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マスカブレード  作者: 黒野健一
第七章 終幕/仮面/舞踏会
116/120

116咆哮

 復讐者の無数の口が、一斉に叫び、うなりをあげる。


「お前ぇえええ!!」

「あなたァアアアアッ」

「テメェェエエエ!!」


これまで捕食してきた魔刃の復讐心が、本体である彼の真の復讐心に共鳴したのだ。

おびただしい量の憎悪が、天野へ集中する。

もはや、復讐者の魔刃自身でさえ、自分を抑えることができない。


「ダァアアアッ!」

「やらせませんよ」


糸の魔刃と交戦していた解放の魔刃が、片腕でそれを受け止める。

当然、糸の魔刃もその隙を逃せまいと、攻撃を仕掛ける。

同時に二体の魔刃を相手に、解放の魔刃は天野とOverloadシステムを守りつつ、戦いを続ける。


「さすがは、かつての救世主さまね」


後方で鑑賞しているのは、傍観者の魔刃。

彼女の戦闘力は、およそこの三体についていくことができない。

ゆえに、隙をみて、天野のところにある魔刃の王、支配者の仮面を奪い、喰らおうと様子を伺っている。


 天野は、装置をいじりつつ、周囲の警戒を怠らない。

Saverシステムを、現在最高の刃覚者としての力を持つ少女を使い、眠りについたままの王の力を引き出す。

それこそが、Overloadシステム。

それの完成を、現在進行で行っている。


「進捗率90%です。解放の魔刃、もう少しだけ耐えてください」

「あぁ、安心しろ、慣れているのでな。魔刃を殺すのは……」


復讐者の重い一撃、糸の広い範囲攻撃とトリッキーな動き。

それら全てに対応しつつ、糸の魔刃の仮面に触れ、その力を放つ。


「解放せよ」

「……ッ!? いやぁ!!」


解放の魔刃が念じると、糸の魔刃の仮面から、青白い刃の欠片がボロボロと零れ落ちる。

それは、糸の魔刃が捕食した略奪者の魔刃の斬骸であった。


「いやだ、奪うのは私たち……なの!! 私から略奪者を奪わないでぇ……」

「ふん……」


足元にある、略奪者の刃片を踏む砕くと、抵抗していた糸の魔刃の力が抜けた。

まるで魂が抜けたような彼女にとどめの一撃をその仮面に喰らわせる。


「まずは一体……」

「ガァアアアアアッ!!」


糸の魔刃の仮面の破壊と同時に、滑り込むように下方から攻撃を仕掛ける復讐者。

しかし、それを跳躍で躱される。

だが、復讐者の目的は不意打ちではなかった。

空にとんだ解放の魔刃の手から、砕かれた糸の魔刃の刃片が落ちてくる。

それを、復讐者の仮面の無数の口が、長いベロをだしてキャッチし、そのまま仮面の中へ吸収していく。


「アバレろよ……オマエの復讐心を、俺の中で」

「……ほう」

「ウバウウバウウバウッ!!ワタシは許さないいいいいィ!!」


復讐者の魔刃から真っ赤な細いワイヤ―のようなものが伸びる。

それらは復讐者に巻き付き、そして、大きな赤い繭のようなモノを形成させる。


「ガッ……ア……!!」


数えきれない者達の復讐心。

それら一つ一つが、復讐者の刃の肉体として、繭の中で実体化していく。


「ガァアアアアアアアッ!!」

「……おぞましい、数多の魔刃を相手にした私でも、初めてみるぞ、このような醜い者は……」


無数の目と口は仮面だけでなく、全身に、そして真っ赤な刃でできた赤い片翼を右肩に、左肩から左腕は、猛獣の顔のような構造をした怪物が繭から誕生した。

歩み寄るたびに、血のような真っ赤な液体の足跡が地面に付着する。

だが決して出血しているわけではない。

全身に配置されている口が大きく開いて、真っ赤な唾液を垂らしながら、各々に目の前の対象に憎悪のこもった言葉を狂った機械のように吐き続けている。


「人よ、いや、もはや人ですらなかったのだな。同族とも思いたくないが、私と王との目指した世界のために、ここで果てろ……」


解放の魔刃はすさまじいスピードで、真っ赤な怪物を通り過ぎ、背後に立つ。

そして遅れて、怪物の身体に斬撃の傷跡が開き、こんどこそ血液が飛び出したと思われた。

