13太陽の下で
どんどん昇る太陽の下、河川敷。
夏休みの朝の代名詞であるラジオ体操が行われている。
子供から老人まで、みな元気そうに体を動かしている。
だがそれを目障りに思う者もいた。
「うるせぇええええぇ!!」
鋭く尖った刃が今どきめずらしい古いラジカセを貫いた。
そして刃を払い、刺さったラジカセは河川敷のどこかに投げ飛ばされる。
その場の空気が一気に凍りつく。
突然現れた謎の女。
片方の腕は鋭い爪が生えていて、もう片方は存在しない。
その顔には緑の葉っぱの上に十字のような形に赤く塗った奇妙な仮面。
その場にいた皆が恐怖するのも無理はない。
ほんの数秒で河川敷に静寂が訪れた。
仮面の女が望むがままに。
「やっと静かになったわぁ……」
失った片腕……と言っても彼女が自分ででもぎ取ったのだが、傷口をさすりなが
瞼を閉じて河の流れる音に耳を傾ける。
彼女の耳に涼しい印象を与える音が入ってきて心地よくなる。
「ふぅ、最初っからこうすれば良かったわぁ」
眼を開くと彼女の失われた腕が再生されていた。
ただし、彼女の腕はもう片方と同じく鋭い爪が生えたものであった。
もともとの大きな刃の腕は重く、使いずらいとずっと考えていたのだ。
いつか機会があればこうしようと、女の体を乗っ取ったときから考えていたのだろう。
仮面で表情は隠されているが、すっきりとした様子で満足しているようだ。
「……みつけたぞ!!」
仮面の女、癒しの魔刃の背後からすこし離れたところから聞こえた。
彼女が振り返ると二人組の男が拳銃を片手にゆっくり近づいてくる。
「……だぁれぇ?」
「警察だ!!連続襲撃犯!!」
癒しの魔刃はどうすれば良いか迷った。
どう対処すれば良いか?という問題ではない。
拳銃をもった『ただの人間』ごときは問題ではないが、ただこの男に対して
嗤えば良いのか、呆れればよいのか。
「めんどくさいわぁ……癒しの場で余計な事考えさせないでぇ?」
静かな場所で身も心も癒す。それが彼女と彼女の望み。
ただ『彼女』は彼女と違い、それを乱すものは排除する。
「村上ィ!!」
二人組の中年の方が前に出て、拳銃を構える。
だが引き金に指をかけたその時点で、もう決着はついた。
その拳銃に銃口は存在しない。
……もう切り落とした。
「……なッ!?」
「正堂さんッ!!」
あと少し踏み込まれれば刑事の指も飛んでいた。
運が良かったとしか言いようがなかった。
そして彼は運が悪かった。
次に取った行動が距離をとるのではなく反撃であったことがだ。
腹が出ているだらしない彼だが、それでも刑事だ。
相手を無力化する技術は当然持っている。
「うぉおおおおッ!!」
掴み、投げ、固める。
相手の両腕の凶器になる爪を使わせないように注意を払っていた。
だがそんなことは通用しない。
彼が女に触れたその瞬間。
彼の掌がぱっくり開いて血があふれ出した。
「……ッぐああああ!」
そして癒しの魔刃は、理解を超える現象に呆気にとられているその刑事を蹴飛ばす。
地面を転がりながら、若い刑事の後ろまで飛ばされる。
もちろん一般的な女性の体格である彼女が出せる威力ではない。
すぐに若い刑事も警戒心を高める。
「止まれッ!動くなッ!!」
そんな声を上げるが、もちろん聞くはずがない。
魔刃にとって、それは警告ではなく命乞いに聞こえたからだ。
「動くなと言っているだろう!!」
静かな河川敷に響く大きな破裂するような音。
火薬の匂い、彼は女の足を狙って発砲した。
放たれた弾丸は太ももの中にとどまっている。
化け物じみてる女もさすがにバランスを崩し、動きを止める。
「うっ……お前……」
オマエ。
「お前……ッ!!」
オマエ、オマエ、オマエ。
「うっ……いったい何を……!」
刑事が目にしたのは狂気的な行動。
女は自らの尖った爪で太ももの肉を抉り出す。
受けた銃創が新たな傷と混ざり合う。
「お前ぇえええ!!」
痛みではなく怒りで震える彼女の指先には、刑事の放った弾丸。
……刑事の恐怖はそこで終わらない。
眼をそらしたくなる醜い傷がすごい勢いで塞がっていく。
「オマエヲコロス」
その一言は、死神の宣告のようなものだった。
若い刑事が遠くに感じていた概念が一気に近寄ってくる。
来るな、来るな、くるなくるなくるなくるな!!
声に出せず、頭の中で叫んでいる。
自分の手には人間の生み出した心強い武器を握っているのにも関わらず、それを
忘れるほど、それが無力に感じるほどの恐怖。
ただ立ち尽くしたまま、その長い爪を死神の鎌として受け入れるしかなかった。
「ウァアアアアアァアアアアァアアアアッ!!」
その人が出すものに聞こえない絶叫は恐怖で動けない若い刑事のものではない。
しかし目の前の死神のものでも、後でうずくまっている中年刑事のものでもない。
二人目の仮面の者、突如現れたその者は自身の指を掴んで叫んでいるのだ。
「な、なんだ!?」
「……また、かぁ?」
掴みとられた指は、もう片方の手の指で挟まれ、その指の元々生えていた箇所から刃が生える。
「戦闘再開だァ!!」