26月下
静寂の魔刃、彼の望みは穏やかで争いとは無縁でいる事。
それは他の強者達に怯え、身を隠して不自由であることではない。
幸福でなければならない。
人生において幸福と不幸は釣り合うものだ。
永遠の安然のために、今は自分の意思に反してでもリスクを負う。
静寂の魔刃においてこれは最後の試練だ。
敵は未来予知という強力な力を持ち、それでいて数多の魔刃を喰らった静寂を
恐れず誘い出すということをしている。
同じく、予知の魔刃とやらも同じく魔刃を喰らってきたのだろうと推測する。
静寂の魔刃は不気味とも思われる笑みを浮かべながら、家屋の屋根から屋根を飛び回る。
敵は強い、しかしそれは問題ではない。
むしろ殺して食えば、強力な予知能力に加えて戦闘能力の強化もできるのだ。
「これが……最後の戦いだッ!」
繁華街に出ると、今度はビルの間を駆け回る。
そしてついにあの異形の姿が静寂の魔人の視界によって捉えられた。
「……一撃」
まずは挨拶代わりの一撃である。
音を消し去り、背後から異形に向けて刃を振り上げる。
空気を斬る音すらなく、それは振り下ろされるだろう。
だが静寂はこの一撃が当たるとは思わない。
今から奪う予知の魔刃の力をまずは見ようというのだ。
……だが、彼が予期したような回避行動を異形は取らなかった。
それでいて拍子抜けな結果にもならなかった。
「…………ッ!?」
静寂の魔刃が気づいたときには壁に自身の肉体としていた男の血をぶちまけていた。
あの異形に気を取られていたため見逃していたのだ。
夜の闇に紛れた数人の武装集団を、脅威であると認知していた彼らを見逃してしまったのだ。
「……ッアガァアア!人間どもォ!」
鉛の雨を受けながらも、集団に吠える。
静寂の名を持つというのに、怒りを向けられた対魔刃部隊の者達は
その声で一瞬動きを止めてしまう。
そして、それを見逃さず飛び掛かる。
魔刃の肉体は、集団に迫りながら変化する。
人の姿の面影を完全に消し、怪物という表現がふさわしい姿に。
全身が刃のような存在である魔刃は触れるだけで常人は肉が裂け、血を流すだろう。
動きを止めた愚かな者達に、死を振舞うとする。
だが、またもや彼の予想外の事が起きた。
「……なっ!?」
「……ふっ……んッ!!」
鉄の棒のようなもので魔刃の攻撃は受け止められる。
互いがぶつかった音、カキンッとビルの谷間で響かせ、棒の方が二つに分断され片方が地面に落ちる。
手元に残った鉄の棒を同じく地面に転がすと、その静寂の魔刃の前に立つ男は背後の異形に声をかけた。
「ふぅんっ!!……!後輩、下がってろ……」
その異形の者は、顔を覆う仮面を外しながら後へ、言われたままに動く。
静寂の魔刃は目の前の男が下がらせた者の顔をよく覚えていた。
自身の協力者、夕河暁に連れてこさせた男だ。
つまり……
「うらぎっっったぁあああなああぁああああッ!!ニンゲンガァアアアアッ!!」
静かな夜の街を引き裂くその声、だが彼の前に立つ男は動じなかった。
その男は見せつけるように、どこからか出した仮面を手に取る。
「ふっ……さぁ……始めようか―『先導者』―!!」