38装着
進む、進む、進む。
ただ前へ、苦痛に耐えながら。
「うっ……!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
進む、進む、進む。
広い道を、狭い路地を、信号を、歩道橋を、進む。
……人間。
外を歩く者が全然見当たらないのは、日付が変わったばかりの時間の商店街だからだ。
『制約』の力を使う少女から逃げた女と魔刃は狭い路地を抜け、少し進むとここに出た。
アーケードによって月光が遮られたここは薄暗い。
昼間はにぎわっているこの場所も、この時間はどの店もシャッターを降ろして、まるで眠りにでもついているようだ。
直進、数百メートル。
今は少しでも先ほどの少女から距離を取りたい二人は足を踏み入れる。
…………。
そしてちょうど商店街を半分ほど歩いた時だ。
負傷した人間と、魔刃。
二人の目の前に現れたのはギターのケースを背負った少年。
彼女たちにとってアーケードの出口にあたる場所に、彼は立つ。
「……私が、出るわ」
女の懐に潜んでいた仮面、結合の魔刃がそう言い、女は了承し後を任せる。
人間の女は自分が無力なのを知っていた。
そして、自分の味方をするこれがどれほどの怪物かも知っていた。
目の前の人間一人ぐらい、簡単に殺せてしまうほどの力。
だが、先ほどの負傷がある。
あの少年が先ほどのような魔刃の力を使う人間ではないという確証はない。
もしかすればあの少女の仲間もかもしれない。
「……このまま、引くわ」
女の顔を覆い隠し、彼女の肉体の一部が変化する。
戦闘態勢だ。しかし今すぐ仕掛けるのではない。
結合の魔刃は今は戦闘を控えて逃走に専念するため、女に自分を被せて変身した。
「………ッ!?」
ゆっくりと、少年を睨みながら後に下がったその時だった。
自分が入ってきた入口の方に、もう一つの人影を捉えた。
ギターケースの少年と同年代のその少年。
だが彼の顔には、顎から鼻を通り頭部の方まで伸びる矢印が描かれた奇妙な仮面があった。
結合の魔刃はすぐに察した。
「ッッッウ!挟み撃ちにされたわ!」
前方のギターケースの少年。
後方の魔刃使いの少年。
追い込まれたときの判断と言うのは、とても速いものだ。
「どかなければ、死になさいッ!!」
前方の少年へと駆け出した。
負傷が痛み、全力ではないが。
結合の魔刃に武器になるものはない。
しかし、魔刃を被った人間を普通の人間が触れるのは、刃で肌をなでるようなものだ。
少しの力で、目の前の少年を切り裂くことができる。
後方の少年に動きは無い。
このまままっすぐ突っ込んで、少年が避けるか切り裂かれるかすれば逃げ切れる。
「……行くぞ、『復讐』」
迫る怪物に対して少年が行った行動は、ギターケースを降ろし、中身のそれを取り出すことだった。
その中身を見た結合の魔刃は一瞬ためらったがそのまま少年の方へ突き進む。
彼女が目にしたのは笑っているようにも泣いているようにも見える仮面。
後方の少年の被るそれや、自分と同じく魔刃である。
一瞬相手にするのをやめようかと思ったが、後にも魔刃がいることを思い出した。
それが一瞬のためらいの正体。
だがもう迷いはない。
結合の魔刃は目の前の敵を排除して進むことを決意した。
「フンッ!人間の作った武器か、あの頃からどれくらい進歩したか、魔刃王に通用するか俺が採点してやる」
少年が被った仮面がそう言い放つ。
その仮面、復讐の魔刃が出てきたのはギターケースであるが、それは対魔刃部隊で使われている
魔刃のエネルギー源から切り離し、保管するケースと同じ仕組みだ。
そして仮面一つが入るには大きすぎるそれには、まだ中に何かが入っていた。
「死ねッ!」
「……ふぅぅううう!!はっ!!」
それは剣だった。
ギターケースから取り出され、すぐに少年が振るった。
少年の被る仮面ごと、頭部を破壊しようと拳を突き出した結合の魔刃のその腕が切り落とされる。
「ッ!?グゥウ!!」
地面に落ちる前に自分の腕をもう片方の腕でつかむと、痛みが襲う前に切り取られた腕を自分の肉体へくっ付ける。
そして後退し、少し離れたところで少年の全体の姿を見る。
「……ぐっ、この人間!めッ!!」
「……Saverシステム、起動!!」
結合の魔刃を斬ったその剣を自身の顔の前、復讐の魔刃の本体である仮面の前で構える。
「カメンニンショウカンリョウ、『フクシュウ』アンチフィールドテンカイ!!」
剣の中央にある赤い宝石のようなコアが輝き、そこからエネルギー波が繰り出される。
コアから約5メートル、魔刃の力を抑制する特殊なフィールドを形成する。
「アーマーテンカイ……ソウチャク!!」
それは使用者の魔刃にも影響が及ぶ。
ゆえに、それを補うための装備が備わっている。
ギターケースに残っている部品の塊が浮遊し、剣を持った少年の方へ飛んでいく。
エネルギーフィールドの内側に入ると、その部品が分裂した。
そして分裂したそれは少年が剣を持っている方の腕と肩、胸を纏う鎧へと変形した。
鎧に変形した部品だったが一部分が余り、それは少年の顔……つまり魔刃の仮面の上に装着された。
「Saverシステム完全起動確認。月村詩朗、これより戦闘に入りますッ!」