの刃物を取り出す。
包丁にしては妙なデザインのそれを、女はあろうことか自分に向けて突き付ける。
「やめろぉ!!」
それを見た刑事はとっさに刃物を持った女に向かって飛び出していた。
女の手を掴み、自分に突き刺そうとする女を止める。
しかし、体力のある村上の力でも彼女を止めることはできなかった。
完全に理性のタガが外れていた彼女の怪力で、村上の腕を振り払い、その際に村上の額を切りつけた。
「ぐっ!」
その一瞬の痛みで生まれた隙を狙い、女は自分の腹部へと刃を押し込む。
「うっ……ああっ……!!あああッ!!」
刺さった刃をたどりながら、赤い命の雫がこぼれていく。
女はそれを掌で受け、眺めると、足の力が抜けその場にうずくまる。
「きゅ。救急車!救急車よばなきゃ……けい、村上さ……!!」
「月村さん、落ち着いて…………ッ!」
慌てる詠に話しかけていた村上だったが、また少し目を離した隙に女が動いていた。
たらたら、流れる血を気にしないように振舞い、立ち上がった彼女の顔には、
白と黒の別々の顔を縫い合わせたかのような、無機物なモノが覆っていた。