32お勉強
「……ふぅ……」
自室で木刀を振るっていた少年の名は月村詩朗。
彼は自分の両親が遺した対魔刃用武装を使いこなすため、あの日から訓練をこなしていた。
夏休みも半分ほど過ぎた今日。
学校の課題も済ましていた方が良いだろうと、夕河と勉強会をする予定だ。
「Saverシステム……」
部屋の片隅に置かれた箱に書かれた文字を口に出した。
詩朗の両親が開発し、天野が完成させた装備だ。
細長いその箱の中には機械仕掛けの剣が眠っている。
対魔刃部隊から持ち出したのはそれだけではない。
「……起きろ、『復讐』」
「…………戦闘かァ?」
アタッシュケースのようなものを開くと、中の仮面が言葉を発した。
笑っているようにも怒っているようにも見える奇妙な仮面。
『復讐』の魔刃。
もう半月になる。
月村詩朗と彼が出会った以降、対魔刃部隊によりケースの中で眠っていた。
復讐の魔刃自身は、自分が今どういう立場かは理解しているようだ。
ただし、理解はしても納得はしていない。
「いや……今日はお前に魔刃について聞きたくて……」
「フン……あいつらに聞けばいいだろうがァ」
なんとなく不機嫌なことを察しつつ詩朗は質問を投げかける。
「……じゃあ、君が今までどうしていたのか聞きたいな」
「……別にィ?眼が覚めたらあの美術館で展示されてただけだ」
彼らが出会った美術館の事だろう。
あの日は展示会として様々なものが飾られていたが、その一つに魔刃が混ざっていた。
復讐の魔刃はあの日、展示会に来た人間の中から自分と適合する人間を探していた。
彼好みの適合者は見つかったようだが……
「あの日、あの女ァ……『癒し』さえいなければこんな事には……」
「……あの時、お前は霧香ちゃんに自分を被せようとしていたな?」
あの美術館の一件の時、復讐の魔刃は詩朗ではなく、一緒にいた少女を狙っていた。
敵の襲撃という時間が無い状況だったため、詩朗が復讐の魔刃を被ることになった。
復讐の魔刃は隙を見て、あの少女の元に行こうと考えていたが、今はもう実行不可能だ。
詩朗はその意図を察して霧香へ会うことを避けていた。
対魔刃部隊の命令により、いつ魔刃と遭遇しても良いようにできるだけSaverシステムと
復讐の魔刃の仮面を持ち歩くことにしていた。
「ああ……あのガキィ、俺好みだぜ」
「お前ロリコンなの?」
「ふざけんなァ……あいつには、良い復讐心が宿っていた……」
復讐心……出会って間もない詩朗だが、そんな感じはしなかった。
何処にでもいる普通の少女だというのが彼の感想だ。
「俺が知りたいのは、お前が封印される前……人類がお前たちに支配されていたとかいう時代」
「……歴史のお勉強ならそこの教科書でも読んでろォ!」
仮面の端から伸びた細く、短く、鋭い足で机の方へ指す。
積まれた本は、詩朗が昨日夏休みの課題を取り込んだときに出したものだ。
その中には日本や世界の歴史について書かれたものもあるが……
「書いてるわけないだろ……」
旧時代の支配者。
それこそが魔刃であるが、世間に知れ渡っている常識に彼らの存在は無い。
教科書をパラパラとめくりながら、資料の写真だけ眺める。
仮面などは儀式だとか祭りで被るものだ。
能や舞踏会なんかも思い浮かべる。
だが、かつて人類を支配した存在と仮面に関係性などは思いつかない。
「いや……」
『……お前らにとっちゃ、まぁ神だとか妖怪だとか化け物だ……』
詩朗はいつかの一言を思い出す。
……そもそも仮面という存在そのものが、こいつらの存在を示しているのか?
神や妖怪のような人ならざる存在に化ける道具。
これがもし、人類を支配していた『何か』を模したものなら……?
頭に一瞬なにか大きなものがよぎる。
「俺たちのこの仮面の姿は、いわば転生して赤ん坊の姿に戻ったようなもんだ
べつに仮面の姿が常なんかじァない」
「お前赤ちゃんなの?」
「うっせぇ!!」
「……ふっ!!」
仮面から短い手足(とはいえ鋭い刃なのだが)をバタバタと動かす姿が、
まさに駄々こねる赤ん坊のようでおもわず詩朗が吹き出した。
「俺たちがどこで生まれてどのように生きたか……などはお前らにはどうでもいいだろォ?」
重要なのはどう滅んだのか……再び人類の敵となりうる存在の倒し方。
「……それで、お前らはどうして滅んだんだ?」
「……知らん」
ガサッと積んでいた本が崩れた。
「なーんかぁデジャブだな……そういえば前に病室で似たようなこと話たっけ」
「そうだっかもなァ」
詩朗がゆっくりと、そのときのことを思い出していると『魔刃王』という単語が浮かび上がる。
その単語を聞いたのは復讐の魔刃の口からだけではない。
「そうだ!人類に手を貸した魔刃がいたとか……」
「で、その手を貸した魔刃様たちはどうなった?」
「……どうって……?」
魔刃部隊の拠点で聞いた話をもう一度思い出す。
この街は魔刃の城があり、人々は支配されていた。
その中には人間に味方する魔刃がいて、刃覚者という
魔刃の力を使っても精神が汚染されない人間が生まれた。
「今は人間は自由の身に……だけど」
「どうやってそいつは人間に力を与えたと思う……?」
首を横にふった詩朗にその答えを言う。
「そいつは愛したのさ……ニンゲンってやつを……」