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マスカブレード  作者: 黒野健一
第六章 裏/霧
108/120

108裏/切断/念

 黄鐘の一族としての使命を忘れるな。

彼女の尊敬する父の言葉だ。

黄鐘の一族ははるか昔から魔刃と戦いを繰り広げていた一族。

人類に少数しかいない刃覚者の力が、比較的高確率で生と共に授かる特殊な血族。

王の目覚めが近づくにつれ、国との協力により、大きな組織、対魔刃部隊が生まれた。

現在は楽器などの製造会社の社長を務めている黄鐘調であるが、彼もまたかつては刃覚者として、魔刃を屠ってきた。


「……さ、き……」

「お父様……」


虚ろな目で、自分の娘の姿を見つめる。

黄鐘の一族、その血統ゆえに大勢の子供をもうけてきた。

その中で唯一の刃覚者として生まれてきた彼女を、対魔刃部隊を率いる人材へと育てるため厳しいことも行ったきた。

世間一般であれば虐待だと非難されるような過酷なことだ。


だが、それでも娘である咲は父を、そして自分が刃覚者として生まれた運命を呪うことなどは一切なかった。


「で、どうする? コイツ殺して一時しのぎするか? お前らの組織が俺たちの次の襲撃に備えるための時間くらいはコイツの命で賄えるかもなぁ?」

「……」

「それとも、おとなしく言うこと聞いて助けるか?黄・鐘・咲ちゃん」


やはり組織に裏切者がいるのだろうか。

かつても組織内で魔刃が裏切りを起こし、月村夫妻死亡事件を起こしている。

黄鐘咲のことを、組織のことをこいつら、魔刃の配下たちはおおよそのことを把握済みというわけだ。


「咲……」


彼女が誇りに思う、その赤い親子の絆を流しながら、父の黄鐘調は語りかける。


「刃覚者として……黄鐘……として、こうど……しな、さい」

「……お……父様ッ!」


黄鐘咲の顔を覆い隠す仮面、『制約』の魔刃もまた彼女に語り掛ける。


「決断は……決まりましたか?」

「えぇ……」

「後悔は、なさりませんか?」

「えぇッ!!」


一連の会話をどうでもよさそうに聴いていた厚着の防寒具を身にまとう男が「やっとか」とつぶやき、壁際に倒れこんでいる黄鐘調の元へ歩み寄る。


「でぇ!? 社長令嬢の隊長様のご決断はいかがでーッ?」


黄鐘咲にもう迷いはない。

最後に、父が、これまで厳しい表情をしか見たことなかった彼が、初めて咲に穏やかな表情を見せてうなずいたから。

拳を握りしめ、一気に防寒着の男へと接近する。


「貴様をここで殺す!!制約ッ! 父を代償に、私に力を!!」

「交渉決裂だァ!! 親不孝のお嬢様ァ、ヒャハハハッハ!!」


父の首が、防寒着の男の足首に触れると同時に蹴飛ばされ、社長室の入口へと転がる。

首から上を失った父の身体はそのまま倒れ、流れる真っ赤な血を咲は踏みながらも、後悔は絶対にしない。


「俺の名は『略奪者』の魔刃!! お前の父親も、お前の命も、奪ってやらァ!!」

「黙れ! 私の父はお前に奪われてなどいない!!私が、たしかに意思を引き継いだッ!!」


黄鐘咲の拳が、略奪者を壁に叩きつける。

そして、これまでにないほど沸き上がる力を持って、略奪者の仮面をめがけて拳を連打する。

一方、略奪者は、自身の触れているモノから奪う性質を使い、部屋の温度を奪っていく。

その速度はすさまじく、黄鐘の血が徐々に固まっていく。


「寒さで怯むかッ!! 感覚を代償に、力を!!」


自らの何かを一時的に代償にすることで、力を得る制約の魔刃。

父という、彼女のかけがえのないものを完全に失ったことにより得た力は、とてつもない威力をもたらし、略奪者は防戦一方である。


「うぐっ……水分、をッ!!奪うッ!」

略奪者ができる唯一のカウンター攻撃。

いくら体の感覚がなくなろうと、人間が生存するのに必要な要素を奪い続ければ、やがて朽ち果てる。

