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マスカブレード  作者: 黒野健一
第二章 静寂/父と母
24/120

24決意

カーテンの隙間から夕焼けが差し込む。

リビングの明りのスイッチを押すと、床に二人の影が生まれる。

テーブルの上に、「仕事にいってきます、夕食は冷蔵庫に」という書置き。

どうやら詠はいないようだ。


「話を聞こう」

詩朗がコップ二つと冷蔵庫からとりだした冷たい麦茶のペットボトルを持ってくる。

冷や汗なのか、真夏のせいなのかわからないが夕河は汗をかいていた。

喉が渇いている夕河は、一気に飲み干して語りだす。


「……助けて欲しい」

「…………それは」

つまり、静寂の魔刃を裏切るということ。

彼の望む情報を与え続ければ家族を開放してくれるかもしれない、という

望みに賭けるのではなく、自ら行動して静寂の魔刃の手から家族を取り返すということ。


当然危険はともなう。

ヘタをすれば両親どころか自分たちも死ぬかもしれない。


「……難しいことだ」

詩朗が夕河に話した通り、対魔刃部隊とのつながりは無い。

この状況で、他者に助けを求めることはできない。

しかし、夕河にとってただ一人救いになるかもしれない者がいた。


それが、月村詩朗だ。


あの美術館でのように、魔刃と戦えというのだろう。

「君に危険なことをしろと、最低なこと言っているのは自分でもわかっているっ!けど……」

苦しそうに言葉を紡いでいる。

彼女にとっても、数少ない友人の一人だ。

家族と同じくらい次に大切な人間。


そんな彼に死ぬ恐れのある、危険なことをさせるのを彼女はためらっていた。

しかし、両親がいつ殺されるかわからない。

もしも自分が用済みになれば、素直に両親を返してくれるのか?

彼女の恐怖は尽きない。

今まで追っていた存在が、こんなにも恐ろしいものとは思っていなかった。

自分に牙をむいて初めてわかった。


魔刃は、人がどうにかできる存在じゃない。


「頼む……私のすべてを捧げても良い!だから、両親を……」

床に手を置いて、頭を深く下げる。

彼女がそんなことをする人間だとは思わなかった詩朗は驚き、思わずイスから飛ぶように立ち上がる。


彼女のその姿を直視できなかった。


「……すまない、無理なんだ、俺は……」

詩朗も息を詰まらせながら、話す。

彼が対魔刃部隊に保護されたときに、復讐の魔刃を没収されたことだ。

もう彼には魔刃と戦う力など無い。

ただの男子高校生に、魔刃は倒せない。


唯一の希望は絶えた。


土下座までさせたのに、と詩朗は胸に手を当てて目をつぶっていた。


両親の死……救えるものなら救ってやりたい。

普段は自由奔放で、一人でいて誰にも弱さを見せなかった彼女の真剣な望みを叶えたかった。


だが彼にその力はない。


すまない……すまない、とただ哀れな彼女に謝罪するしかできない。

月村詩朗は、無力だ。





「……いや」

だがどうしても友人の、両親を救うという望みを叶えたい。

彼の頭は無力さを感じ、絶望するだけのためにあるのではない。

必死に、恐怖を否定しながら自分にとれる行動を考え、そして思いついた。


「救おう、夕河の両親を」

「え……?」

顔を上げた夕河の表情に少しだけ、希望が宿った。

その顔に、詩朗の心が強く打たれた。


そうだ、誰だって絶望した顔なんか見たくない。


詩朗はこれから夕河に話す事をやり遂げると覚悟した。

それには夕河の協力も必要だと、彼女の両親を救う作戦を伝える。


「……君は……ほんとうに、どうしてそこまで……」

「……俺、嫌なんだお前に……俺と同じ思いをさせたくないんだ!」


作戦内容を聞いた夕河は、その内容に戸惑う。

「……だけど、君を危険に晒すだけでなく、君は必ず……」

両親は救いたい、だから友人を危険なことに巻き込む覚悟はしていた。

しかし、この作戦はあまりにも彼に救いがないと、夕河は感じた。


「いいんだ、もし全てうまくいけば……さ」

テーブルの上の書置きをもう一度見つめる。

頭に思い浮かぶのは、怒りか悲しみの表情を浮かべる詠の顔。

これまで両親の代わりをしてくれたのに対して、最低の報い方をすることは理解している。

しかし、詩朗の心の奥底から浮かんでくるものが彼を抑えることをさせない。

……それは幼少の頃の絶望の記憶。


「俺に会いに来てくれよ、とびっきりの笑顔でさ」




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