36一緒には
「緊急通告、剣之上市、東に魔刃の存在を確認」
「……来たか」
夕河からのメールを受け、部屋から例の機械的な剣を持つ。
ギターケースに収められたそれを担ぎ玄関に行く。
「あれ……?詩朗?」
靴ひもを結んでいる彼の後ろから声。
「こんな時間にどこへ……?」
甥が音楽をたしなむ様子などみたことがない。
もうすぐ日付が変わるという時間にどこへ行こうというのか?
不審に……というより不安に感じる。
「…………」
少しの間少年はドアの先の夜の街を眺め、そして眉間に指をあてながら振り返る。
「夏といえば肝試し……でしょ?」
「え……ええ、まぁ……そういうのは……そうね」
少し腑に落ちない様子である。
そして次にそのギターは何かという指摘が続いて、詩朗は驚かす道具だと説明した。
母か父の形見で、古いギターで音が変だからきっと驚くと。
「……そう……でも夜遅いし人の迷惑になるわよ……」
「大丈夫……山奥だし……」
「山奥……?一体どこまでいくつもりなのよ?」
そろそろ言い訳にも辛くなった詩朗は、彼女に「とりあえず、いってきます!」と強引に会話を終わらせた。
ドアが閉まり、外で足音が遠ざかっていくのを感じると、詠から小さな独り言がこぼれた。
「……嘘ヘタね」
兄も義姉も音楽などやっていなかった。
遺品などもすでに整理したからいまさら見つかるわけがない。
この前、事件に巻き込まれて一日病院で過ごしたあの夜。
あの夜から少しずつ、彼の何かが変わったと詠は感じた。
「よう、後輩」
「来たわね……月村くん」
少年と少女。
夜空に同化したような黒い雲が月を隠す。
真っ暗なその下で合流した詩朗はこれからの作戦を聞く。
「今日の目的は対象の魔刃の討伐……そしてお前の装備の……フッ、初披露ってとこか?」
「月村君、この半月程度の短い訓練でどれだけ強くなれたか……見せてちょうだい」
「……はい」
ギターケースの中の重みを再度認識する。
父と母の、遺した想いの重みだ。
「……行く!」
作戦決行。
詩朗と日野、黄鐘の二手に分かれ行動を始める。
この周辺での魔刃の情報は今もリアルタイムで更新されている。
夕河が情報端末で集めた情報をまとめ、それを3人報告し続けている。
作戦は黄鐘が魔刃を誘導し、残り二名の下へと追いつめる。
そしてその先で詩朗が『Saverシステム』を使い討伐する。
日野は万が一、システムの異常などで詩朗が戦闘不能になったときのため待機。
「……黄鐘さん、そこの角の廃墟ビルにて撮影された動画が2分前に投稿を確認
周囲を探索して、二人は待機ポイントを移動、移動先のマップを送る」
「……了解、さて……二人の下へうまく誘導しなくては……ね」
撮影されたビルの屋上に昇った黄鐘を、雲が晴れた月が照らす。
その月光が彼女の影を生み出しながら、夜の街を照らす。
「……見つけた」
見下ろした先、彼女と同じく照らされたのは逃げる人影とそれを追う異形の影。
「まぢぃ!?やばやばっ!やばいってぇえ!!」
「ちょっ!!くんなよォ!!」
逃げる人影は一つではなかった。
短パンにランニングシャツの男とふとももを露失させた白いTシャツの女。
二人の外見の共通点は金髪とおそろいのピアスを片方の耳につけていること。
「まぢィ!?ちょっと写真とっただけっしょぉぉお!!そんな怒んなっっって!!」
「そうよアンタまぢネットで有名だから一枚ぐらい……」
「………………」
二人を追う異形は、彼らの言葉などに耳を貸さない。
興味が無い、どうでもいい、重要なことではない。
「おそろい……いいわね」
二人の耳にぶらさがるモノを見つめ、当人たちには聞こえないほど小さな声でつぶやく。
男が左耳に、女が右耳に。
お互いの愛の象徴であるそれらを、なにか美しい芸術品でも見ているように異形は感じる。
そしてその美しいものをさらに昇華させる方法を思いつく。
男と女、二つに離されたピアスを一つに……いや二人を一つに。
「やっぱり二人一緒がいいわね」
追う足は止まらない。
二人が逃げる道はだんだん狭くなり、一人しか通れなくなっていく。
男は女を先にいかせると、目の前の異形を威嚇しながら震えた足で自身も後退する。
「ぐ、ぐんなぁよぉおおお!!おらっ!!おらっ!!」
途中で拾った酒の空き瓶を振り回す。
だがそれに動揺したり恐怖する様子などはない。
むしろ、異形は喜びを感じていた。
「ああ、愛するものを守る……なんて美しいのかしら」
「く、くるな……がぁ!!」
途中で男が足を滑らせ、尻もちをつく。
そしてそれが、異形の接近から逃れられなくさせた。
それを見た女は、手を貸しにヒールを激しく地面にぶつけながら男の方へ。
「ばかッ!!なんでくんだよぉ」
「やだ!!あたしアンタを失うぐらいなら……」
「うふっ……」
異形の、その頭部の仮面から人間のような感情が、微笑みがこぼれ落ちた。
良かった……やっと理解してもらえた。
「そう、愛する者同士……常に一緒にいるべき、だから」
あの世で永遠に、二人で……
「だから、死になさい。私があなたたちを離れないようにくっつけてあげる……」
異形が……『結合』の魔刃が、二人の前で地面のコンクリートを砕いて見せる。
二人は当然恐怖するが、それだけではないし、恐怖を与えることが目的ではない。
砕けたコンクリ―トは、結合の魔刃の腕にまとわりつき、巨大なボクシングのグローブのような形になる。
「これが、あなたたちの永遠の誓いの印よ……」
結合の魔刃が、コンクリートの拳を二人にめがけて振るう……
……
「目標に接近……いきますわよ、『制約』」
「我主の戦闘許可を確認……戦闘開始……!!」