31冷えている
前回までのあらすじ!
喋る仮面、魔刃と出会った高校生の月村詩朗は友人である夕河暁に、美術館に現れた仮面の怪人であると疑われてしまう。
詩朗は否定するも夕河は独自の情報源から彼が『復讐』の魔刃を使い戦闘を行ったことを知る。
だが、彼女の運営するオカルトサイトから魔刃の情報を収集していた魔刃を狩る魔刃『静寂』に狙われ
両親を人質に取られてしまう。
夕河は魔刃を倒したことのある詩朗に助けを求めるが、『復讐』の魔刃は対魔刃部隊に没収され戦う力が無かった。
だが、詩朗は魔刃のふりをすることで魔刃を狙う『静寂』と対魔刃部隊を引き寄せ、この状況を乗り越えた!
しかし、街に混乱をもたらした彼らに対魔刃部隊は罪滅ぼしとして魔刃を倒す手伝いをするように命じる。
詩朗はそこで、自分の死んだ両親の研究仲間の男から魔刃に対抗するための装備
『Saverシステム』を渡されるのであった。
「くぅ~ぷっっっはぁあ!!」
仕事終わりのビールは旨い。
などとベタな感想を浮かべるのはボロアパートの二階に住む男。
日付が変わるころに帰宅し、夜明けまでのこの時間を生きがいとしている。
早く家庭を作れとうるさい両親。
自分より優秀で充実した生活を送る仕事の後輩たち。
よく冷えた缶ビールからはだらだらと水滴が垂れて、下敷きになっている
昔の友人からの暑中見舞いのはがきに染みを作った。
「ちっ……夜だというのに暑いんだよなぁ」
男はビールを手に持ったまま部屋の窓を開けた。
部屋の中に比べれば涼しい空気と、むわっとした空気が入れ替わるよう。
男はその感触を味合うと、窓の外を眺めながら片手のビールを飲む。
窓から見える景色はロクなものはない。
昼間こどもがうるさい空地やここと同じようなボロい建築物、美人じゃないママのいるスナック。
強いて良いものを挙げるなら、今どき珍しいエロ本の自販機ぐらいか。
「まぁ、中身がないんだよなぁ……ただの置物だ」
と、頭の中で周囲の風景について誰に語るわけでもないのに思い浮かべた。
「……はぁ……」
「うん?」
男がビール缶の半分ほど飲み、なんだかもったいない気持ちになってもっと味わって飲もうとしたときだ。
つまらない風景に動く人影が混じていることに気が付く。
それは小汚い街灯の下、数は二つ。
かすかに漏れる声で判別できるのは、一つは男でもう一つ女であること。
「ははぁーっん……」
昼間は子供の遊び場もあるここは人通りが良いが、夜はほぼ誰も通らない。
周囲のボロアパートの住人ぐらいだろうが、その住人たちは夜行性のために夜は外出している者が多い。
この辺は『お楽しみ』をするには最適なのだろう。
男は街灯で照らされる二人を下品な目で見つめる。
「うっ……」
「……あ……っ」
壁に追い込まれる女とそれに被さるようにしている男。
二人から漏れる吐息をつまみに一気にビールを飲み干す。
「っは……!!ったくぅ!人前でぇ!」
彼の感覚では丁度良い具合になったボロアパートの男は、まだ冷えている空き缶で悪戯を思いつく。
「少し驚かせてやるかぁぁぁ」
二人の付近を睨むような視線で窓の外に缶を投げつけようとした。
だがそれが彼の手から離れるより前に、第三の人影を見つける。
それは女の形をしていて、二人を少し離れたところから観察している。
闇を纏いながら、愛し合う二人を見て……「笑っている……?」
なんとか女の表情を確認できた男は、その妙な女を無視して自身の悪戯を実行する。
からん……二人を照らす電灯の足元にビールの空き缶がぶつかり音を響かせる。
投げた当人はこれから驚き慌てふてめく二人の姿を想像した。
誰かに見られていないかというスリルを味わいつつ、誰にも見られていないから安心する。
それをぶっ壊してやり、困惑する二人の姿をつまみにもう一本ビールを飲もうと考えたのだ。
だが、いくら待とうとも男が求めるような反応は無い。
変化と言えば、二人から漏れる声が大きくなったことぐらいだ。
「……た……てぇ」
「……たいよ……!」
そして、壁に手をついていた女が地面に倒れると男も覆いかぶさったまま一緒に倒れる。
そこでやっと男が二人の異常さに気が付いた。
「なんだ……あいつら?」
耳に入ってくる喘ぎ声は苦痛によるものだと男が理解した。
「なぜ……?どうなって……」
困惑させるつもりが逆にさせられた。
コンクリートの上で重なる二人のその顔を見ると、片目と片目が交わっていた。
女と男が、まるで色違いの粘土をぶつけたように一体化していたのだ。
「助けてぇ」
「痛いよ……!」
今なら二人から漏れた声の意味がはっきりと聞き取れる。
男は思わず目をそらすも、その視線の先にはあの女がいた。
ずっと、この異常な状態を眺めつつ笑っていたあの女が……だ。
「ふ……ふふっ」
「……っ!!」
目が合ってしまった。
闇の中でもわかることは、女の眼が正気でないと語っていること。
男は恐怖から、その現実を遮断するように窓を力のままに閉めた。
「いや……」
認めない。
「いやいや……」
酔っているだけだ、あんなことが現実ではない。
男は自分自身にもう一本ビールを飲んで酔いつぶれてしまおうと提案する。
このまま眠り、朝になればあの二人もあの女も跡形もなく消えている。
男が冷蔵庫で冷やされ続けた缶ビールを手に取る。
……よく冷えている。
その手の感触が男の都合の良い考えを比定するが男は気にしない。
酒だ、酒に溺れれば恐怖など……
「……ビールお好きなんですね」
「…………ッ!?」
弱々しい、まるで死にかけのような女の声。
だというのに恐怖を男に感じさせる。
振り返るな……!と頭の中で騒ぐも、その当の頭はそれに反した行動を取る。
開いた冷蔵庫から放たれた冷たい光は、男が振り向いた先を照らした。
白と黒、つなぎ合わせた歪な仮面。
女の表情は見えない。