109喪失者の魔刃
ぷつん……。
「あっ……」
ぬいぐるみを抱えた少女が、遠くない場所にいる愛しい『彼』の命の糸が途切れる音を感じ取った。
少女は暗い表情を、刃で構成された仮面で隠し、彼の元へと行く。
「あらら、死んじゃったか……まぁ、明日は我が身、今狙われたら一番まずいのはあたしですわな」
少女が部屋を立ち去り、徘徊する仮面の怪物のなりそこない達と戯れる、ギャル風の女が自嘲ぎみに笑う。
なにせ、仮面の怪物が自分に適合する人間の身体を得られたのは、この騒動のほんの直前である。
まだ、馴染んでいないものの、相性の良い体を奇跡的に拾うことができただけ、幸いなのだろうが、このビルを襲撃をした魔刃達の中では最弱であろう。
もとより、彼女こと『追跡者』の魔刃はそもそも戦闘に向いていない能力でもある。
とはいえ、なぜここに駆り出されたのかと言えば、この襲撃事件と同時に行われている『もう一つの事件』の当事者たちと合流しやすくするためである。
「まさか、人間くんたちもかつての英雄、『解放』が裏切ったなんて思いもしないだろうなぁ~プップップッ」
同室内で明確な意思もなく、ただ徘徊するだけの怪物のないりそこない、適合できなかった人間のなれの果て、それらを眺めながら嘲笑う。
追跡者の魔刃、彼女は人間という種族そのものを下等なものだと見下す傾向が他の魔刃達よりも強い。
「クスクス……っと、ここでゴミの観察してる暇があれば、下の階の『殺戮者』の手伝いでもしようかなぁ。この体でも、刃覚者じゃなければ相手できるでしょ……フフッ」
だが、そんな彼女の人間を冒涜するような笑い声は、すぐにかき消されることになる。
彼女のいるフロアの、窓側の方。
階段やエレベーターとは真逆の、何もない、外を見れば見晴らしの良い光景が拝めるようなその窓から、黒い影がガラスを割って侵入してきた。
「ッア……!?」
「グギイイイイイイァアアアアア!!」
獣のような、あるいは愛する者を亡くし、嘆き悲しむような叫びと共に、追跡者の魔刃に痛みが走る。
彼女の右腕が失われていた。
「なっ……によぉ……」
濃いメイクの顔が変化し、無機質な仮面へと変貌する。
怪物が突如襲い掛かってきたそれに恐怖し、正体を現した。
侵入してきた黒い影……いや、黒い瘴気に包まれた獣のようなそれは、同族。
つまり魔刃であることは理解できたが、それ以外は目的も正体も不明である。
なにせ、彼女の右腕を奪い去ったのちに、部屋にいる追跡者の魔刃よりも、エレベータ付近で跋扈する、人間の成れの果てである
魔刃のなりそこない達を相手に、一方的な虐殺行為を行っているからである。
「なにぃ?あれ……ははっ、ヤバッ。逃げた方がいいよね……でも」
逃げようとする先、すなわち階段やエレベータのある場所は例の黒い瘴気の魔刃が暴れている。
かといって、ソレが侵入してきた窓から飛び降りて脱出できるかといえば、まだ体が馴染んでいないうえ、片腕を亡くした彼女には不可能な行為である。
ゆえに。
「ハハ、ハ……」
「グルガアァアアアアッアアアア!!」
黒き獣が。
「ガァアアアッアアア!!」
このフロアにいるなりそこない共を駆逐した後に、標的にされるのは、必然的に、彼女だった。
「ちょっ、助けて『糸』ちゃーん!!『糸』ちゃーん。死ぬー!!マジでこれはしっ……」
「グルェ……」
助けを呼ぶ叫びが途絶えたのは、黒き獣の魔刃が、追跡者の正面に瞬きする間に接近してきたからである。
そして、ソレは追跡者の魔刃の耳元で、これまで理性のかけらもない慟哭とは明確に違う、意思を伝える言葉を発した。
「オマエ。ヨミサン。ヘヤイタ」
「あっ……はは、ハハハハッ」
「オマエ。イタ。ナ?」
追跡者の魔刃が、その黒い魔刃の正体に気が付いたときには、彼女の本体である仮面は獣爪に引き裂かれていていた。