だが、もはや人ではない彼に、人間の血など通っていない。

飛び出した液体は、先ほどから垂らしているモノと同じ、その実態は、復讐心の実体化。


「ニクイ……」

「コロシタイ」

「……コロシテヤル」


液体同士が一定量集まると、液状の人型へと変異し、口と目が与えられる。

そうして怪物と同じく、憎しみの言葉を吐きながら、解放の魔刃の元へ歩み寄っていく。


「気色の悪いッ!」


液状の人型を巨大な刃を出現させ、一掃するも、近づいてくる復讐者の足跡の液体から無限に湧きだしてくる。

さらにいえば、解放の魔刃が切り裂いた刃に付着した真っ赤な液体は、刃を溶かしていく。


「かぁさん、トオーサン。んんン?」


片翼が羽ばたき、赤い液体を解放の魔刃の身体全体に付着するように、風を起こして飛ばす。

解放の魔刃は、自身の能力で、体が溶けきる前に液体を自身の身体から取り払っているものの、その行為に気が奪われて、目の前の怪物の次の行動を気付くのに遅れた。

狼のような、獣頭の左腕の口が大きく開く。

真っ赤な牙と、目から足元の液体と同様のモノが流れている。


「これデいイのカな?」


復讐者の魔刃の左腕の獣頭は、その大きな口で解放の魔刃を飲み込もうとする。

当然、ただ飲み込まれるような者でもない。

大ぶりのかぶりつき、躱すのは容易である。

だが、ほんの少しだけ、牙が解放の魔刃の右足に掠ったのだが、その部分から赤い煙のようなものが発生し、傷跡がどんどんと広がっていく。


「おのれ……喰らえぇ!!」


傷が広がり続ける右足の先を相手に向けて、自身の能力で身体本体から射出して切り離す。

そして、すぐに刃の足は再構築されていく。

射出された足は、大きな矢じりのようなもので、突き刺さればひとたまりもないだろう。

復讐者は、右の片翼でそれを防ごうとするも、勢いと大きさによって、翼を貫通し、胴体部分に先端が突き刺さる。


「がガッ……」


一時停止、思考停止、そして自身を守ることを中止。


「ガァアアアアッ!!」


突き刺さる刃から引きちぎるように片翼を広げ、その翼の羽一つ一つがナイフのようになっていて、周囲全体に向かって無作為に飛ばす。

今までの交戦を見ていた傍観者が一番にそれに対応し、すべての攻撃を避けきったが、脚がまだ完全に治っていなかった解放の魔刃は数十の刃をその身に浴びる。

それ意外も、地下の壁や天井、そして赤木が閉じ込められている赤い鉱石にひびを入れたり、システムの完成を急いでいる天野にも、一本肩に突き刺さる。


「くっ……」

「……ひヒャハぁ……ッ」


 天野の苦痛の声を聞き取った真っ赤な怪物は、まるで性的快楽の絶頂に達したかのような、愉悦の声を上げる。

そして、今度は獣の頭が、天野に向かっていく。


「させるかッ!!」


それを阻む解放の魔刃。

受けた刃のダメージがあるため、少し押され気味だが、片腕を巨大な刃に変化させ、それを獣に噛ませてその場に抑え込む。


「復讐者、オマエのその力は数多の魔刃達の憎悪の集まりなのだろう。ならばそれらを一つ一つを解き放っていくッ」


ギギィッ……徐々に押され気味だった解放の魔刃が、踏ん張り、そして押し返すように逆転していく。

文字通り、復讐心を解き放たれ、失われつつあるため、獣の頭も、片翼の翼も、赤くきらめいた光となって消滅していく。


「ふんッ!!」

「あっ……」


そうして、解放の魔刃の一振りによって、獣の頭が引き裂かれ、それと同時に、片翼も散らばる。

大部分の復讐心という力の源を打ち消された復讐者の魔刃は、その場で膝をつく。


「ようやく力尽きたか?おぞましき怪物よ」

「あっう……あぁ……」


あぁ……このままだとやられる。

そう悟った復讐者の魔刃は、まだ使っていない自身の力の領域に触れる。

それは月村詩朗という人間の人格。

復讐心以外の全ての部分。

それすらを復讐心に変換し、力に変えれば、もう一度……。

目の前の敵を屠れば、もう……。


「……消してしまおうか、俺も、コイツらも……」


