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マスカブレード  作者: 黒野健一
第三章 変身/恋心/失われた笑顔
43/120

43甘いもの

老婆が経営する古びた本屋。

ビルが並ぶ街並みに似合わないその店舗の風貌。


ガタイの良い男が、その店の前で一度大きく息を吸い、吐く。

店の入り口の引き戸に手を掛けて、これから言う言葉を頭の中で唱える。


「……よし」


ガラガラと、引き戸らしい音と、戸のどこかにつけられた鈴の音が響く。


「た、たまたま近くを通りかかったのであ、会いに来てしまいましたぁあ!!」

以前、食堂で出会った女性に一目惚れをしてしまった男、村上星。

彼のハンカチを借りたその女性は、洗濯をして返すため名前を教え合った。


彼女の名は月村詠。

この本屋で働いていると彼女から聞いた。

彼女は自分から返しに行こうとしていたが、それは村上が拒んだ。

というより村上の上司、正堂がそうさせた。


「どうせならこれを機にお近づきになるほうが良いだろ?」


村上がハンカチを受け取りに行くという正当な理由を持って、彼女の仕事場である

古本屋で再び会うようにさせた。


「へへ、俺の恋愛テクニックで村上とあの娘をくっつけてやるぜ!

 ……ちなみに俺はカミさんとも刑事のスキルで調べ上げ、はりこんで、偶然を装い

 お近づきになって、今は二人の子を儲け幸せな家庭を……」


正堂のちょっと人に言わないほうが良さそうな恋愛経験と、長くなりそうな

家族への愛の話は置いておこう。


今は二人の恋の話だ。

戸を開けた先、本棚に囲まれ、自分に会いに来たと言う男に振り向く女性……


「んはぁ……?どちらさまですたかなぁ……?」

「……あれ?」


振り向いたのは、店の奥の座敷に正座している老婆であった。


「え……えーとあの、ここに……」

店のどこにも彼女の姿が無い、焦る村上。


そんな彼に、アスファルトを蹴るスニーカーの音が遠くから近づいてくる。


「トメさん、抹茶のアイスを買って……あ……村上さん!?」

「…………月村さぁん!!」




「ふぅううむ!!やはり夏の夕暮れ時にははアイスじゃわい!」

スプーンですくった緑色を口の中に放りこむ。

入れ歯の隣で抹茶の味のそれが溶けるのを味合う老婆。


「……すみません、村上さんのハンカチは家で干してありまして……」

「ああ、いえこちらこそ突然伺って……」

座敷に上がった村上と詠は、お互い正座して畳の上で向かい合う。


「あ、あの仕事が終わるまで待っていたらければ、今日返せますけど……」

「お、お邪魔でしたらまた別の日に……」


「……」

カップの中で溶けかけているそれを、一気にスプーンですくいあげ

口に頬張っていた老婆が、たどたどしい会話の二人を眺めていた。


そして襲ってくるキーンとした頭痛が治まると、二人に向かって言う。


「詠さん、今日は店はもう閉めるよ」

「え……?」

「客なんかボケて何度も同じ本を買う町内会のじじぃばばぁしかいないんだ。

 どうせ夜は家で健康番組でもみてらぁ」


老婆はのそっと立ち上がって、眠たい猫のような足つきでアイスのカップとスプーンをさらい奥の台所の方へ持っていく。

二人になった村上と詠。


「……ということだそうなので」

「……はい」


少し頬が赤くなる。

「今から、私の家に来てもらえますか……?」

「…………はい」

少し頬が赤くなった。










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