34好きだから
ピーンポーン……
来訪者を知らせるよく耳にする擬音である。
これを発したのは月村詩朗が住む家のモノ、そして来訪者は……
「やぁ……元気、してたか……い?」
「お前こそ……って、元気なさそうだな」
夕河暁、両目の下を黒くし不健康そうな表情で笑う少女。
「ん……すこし、頑張りすぎ……って……」
玄関先でふらふらしながら、自身の努力を自慢げに話している。
限界ギリギリで、なんとか言葉を紡いでいる状態なのでほとんど何を言っているのかわからない。
詩朗は今にも倒れそうにぶつぶつつぶやいている夕河を支えながら、自室に運ぶ。
お姫様抱っこのような恥ずかしいことはできないので、その姿は酔っぱらいを介抱するようだ。
「お前、寝てないのかよ……少し眠れよ……」
「あ……ベッドに、連れ……込……何……」
「何もしねぇーよ……」
途中で寝言に変わった彼女の冗談にツッコミを入れる。
布団の上に寝かされただけですぐに寝付いたのだからそうとう疲れているのだろう。
数十分後、残っていた読書課題の本を読んでいた詩朗。
目が疲れたので部屋の壁の時計を見つめていると、布団の上の少女が飛び起きた。
「うおぁっ!?ここはどこ!?私は誰!?」
「なんだ突然……」
少女がキョロキョロ頭ごと動かし、壁や天井、窓なんかを見る。
そうしていると本を片手にめんどくさそうな表情をしている顔をその眼で捉える。
「ああ……月村くんの部屋で寝ちゃったのね、私」
「だいぶ疲れてるみたいだな?」
開いたページにしおりを挟み、少女の方へ寄る。
「いやぁ、驚いた。目を覚ますと異世界に来てしまったのかと……」
「……?」
少女の好きなオカルト話に出てくる異世界だと、なぜ自分の部屋を見て思ったのか。
「……ああ」
疑問に思っていたが、彼女がいつも寝ている部屋を思い出すと納得した。
「俺からしたら、お前の部屋が異世界だわ」
「……眠り姫は眠るから眠り姫だから……」
「……おい」
わけのわからない理屈で二度寝を始めた。
対魔刃部隊の仕事でこれから忙しくなるから、今日は宿題を終わらせようと集まったのに。
それも、特に宿題なんかに手を付けない夕河の手伝いを主な目的として開いた勉強会だ。
このまますやすやと……やすやすと眠らせて時間を浪費してはたまらない。
「続きはゴミの国に帰ってから寝ろ」
詩朗が仰向けになった夕河の鼻をつまんでみる。
そうすると、夕河はすぐに不快というを表情を浮かべて詩朗の手を振り払う。
そして詩朗の方へ背中を向けるように、横になる。
「王子様お断りって、玄関に貼ってるだろ……」
「一生寝るつもりかよ……」
「……うっ……うっ」
五分ほどすると、夕河が布団の上で座りながら体を大きく伸ばし始める。
短い時間ながら意外とぐっすり眠れ、二度寝できなかったのだろう。
あくびをしながら、ベッドから降りて地べたに座り込む。
「…………宿題」
「……やった」
「どの教科を?」
眩しそうに瞼を半分上げながら、鞄の中から数学の問題集を出す。
詩朗がそれを手に取り、ページをめくりながら適当に眺める。
彼女の言う通り問題を解いてはいるが答え合わせをしていない。
「他には……?」
「……だけ」
「えっ……?」
「まだ半分残ってるじゃなーい」
「おーい」
とりあえず、夕河の数学の問題の答え合わせを詩朗がすることになった。
彼女はその間に、他の教科をとにかく終わらせることに集中させた。
詩朗が今日夕河暁を自宅に招いたのは、彼女に宿題をさせるためだからだ。
彼女の手伝いはもちろん、彼女にまともに勉強できる環境でさせてあげたかったからである。
……流石にあのゴミ王国を片付けるのはまる一日かけてしまいそうだったからでもある。
「っはぁ~休憩してもいいかね~?」
「ん?……おお、さすが早いな」
彼女は集中すればとにかくやることが早い。
数学しか終わらせていなかったのに、この数時間でほぼ詩朗と同じぐらいの進捗具合になっていた。
詩朗も彼女が終わらせた問題集の答え合わせをしていた赤いペンを置いて背筋を伸ばす。
彼女の解いた問題はほとんど正解していたので答え合わせが楽であった。
夕河暁は頭は良いのだが、それを生かす環境にいない。
だけど、彼女はすでに自分の能力をフルで発揮できる場所を見つけている。
それがあのオカルトサイトなのだろう。
記事を書く時の集中力を使えば、数時間でほとんどの課題を終わらすこともできるのだ。
「……私さ」
「……うん?」
「私ってさ、いつもひきこもってたでしょ?」
部屋の窓から外を眺めつつ、夕河が言う。
空がだいぶ赤く染まり始めた頃だ。
「好きなことだけをしていたい……ってのは、私のわがままなのかな?」
「…………さぁな、俺はべつに先生じゃないし、特に悪いとも思わない
仮に止めろって言われてもやるんだろ?」
「…………うん」
夕河は胸に手を置く。
何か熱いものが流れている。
「あの日、魔刃部隊の拠点に行ったときね、私ホントは……もうサイトを閉鎖しようと考えてたの」
自分のサイトが原因で、魔刃に狙われ家族にまで危害を加えてしまった。
運よく、参事を回避することができたが、それでも大勢の人間を巻き込んでしまった。
でも……
「でも、私好きだから……止めれなかったと思う。だから私今すこし救われてるの
好きなことを嫌いにならなくて、誰かのためにまたやれるんだって……」
魔刃部隊の情報収集という仕事になってしまったが、彼女はそれによって
自分がしてきたことを後悔しなくて済んだという。
「ねぇ……月村君、あなたはあの日どうして戦うことを選んだの?」
あの日、魔刃部隊の拠点の地下の深いところでの出来事。
彼が知った真実。
「うん……そうだな」
そしてもう一度向き合った自分の過去。
詩朗は窓から見える、沈んでいく太陽に照らされながら自分の事を話し始める……
連載を一週間ほど休ませてもらいます。