復讐者の左腕に真っ赤な粒子が集まり、巨大な刃を形成しようとしている。

それを見た解放の魔刃もまた自身の刃を構え、一撃に備える。




「ふぅん……ったく、愚かな後輩だ」


後方から声、そして一発の銃声、その放たれた弾丸が砕いたのは、復讐者の刃。


「来てくれましたか、日野くん」

「……せんぱ……っい……」


失望。

月村詩朗の人格を刃に変換すれば、このような感情も感じなくて済んだのにとそう思った彼だったが、日野はもう一発銃声を轟かせる。

それが打ち砕いたのは、赤い鉱石。

閉じ込められていた赤木霧香が、解き放たれる。


「なっ……何をするつもりですか、日野くんッ!!」

「勘違いすんなよ天野博士、俺はアンタに選ばれてきたんじゃない」


そう、自分は選ばれし者なんかじゃなかった。


「俺は自分で選んでここに来た。これが俺の選択だッ!!」

「日野くん……あなたという人間はッ!!」


もう少しでシステムが完成しようというところで、赤木霧香が目を覚まし、外へ出る。

これではこれ以上システムの構築は行えない。


「おのれ。人間ごときがッ!!」

「あぁ、俺はただの人間だぜ、ほらよォ」


投げ捨てたのはGUN面システム。

日野の片腕には、根吹がもっていた単純な対魔刃用弾が装填されている銃。

あえて戦闘力の高い方のそれを放棄したのも、彼の選択の意思の証明である。


「おう後輩、俺はお前と違ってバケモンになるつもりはねぇ、だがな、オマエとめざすところは同じだッ!」

「日野、先輩……」

「愚かな!!」


結局、強大な一撃を用意できなかった復讐者は、解放の魔刃の一太刀で、体を真っ二つに裂かれる。

だが裂かれたそこから噴き出してきたのは、真っ赤な復讐心の毒の霧。

それを全身に浴びた解放の魔刃は全身の刃の鎧が溶けていく。


「こんなものッ……」

「させるかよ、救世主ッ!!」


まとわりつく霧を払おうとした解放の魔刃の足に対魔刃用弾があたり、彼の足が破損する。

一方、体の大部分を失った復讐者は、月村詩朗であったその肉体を捨てて、目を覚ました赤木の元へと、仮面からのびた細い刃の足で這っていく。

いつの日か、復讐の魔刃が言っていた適合性、赤木ならば復讐者の魔刃を受け入れられる。


「クソっ、させるか……!!天野!!」

「……ッ!」


黒藤忍の肉体を捨て、解放の魔刃もまた、仮面だけの姿となる。

そこに、もはや役割を失った天野が駆けつける。


「天野博士ッ!!」

「……ふんッ!!残念ですね、日野くん。本当に残念だ」


解放の魔刃に体を貸し与えた天野が、日野の放った弾丸を弾き、防ぐ。

仮面を失った黒藤は赤い霧の中で、そのまま蝕まれていく。

刃ではなく、生身の肉体にもどった彼女の身体はほんの数秒で霧と同化していく。


「あぁ……いやだ。夕河さん……夕河さ……」


ギロリと、最期の瞬間、眼球が新たな肉体を得た解放の魔刃の元へ動いて消えた。


「あの少女は実にいい器だった。己の願望を閉じ込めていて、それを解き放とうと撫でてやれば凄まじい適合力だった」

「ならば、捨てて良かったのですか?」

「天野よ、蝕まれた肉体よりかは貴様の方がまだマシだ。それに、オマエはすでに魔刃に汚染されている」

「私が……?何に?」

「王、支配者に、だよ」


眠りについていても、天野に力の一片を譲渡することができる。

そんな強大な力を持つのが支配者の魔刃。

そして、その力を使った天野は支配者の影響を受けている。

支配者と解放の魔刃は古代の戦いにて互いを理解した関係。

黒藤ほどではないが、適合はそこそこできよう。


「第二回戦、お互い新たな体で仕切り直しというわけだ」

「そのようですね、救世主」


解放の魔刃を被った天野の前に立つのは、復讐者の魔刃の仮面を持つ少女。


「……詩朗、さん?」

「ごめん。君を戦いに巻き込ませてしまって……だけど、これしか方法はないんだ。俺を被って、俺を、君の復讐心を受け入れてくれ!」







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