16包帯
「それでは服を脱いでくださる?」
「は……はい……」
顔が自然と熱くなってくる。
黄鐘に背を向ける詩朗が服を脱ぐと、黄鐘の白い手が彼の背中に触れる。
汗で濡れた包帯をゆっくりと外していくその手際は、だいぶ慣れているようだ。
「前……失礼しますわ」
エアコンで冷やされた空気と共に、彼女の吐息が汗で濡れた体に触れる。
「……」
詩朗はただ黙って、彼女の仕事の邪魔にならないようにじっとしていた。
つばを飲む音も聞かれたくなかったのでゆっくりと口の中唾液を
喉の方へと追いやる。
「次は、腕、ですわ」
「はい……」
詩朗が腕を突き出すと彼女がその腕をとり、包帯に指をやる。
「……あ」
その腕の包帯というのは先ほど学校の有名人、日野研司からもらったサインであったが、
彼女はそれをなんのためらいもなくゴミ袋へ突っ込まれていく。
詩朗も惜しくも思っていなかったのでそれ以上は何も言わなかった。
「さ、傷も残ってませんわ。よかったですわね」
「はい、ありがとうございます……」
指がすべて繋がっている。
それもちゃんと動かせるということはあの癒しの魔刃の能力のおかげだろう。
「それで……俺は……」
対魔刃部隊、彼らは自分たちの事をそう言った。
詩朗は自分の命の危険に巻き込まれたとはいえ魔刃の仮面を被り、さらに
他の魔刃を倒してしまった。
「あなたがあの魔刃を被っていった者ですわね」
「…………ああ」
黄鐘が先ほど見せた、復讐の魔刃が入っていたケースと同じものを持ってくる。
その中には別の仮面が入っている。
「このケースは魔刃の力の源を遮断する力があるのですわ」
詩朗が先ほどの復讐の魔刃の様子に納得がいった。
あの魔刃がなぜおとなしくケースの中に入っていたのか。
「死んでしまったのか……?」
「いえ、一時的に眠っているような状態ですわ」
ケースを開け、その中の仮面を手に取る。
「御用ですか?我主よ」
「いいえ、眠っていたところごめんなさいね」
再びケースの中にしまうと仮面はそれ以上何も言わなかった。
「魔刃……ってなんなんですか?」
被ると人格を侵食されたり、特殊な力を得るその仮面。
復讐の魔刃が言っていた魔刃の王、人類を支配していた存在。
そんなものがなぜ世間に隠匿されているのか。
「この街……について話さないといけないわね」
詩朗達が住む街、剣之上市。
この街ができるはるか昔、ここは魔刃達の墓場だった。
王が敗れ、人々が代わりに住むようになり、ここが魔刃たちが滅んだ場所であったと
知る者はほんとどいなくなっていた。
この地に産まれ、彼らに支配されていることを当然と思っている人間もいた。
彼らの中には魔刃達を神として崇拝していた者もいたようだが、歴史的には葬られた存在である。
だがこの街にはたしかに魔刃達の遺産が眠っている。
「魔刃達が活動するためのエネルギーの源がここの地下に一緒に存在しているらしいわ」
ケースの中の魔刃を見つめている。
黄鐘の事を主と呼ぶ、あの少し堅い雰囲気の魔刃から聞いたのだろう。
「人間に力を貸す魔刃もいるんだな」
「えぇ……王が倒されたのも人間に力を貸した魔刃がいたからそうですの」
魔刃の王、復讐の魔刃の標的である。
「復活を阻止すること、人々を守ることがこの組織の目的ですの」
「人々を守る……」
詩朗が服を着ると黄鐘が彼の荷物を寄越した。
とはいえ、大したものでもない。
病室に置いてきた彼のカバンや携帯電話だ。
学校の帰りに喫茶店に寄ってから美術館で襲われ病院で目覚めて……
「……あ」
携帯の画面には現在の時刻、どうやら詩朗は
あの河川敷で倒れて丸一日眠っていたようだ。
そして数件の不在着信履歴、夕河とおばの詠からの電話だ。
おそらくどこかで事件を知ったのだろう。
心配して何度も電話をかけてきたのだ。
「……夕河は興味本位もあるか」
詩朗が家に帰れるのか聞いてみた。
黄鐘は少し考えたが彼の帰宅を許可した。
ただし、この組織の事と魔刃については外部に話さないという条件をつけて。
詩朗がどういう人間なのかは彼がどこの学生かすぐに判明したので調べるのが容易であった。
ゆえに彼が秘密を洩らすような人間でないと判断したのだ。
「…………」
これから普通の日常に帰れるのだ。
夏休みの初日から大変なことに巻き込まれたと思いながら
傷だらけだった腕を眺める。
ただ、心残りなのは…………