29償い
「……ここか」
「えぇ、そのようね」
あの夜の一件から数時間後、日が昇りきった頃。
静寂の魔刃の力により生きたまま停止させられていた夕河の両親は
無事に解放されていた。
一度自宅に帰された詩朗だったが、今目の前の建物に来るように命じられていた。
隣にはこの件の中心にいた夕河暁もいる。
「ご両親は大丈夫なのか?」
「ああ……いい加減な両親だからね、ぼっーとしてたら数日たってたーって元気に騒いでた」
「そ、そうなのか……?」
彼女の両親はどうも金縛りにあって変な夢でも見ていた、と思っているようだ。
実際に数日経っていたり、夫妻が二人いっぺんに金縛りになっていたが気にしなかった。
詩朗は彼女の両親にいろいろ言いたいが、魔刃の件ゆえこのままでもいいかとも思う。
二人が訪れたのは街にあるホテル。
エントランスで対魔刃部隊の少女が待っていた。
小柄で、彼女を知らない者が見れば小学生に見えるが詩朗達と同い年である。
ソファーに身を沈めていたが、二人の姿が目に入るととび上がって二人の方へやってきた。
「はーい!二人ともどーもー!」
「ああ、どうも」
「……こんにちは」
妙なテンションで話しかけられた二人、詩朗はその小柄の少女から生クリームの匂いを感じた。
詩朗はその甘い匂いが彼女がご機嫌な理由だろうと推測した。
このホテル、たまにケーキ食べ放題をやっていること思いだしたのだ。
「さっそくだけど、車を用意したので乗ってもらいます。いーですかー?」
二人はお互いの顔を合わせ、頷いた。
進む少女の後をついていく。
「(彼女の名前はたしか、青井凛子といったな……)」
詩朗は彼女に面識があった。
癒しの魔刃との戦闘後、対魔刃部隊の拠点で自己紹介をしていた。
とはいえ、名前しか知らないのだが。
「さー乗って乗って!」
詩朗と夕河が車の後部座席に乗りこみ、助手席には青井、運転席には黒いスーツの男が座った。
「……今回は目隠しはしないんですね?」
詩朗は前回、対魔刃部隊の拠点から自宅に帰されるとき道を覚えられないようにされていた。
「うん、『次』からは自分で来てもらうことになるからね」
10分ほど車に揺られていた。
詩朗達は車の中で、事件の結末を聞かされた。
市内の公園で魔刃の破片と魔刃が支配していた人間の遺体が発見された。
大部分が失われ、ほんの一部だけ捨てられたように残っていたことから
他の魔刃に襲われ、捕食されたと推測された。
魔刃を喰らい続けた静寂の魔刃、彼の最期は魔刃に喰われるというものだった。
走る車が、剣之上市のちょうど中央に位置する高層ビルで車が停止すると「着いたよー」と青井が後部座席の方へ二人に告げた。
高い背のビルを見上げた詩朗だったが、今回用があるのは上ではなく下であった。
市内の高層ビルの地下に広がるのが青井の所属する対魔刃部隊の拠点である。
エレベーターが開くと、詩朗が一度みたことのある光景が広がった。
「やぁ……ちょっとぶりだな、後輩?」
「日野先輩……」
詩朗と夕河の二人は彼に頭を下げた。
昨夜、静寂の魔刃を撃退したのは彼だ。
「ふっ……やめろ、後輩を助けるのは先輩として……いや選ばれし者として当然だ、ぜ」
「…………」
青井に一瞬睨まれた上機嫌な日野はわざとらしい咳払いをし、詩朗に話しかけた。
「それにしてもお前もめちゃくちゃな奴だな、魔刃のふりをするとは」
「うっ……すみませんでした」
「ほんとにね……」と言いながらそこにやってきたのは、この前詩朗が
ここに来た時に、彼に包帯を巻いていた女性、黄鐘。
「二人とも、あなたたちの事情は把握しました。けれどあなたちは
人々に恐怖を与えたうえに、都市伝説であった魔刃の存在を一気に広めることをした」
「私……私が悪いんです。もとはと言えば興味本位で関わったから……」
「…………」
黄鐘は何も言わない。
いつか魔刃の存在は公に知られる存在になる。
だが、まだその時ではないというだけだ。
「夕河さん、月村くん。あなたたちは罪を犯した、たとえ人を救うためとはいえ……」
人を欺き、凶器を振るい、混乱と恐怖を利用した。
「だから、償いをしなさい」
「償い……俺たちの罪」
実行犯であった詩朗は覚悟していた。
なんとか夕河は免れないかと、交渉しようとしたが当の本人が止める。
彼女だって共犯者だと自覚しているからだ。
「夕河さん、あなたは魔刃についていろいろ調べていたわね」
「……はい」
「あなたは自分が魔刃に関わったから両親が危険な目に会うことになった……
そう言うけど、それがあなたの償いの仕方なの」
「……え?」
困惑した夕河に続ける。
「例のサイト、あそこには魔刃について情報が集まる。あなたの記事目当てにね」
黄鐘が望んでいるのは夕河の管理する『ますかれーどちゃんねる』に寄せられる情報。
今回の件でもすぐにあのサイトに情報が集まっていた。
仮面の怪人の記事には『予知』の魔刃についての考察も行われていた。
今、この街に現れる仮面の怪人……つまり魔刃についての一般人の情報が一番集まる場所なのである。
「私は……」
彼女は思い出す、自分が初めてサイトを立ち上げ自分の記事を誰かに見てもらったときのことを。
初めて投稿したのは誰もが知っている有名な怪異達。
だんだん人気が出て、趣向もマニアックになっていく。
そして、出会ったのが仮面の怪人たち。
「私は、やります……やらせてください!」
今回の件、彼女が魔刃を追っていなければ巻き込まれなかっただろう。
危険な目に合わせた両親、巻き込んだ大勢の人々、そして両親を救うために罪を負わせてしまった詩朗。
自分が作ったものによる罪を自分で作ったもので償えるなら……
「うん……」
黄鐘がうなずくと、次に詩朗に顔を向ける。
「月村詩朗、次はあなたね」