それも、今は極寒の地と化した室内での活動が、感覚は無くともさらに彼女の身体から力を奪い取っていく。


「制約を!!私の寿命を半分を、力に!!」

「主よッ!!あなたの覚悟、しかと承りましたッ!!」


身体から力が抜けていくのは、感覚を失った黄鐘でも、拳を撃たれている略奪者の反応から把握できた。

だから、自分の命すらも使うことにためらいはなかった。


「お前に、父をッ!! 黄鐘の誇りを奪い切らせるかァアアアッ!!」

「うぐっ……ぐがぁあああああ」


略奪者のガードが、文字通り崩れる。

彼の刃でできた両腕は砕け散った。

そして、無防備になったその顔面に、黄鐘咲の一撃が突き刺さる。


「これで終わりだァアアア!!」

「がぁ、ッぐあああああ……へ、へへへ」


その一撃はたしかに仮面を貫通した。

だが、力を奪われ続けたがため、その一撃で命を奪うことまではできなかった。

それでも、この攻撃を受けた仮面はひび割れ、時期に砕け散るだろう。

その証拠に、略奪者が奪っていた室内の温度が、常温へと戻っていく。


「……ッハァ、ハァ……」

「へ、おま、のかちだ……お嬢様ぉ……」

「しゃべるな、殺してや……ぐっ」


全力を尽くし、立ち上がることすらできなくなった黄鐘咲は、今すぐにでもトドメを刺したかったのだが、その力をだすことができない。

ゆえに、略奪者の最後の言葉、最悪な真実を聞くこととなる。


「お、まえ……のとこの、裏切りも、はお前が思ってるほど、小物じゃねぇ」

「……?」

「それ、も一人、じゃねぇ……そして、ここには来て……ねぇはずだ……」

「ま、さか」

「ひ……はは……ッ……」


最後に嘲笑いながら、仮面は砕け散る。

そして、黄鐘は略奪者の言葉を受け、最悪なことを頭によぎらせた。


「残してきた……青井、黒藤、天野博士……」


もしもこの中の内、二人、いや全員でも裏切り者であったとしたら、総動員して、ここに来た時点で、もう王の配下たちの目的はたやすく達成できる。

組織が確保している魔刃の解放、街で起きる混乱。


「こんなところで……」


父を引き換えに守れたはず、そう思っていた。

だがそんなことは無く、最初からこの最悪な展開しか起こらないように仕組まれていたのだと絶望しかける。

だが、そんな暇はない。

一刻も、街に出て一般人の安全を……それが黄鐘としての役割で……。


「ッ!!主ッ!なにかがきぃ……」

「っえ……?」


自分の顔を覆い隠していた仮面が砕ける。

そして、次には細いピアノ線のようなものが首元にまかれていた。


「何……?」

「死んじゃえ」


黄鐘咲は彼女の父と同様、無残な姿へと変貌する。

彼女が最後に聞き、見たのは、仮面を被った少女の声と姿であり、そしてぷつりと『糸』がきれるように意識が消えた。


その仮面の少女、糸の魔刃は、自分の足元に転がってきた頭部を、恨みをこめ、全力で蹴飛ばす。

まるで道端に転がる空き缶のように、そう、まさに彼女にとってそれはゴミであった。


そしてそんなゴミにかまうことなく、壁際で、砕け散った仮面の破片をかき集め、抱きかかえる。

大切そうに、いつも彼女がもっているぬいぐるみを投げ出して、今は『略奪者』であったソレが独占する。


「うっ……略奪者……うううっ……ぐすっ、うえぇ……」


大切な者の死、それは魔刃といえど、人間と同じ感情をもたらす。

だが、確定的に違うところは、彼女が泣きながら起こした行動であった。


その仮面の破片を、少女の仮面が『捕食』しはじめたのだ。

魔刃は魔刃を喰らうことで強くなる。


「……ッ、うっ……これで、一緒、一緒だよ……」


少女が仮面の破片を全て取り込むと、投げ出したぬいぐるみを拾い上げ、部屋を出ていく。


「これからも、一緒……一緒に『奪おう』……ね」

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