27先導者
ビルの屋上から見下ろせば、人の形をした者しか見えないだろう。
だがそれは夜の闇に隠された幻にすぎない。
ここにいるのは少なくとも、人と呼べる存在達ではない。
仮面を手に持つ男、日野研司は部隊の人間達にも下がらせた。
この狭い空間ではただの人間の出る幕はない。
「狩りというわけか、選ばれし者よ」
「……ああ、始めるぜ」
『先導者』と呼ばれた魔刃は日野の手の中で『静寂』をあざ笑う。
哀れな獲物だとでも思ったのだろう。
無論、静寂の魔刃はそのまま逆に考えていた。
狩るのはこちら側であると。
「人間についた魔刃など珍しくもない……一体この俺がいくつの魔刃を喰らったと?」
先導者の魔刃など名を聞いたことのない、ありふれた魔刃の一人だと驕る。
だが男が仮面を被ると同時に、なにかが静寂の魔刃に注意を呼び掛けた。
それは本能のようなものなのかもしれない。
「選ばれし者よ、剣を……」
「……ああ」
軽く振るった手のひらから細長い針のような刃が出現する。
これが『先導者』の刃だ。
長さはそれなりにあるが、細く、脅威には感じないだろう。
しかし静寂の魔刃は先ほど感じた感覚を元に警戒は怠らない。
後に少し下がると、夕河の情報を元に奪った魔刃の力を取り出す。
「『断片』だったか……?」
静寂の魔刃の手首の辺りに線のような傷ができたと思えば、
次にその傷がぱっくり開き、傷口から刃の先を見せる。
その鋭いものを静寂の魔刃は日野に向けた。
「『拡散』」
その一言が引き金の代わりだった。
傷口が一気に開いて潜んでいた刃が日野めがけて飛び出す。
まだ完全に魔刃の肉体になっていないため、射出された刃には
静寂の魔刃を被った男の血が付着している。
「……ふっ…ん!!」
日野は自分に向けられた刃に目を向ける。
勢いよく飛んでいるが躱せないものでもない……と思っていたが。
刃は日野の前ではじけた。
「……ッ!?」
細長い刃で、静寂の飛ばした刃片の軌道を変えるが
対応できなかった刃片が肩に突き刺さる。
されど傷は大きくなく、大したダメージではない。
「驚いた……がそれだけだな、次はない」
「油断はよしなさい、選ばれし者よ」
「……ふっ」
日野は細長い刃を握りなおすと、静寂の魔刃に刃の先端を向ける。
「お返しだ、魔刃」
肩に受けた傷口から血が少し流れると、日野の体内に入り込んだ刃片が
静寂の魔刃のもとに飛び出す。
放たれた刃は日野の支配下にある。
静寂の魔刃は一度は避けるが、通り過ぎた刃がくるりと向きを変え、
もういとど襲い掛かってきたのを確認すると、刃片を叩いて粉々に砕いた。
日野に対して背を向ける状態になった静寂の魔刃。
その隙を、日野は文字通り突いた。
突き刺した刃が抜けないように静寂の魔刃に密着した日野は、
次の攻撃を口に出しながら実行した。
「血よ、流れに逆らえ」
「……ッ!?」
静寂の魔刃にその言葉が届くと同時に、異変が起きる。
まだ完全に魔刃の体になっていない彼の体。
その人間の部分がどんどん破壊されていくのを感じていた。
だが、ただ無力に壊されるのを受け入れたのではない。
すぐに反撃に移る。
「『断片』ッ!!」
魔刃の苦痛をごまかすためにあげた叫びに反応した日野は、
すぐに突き刺さった刃を、足で相手の背を蹴る反動で引き抜いた。
体勢を崩した静寂の魔刃は地にひれ伏すが問題はない。
反撃はそのまま行われた。
「『拡散』……ッ!」
背から生み出された刃片は先ほどよりも多く、それらが一斉に発射された。
ビルの間の狭い空間では、それらのほとんどが日野にとって脅威になる。
だが対応できれば問題はない。
「選ばれし者よ、とどめを……」
「ふっ……」
日野は握った刃の先端をくるくると、円を描くように振る。
そしてその動きと同じく、放出された刃片は空中に円の軌道で動きながら留まる。
それは防御行動であって、それに加え最後の一撃の攻撃準備であった。
「全ての刃片に命じる、一斉突撃だ……!!」
円の軌道に乗っていた刃片達がまとまり、一つの剣となり静寂の魔刃へと向かう。