42負傷
月村詩朗は自室にいた。
対魔刃部隊の会議から帰ってきた彼は疲れからか、夕日がまだ街を照らしているこの時間から眠たそうに
ベッドの上でごろごろとしていた。
夏休みの宿題も済ませた彼は、あとはただ何事も無く、無事に夏休みを消化していきたいと思っていた。
「……おーい、まだ怒ってんのか?」
詩朗が足元で丸まっている掛け布団に向かい、話しかけた。
布団の中には、仮面の一部が欠けていた復讐の魔刃がいた。
「最悪だ……最悪だ」
彼の一部が欠けた理由。
それはあの会議でのことだ。
「月村詩朗くん、君はさらなる力が必要だと感じている……違いますか?」
「……そうですね、力が無いと誰かの笑顔は守れない……ですよね」
無力さを思い知らされた。
魔刃という超常的な力の存在は、彼には重すぎるのだ。
刃覚者という、奇跡を享け賜われた者でもない。
ただの学生だった。
それでも、彼にはどうしても戦う理由がある。
死んだ両親の想い、彼らが残した遺産の完成。
そしてみんなの笑顔を奪わせないため。
「Saverシステムは使いましたね、斬骸も……」
天野がポケットから小さな破片を取り出す。
それは詩朗が所持しているものの一つと同じ、かつて倒した静寂の魔刃の一部である。
静寂の魔刃は何者かにより倒され、ほとんど残骸が残っていないのだが、天野がそれを集めた。
斬骸と呼ばれるそれは、Saverシステムを補助する機能を持たされている。
魔刃の精神汚染を抑制するため、魔刃の能力そのものを弱体化しているため
人工的な装備で戦闘能力を補う必要がある。
斬骸もそれのひとつである。
魔刃の死骸の一部をSaverシステムに読み込ませて、能力を引き出す。
詩朗が今所持しているのは、その静寂の魔刃と、彼が初めて戦った、癒しの魔刃の二人分だけである。
しかし、静寂の魔刃は他の魔刃を喰らい、自身の能力としていた。
『拡散』と『断片』、静寂が喰らった二つの魔刃の能力を再現することができた。
つまり詩朗は今『拡散』『断片』『静寂』『癒し』の四つの斬骸を所持している。
「あなたに新たな斬骸をお渡ししましょう……」
「え……えと、それはつまり……」
「ごめん……復讐……」
青井凛子の手に握られた金槌、向けられた視線は復讐の魔刃へ。
……斬骸は、魔刃の仮面の破片、肉体の一部である。
「どうせしばらくしたら治るから……って、
あいつマッドサイエンティストってやつじゃあねーのかァ?」
自身の肉体を傷つけられば、当然怒る。
復讐の魔刃は以前、癒しの魔刃の一部を喰らい、自己再生能力を強化されている。
とはいえ、治ればいいという話ではない。
苦痛を味合うのには変わりないのだから。
「……ちくしょうゥ!!」
「……とはいえ、これでお前の能力も発揮できるようになるし」
新たなる力の獲得に喜ぼうと提案する。
しかし復讐の魔刃にとってはそんなことはない。
斬骸で再現された能力はやはり、本物のより劣る。
何故に、自分の下位互換の能力を使うために体の一部を砕かなければならい?
「納得いかねぇええェ!!!」
刃でできた小さな足で布団の奥へと潜り込んでいく。
シーツが傷つくのでやめてほしいが、さすがに同情した詩朗は何も言わずに
そっとしておくことにする。
「……ただいまぁ~」
詩朗が天井をボケっと眺めていると、玄関の扉が開く音と共に声が聞こえてくる。
詩朗の伯母、詠が本屋の仕事を終えて帰ってきたのだろう。
「復讐、今は布団で泣いてていいから、おとなしくしてろよ?」
「ちきしょぉおおおォ!!」
そっとしとこう。
人間の味方をしているとはいえ、魔刃という種には変わりがない。
本来は例のケースの中に入れなければならないが、今は自由にさせてあげようと思ったのだろう。
詩朗は布団の奥の復讐の魔刃を置いて、帰ってきた詠を迎えに行く。
「おかえり詠さ……ん……ん!?」
「……ん?」
玄関にいたのは詠だけではない、詩朗が一度会ったことのある刑事もそこにいた。
刑事は赤く染まった、花の刺繍を施したハンカチを額に当ている。
詠が呆気にとられている詩朗に声をかけた。
「悪いけど、救急箱持ってきてくれないかしら……詩朗」