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マスカブレード  作者: 黒野健一
第六章 裏/霧
110/120

110彼女は人の死を望む

「どういうこと……青井さん」

「夕河ちゃんには話したかしらね? 私は魔刃なの。空白の魔刃ってね、知ってるでしょ魔刃は人間の肉体や記憶を受け継ぐ」

そして、自分は空白の魔刃としてではなく、青井凛子として生きていくと。


「だとしたら!!」

「私はもう、人間、青井凛子としては生きていけないのよ」


青井凛子は対魔刃部隊での出来事を話した。

黒藤が飛び出したこと、そして真木博士が裏切りをしていたこと。


「黒藤さん……」

「夕河ちゃん、心当たりあるのね」


夕河はうなずく。

喫茶店での出来事から、黒藤もまたなんらかの思惑があることを青井に伝える。


「喫茶店の子を……?」

「アイツか?あのガキ」

「以前、黒藤はさんはとてつもない刃覚者だって言ってたの」


この状況で刃覚者を誘拐する理由。

推測だが、とても人間にとって良い行動ではないだろう。


「天野博士は黄鐘ちゃんからの連絡を待たず、魔刃達の要求を受け入れ、街に魔刃を解き放ったわ」

「だから『復讐』をもちだしてここへ?」


 そして青井はここで最も伝えなければいけないことを彼女に伝える。

それは今までの自分の行いに反する行為。

そう、すべて、今までの彼女の『人生』そのものの否定である。


「私は、刃覚者……ううん。一人でも魔刃との戦いに巻き込みたくなかった。けど、もう頼めるのはあなたたちだけ」


青井凛子が頼んだのは、自分を復讐の魔刃に捕食させ、強化し、それを詩朗の元へ届けさせること。

天野や黒藤、そして街に解き放たれた魔刃達を食い止めること。

今まで、詩朗の介入に対して否定的であった彼女だったが、もうそんなことは言ってられない状況だ。

自分の信念を曲げてでも、この街を、人々を守る。

それが『人間』として生きた彼女なりの証であると考えたのだ。


「都合がいいのはわかってる。けれど……」

「まって、詩朗くんと連絡がつかないの」

「アァ?あの野郎、どうしたんだ?」

「わからない、これから詩朗君の家に向かおうと思ってるのだけど……」


月村詩朗がいなければ、復讐の魔刃に最も適した彼がいなければ、この騒動を収めることは難しい。


「……仕方がない。この街はもう危険よ今外を歩くのは一般人には危険すぎる」


街にはもう無数の魔刃が蔓延っている。

中には善玉の魔刃もいるが、凶悪ゆえに封印されていた魔刃も、すべてがこの街に解き放たれた。

今もこうしているうちに、肉体を乗っ取られたり、欲望のまま殺戮を行われているのだろう。


「とりあえず、こういうのはどうだァ?俺を夕河、お前が被って、青井同行のもと詩朗のヤロウを探す。

 そして探し出したら、夕河、お前はどっかに隠れてろ。あとは俺が『空白』喰って詩朗と奴らを皆殺しにする」

「そうね。それが一番夕河さんにとって安全かも」

「まってよ、青井さん。本当に、自分を犠牲にするつもりなの?」


青井への問いかけ、夕河が彼女のことを気にかけているのは分かっている。

だが、現実は非情であり、選択肢を与えてはくれていなかった。


「天野博士は魔刃の王の復活について、つまり最近の魔刃の配下たちと目的が同じであるような発言をしていた。

 もしも王が復活すれば、この世界に人間の居場所はない」


そうなれば空白の魔刃として生き残ることができたとしても、青井凛子としては死を迎える。


「今まで、私は『彼女』として生きようとしてきたし、あなたたちを戦いに巻き込まないようにしてた。

 けど、もう限界なの。私は、私自身を裏切ってでも、対魔刃部隊として、人間として最後まで生きるつもり」

「青井さん……」


「どうする、夕河ァ。お前たしか家族を魔刃に襲われて魔刃に対して恐怖心を抱いてたよなァ?俺を受け入れられるのか?」


そう。

夕河暁は、夏休みの静寂の魔刃の件で、この世の本当の怪物の存在に恐れを抱いていた。

関わり合えば、また両親が危険な目に合うんじゃないか、こんどは自分が死ぬんじゃないかと。


「正直怖い。でも、青井さんが決意したんだ。自分を殺してでも、守ると。だから……」


臆病な夕河暁を殺して、自分もこの街を、みんなを守る。

決意した彼らは、月村詩朗を捜索するため、まずは彼の自宅へと向かう。


 ……詩朗の自宅付近には、捜査の邪魔が入らないようにテープで包囲されていた。

中には数人の警察官もいた。


「何が……あったの?」


警察官に事情を聞こうとした夕河達だったが、そのまえに、詩朗宅付近に住む主婦たちが、家の周りでこそこそと噂話をしていたのが耳に入った。


「あそこの詠さん、お亡くなりになったって……」

「私、昨日警察に事情聴取されたわよ、あの黒いとても人間じゃない何かが、家から飛び出したって。あれ絶対最近噂の……」

「甥っ子の詩朗君だったかしら……彼も重要参考人として連れていかれたのでしょ?ご両親を亡くされて、おばぁ様もお亡くなりになって、唯一の家族だったのに……」


主婦たちの会話を聞いた二人は、もうこの場に用はないと判断し、早急に立ち去る。

目的地の変更。

場所は剣之上警察署、そこにいる詩朗へ直接会いに行く。


「詠さんを殺した魔刃……」

「夕河ちゃん……」


詩朗と親交があり、よく顔を合わせていた彼女もまた、その死に心を痛める。

だが、詩朗の心の痛みが、今の自分の何倍も大きなものだと想像すると、彼にこれ以上戦わせるべきなのか、あるいは復讐の力を以て、それを果たさせるべきなのか。

何が正しいのかわからなくなる。


「大丈夫、青井さん。早く警察署へ……」

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