41握られた槌
剣之上市中央、某ビル地下。
月村詩朗があの夜、結合の魔刃と戦闘を繰り広げてから数日が経った。
それから、あの魔刃と同様の手口は発生していない。
身を潜めているのか、それともあの乱入者によって殺害されたのか……
「『焼失者』ねぇ……」
現在、対魔刃部隊のリーダーである黄鐘が、魔刃使いである数人と、月村詩朗と夕河暁、そして
装備開発を行っている天野正次を集め、突如あらわれた焼失者の魔刃について話し合っていた。
「……彼は炎の能力を使う、強力な魔刃だよ」
詳細を語るのは日野を選ばれし者と呼ぶ魔刃、『先導者』の魔刃。
彼はこの組織の中でもっとも魔刃達について詳しい。
詩朗は日野から少し前にこんな話を聞かされた。
「魔刃には第一世代と第二世代がいる、『先導者』は第一、お前が連れてきた
復讐はおそらく第二世代だろう。」
「第一、第二?なんの世代なんですか?」
「魔刃の生まれた順番さ、魔刃の王と共に生まれたのが第一、魔刃の王が生み出したのが第二らしい」
そもそも、魔刃という存在がどのようにして生み出されるのか。
それを知らなかった詩朗はイメージが難しかった。
魔刃と呼ばれる存在は、普通の生命体ではない。
意志を持っているが、根本的に人間とは違う。
全身が刃でできていて、基本的に不死身。
肉体を失っても、人間と言う資源を消費し、時間をかけ、相性がよければ復活できる。
そんな理から離れた存在である彼らの、ゼロから生まれてくる過程など気にしたこともなかった。
「まぁ、とはいえ俺が知っているのは先導者から聞いた話だけだ。
あいつが知らないこと、わからないことは俺にもわからん」
先導者の魔刃が日野に語ったのは、自分が生まれてきた過程だった。
それは魔刃の王の能力の一つにより、人間の意識や魂のようなものを参考に
彼らの手で生み出されたという。
そして肝心な第一世代、つまり王とその配下たちが生まれたのはどのようなことが起きたのかということは
彼もまた、知らずにいたのである。
……話を戻そう。
魔刃『焼失者』についてだ。
「彼は第一世代、王と共に生まれた魔刃だ」
「王の味方をしてるやつは第一世代のやつなのか?」
質問したのは詩朗だ。
「まぁ、王は第一世代の魔刃しか身の回りに置かなかった……」
「そういや、王に使える奴らは○○者って名前の魔刃が多かったなァ?」
詩朗に続いて復讐の魔刃が間に入ってきた。
「『隠者』とか『略奪者』とか……他にもいたが覚えてねぇ……」
「ふむ……『復讐』よ、私の名を呼んでみろ……」
「はッ!?……え、ああ……えーと」
復讐の魔刃は突然言われたので困惑してしまったた。
もちろん彼の名前を忘れたわけではないので、すぐに名前を口に出したが。
「先、導者……だよな?……ん?『先導者』ァ!?」
「おい、お前まさか!!」
机をたたいて立ち上がる日野。
彼の表情は珍しく焦っているようで、目と口を大きく開いていた。
「落ち着きたまへ、選ばれし者よ」
仮面から小さな刃の手を出し、日野に向けて彼をなだめる言葉をかけた。
その小さな刃を、まるで指のように動かし、横に振る。
「者と名がつくだけでは王の配下とはなりえない、当然忠誠心とやらが必要なのだ。
私が忠誠を誓っているのは君だけだよ、選ばれし者よ」
「お、おう。そうだよな、ふ……ふぅん……」
「照れてる……」
青井凛子が日野を馬鹿にした目で見ている。
「……つまり、者が付くのは第一世代ってことかな?」
「……さすがだよ青井くん、察しが良い……」
「えへへ……」
「おめぇも照れてんじゃねーか……」
日野が呆れた眼をして言い放った。
「焼失者について、一つ気になることがあるんだ」
先導者は再び話に戻る。
「彼は、正気ではなかったな……しかし昔からあんなんじゃないのだ」
「……というと、なんだ?あの魔刃は何かの要因で狂ってしまったのか?」
先導者は頷く、その通りだと。
「元から凶悪なやつだったが、あれは何と言うか……意思というのが感じ取れない……」
「……詩朗くん」
口を閉じていた天野が先導者の言葉を阻み、口を開く。
「君は焼失者の魔刃を前にしてどう思った?」
「どう……とは……」
その質問のどうとは、つまり倒せるかどうかということだ。
正気だとか狂気だとかは関係ない。
目の前に現れた彼を力で制圧できるかどうか。
「……倒せ……ないと思います」
詩朗は自分の手を見つめながら、少し言葉に詰まりつつもそう答えた。
装備が貧弱であるのもある。
彼の持っているSaverシステムはあくまで試作品だ。
……そして何より彼自身の能力だ。
たかだか半月の訓練である、彼の能力不足は当然だ。
むしろ、半月程度でよくも普通の少年だった彼が剣を振り回して
一応は戦えるようになったものだ。
「日野先輩や黄鐘さんみたいに経験がある人なら……」
「いや、俺達でも危ういだろうな……」
いつも謎の自信であふれている日野がまた珍しく、弱気なことを言う。
戦闘経験では埋まらない、圧倒的な戦闘力の差があるというのだ。
「俺たち、『刃覚者』は魔刃の力を使っても精神を汚染されない特殊な体質の持ち主なのは知ってるな?」
「ええ、だから刃覚者でない僕は、Saverシステムを使っています」
強大な力を使うためのデメリット、魔刃の本来の目的である肉体の再生、それらを打ち消すことができる人類の希望。
刃覚者、彼らのそれは強さでありながら、弱さでもある。
「魔刃はなぜ肉体が必要だと?」
「それは……だって顔だけなんて……」
「ああ、お前ら人間には絶対味合うことのできない、苦痛と屈辱だぜェ?」
肉体がない、それは当然本来の姿ではないということ。
「つまりだ、奴らは本来の力を取り戻すために、人間の肉体を奪っていくわけだ」
本来の力、人類の支配者であった魔刃という種の力である。
「魔刃が人間の肉体を蝕むには、まず精神から侵さないといけない……つまり
その精神汚染が無いので、魔刃の力をほとんど取り戻せてない状態でしか戦えない」
先導者が忠誠を誓った彼の言いたいことを代弁する。
「そこでだ、詩朗くん」
天野が白衣の中からどこに隠していたのか物騒なものを取り出す。
金槌だ、それを近くにいた青井凛子に持たせた。
「青井凛子さん、お願いできますか」
「え……?」
何をさせられているのか理解できていない青井に対して、天野は眼鏡越しの目線で彼女に指示をした。
彼の……いわゆる冷酷な目は、復讐の魔刃に対して向けられていた。
「やってください」