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マスカブレード  作者: 黒野健一
第六章 裏/霧
106/120

106父娘悪寒

オカン要素はない

 イエローチャイム本社。

入口付近は武装した警察の特殊部隊が固まっている。

その中で最も地位が高いであろう男は苛立ちながらも、ただただ部下に待機を命令させ続けている。

これは、彼のさらに上の人間からの命令であり、逆らうことは許されない。

だが、納得などはしていない。


 一方、イエローチャイム本社地下では地上とは別の特殊部隊が活動していた。

根吹率いる対魔刃部隊の武装チーム。

地上に列をなす者達は彼らの侵入を魔刃達に気付かせないためのものであった。


イエローチャイム地下通路は、対魔刃部隊本部の地下からつながっており、距離はあるものの、気付かれず中に入ることはたやすい。

だが、あえて公権力のお偉いさんに囮を用意してもらったのは理由がある。

部隊は秘密の階段でビル内を駆け上がりながら、先頭の根吹がつぶやく。


「たのむぜ、我らの隊長さま」


 地上では相変わらずなんの変化はなかった。

中の様子は不明、上からの指示はただ包囲し、立てこもり犯を刺激するなという命令。

だが、現場の人間たちはもうすでに気付いている。

この事件が、人間が引き起こしたものではないことを。

この街に潜んでいた影のような脅威が、実体をもって現れたことを。


「……」


苛立ちと緊張感、未知の恐怖と様々な感情うずまくその地上に、タッタッタッ……と足音が響く。

ビルを警戒していたはずの特殊部隊のおよそ半分は、その動く影を目で追っていた。

それは、特殊部隊の包囲網を人間離れした脚力で頭上を飛び越える、おそらく『人』のモノであった。

隊員の中にはその者に銃口を向ける者もいたが、指揮を執っている男が銃を降ろすように命令した。

そして、仮面を被った人型のそれはまたもや、異様な脚力で跳躍し、ビルの二回の窓を突き破り、侵入する。


「上からの命令だ。外から入る仮面は中に入れろ、だが中から出てくる仮面の人型は、死んでも外に出すな」


そう告げた彼の元に、凛々しくも、どこか力強いオーラをもった少女が近づいてくる。

その手には『仮面』を、その眼には怒りを保持しながら。


「対魔刃部隊隊長の黄鐘咲です。先ほど通過したのは私の部下です。あなたの判断に感謝と、私の部下の教育の甘さを謝罪させてもらいます」

「おっ……おぉ……」


地上にいる集団が一気に騒がしくなる。

アレが、都市伝説じみた噂の『この街の怪物を屠る部隊の隊長』かと。実在したのかと。

特殊部隊の指揮官は、そんな部隊の隊長がこのような少女であることに驚きつつも、彼女のその眼を見つめ、敬礼をとる。

少女もまた敬礼を返すと、彼の目の前で仮面を被り、そしてゆっくりとビルの本来の入口へと向かう。

包囲していた隊員たちは、彼女が何も言わずとも畏怖の感情のまま、道を開ける。


「お父様、今参ります。黄鐘として、対魔刃部隊の隊長として……」


 そんな様子をビルの中間層あたりから見下していた少年が、面白いゲームを思いついたように笑う。

そして気まぐれに、そのフロアに集められていたイエローチャイム社員の一人に、黒い異形のナイフを投げつける。

刃をその身に受けた者は、即座に異形の怪物と化し、周囲の人間を襲いだす。


「いやあぁああ!」

「うあぁあああ!!」


今まで同じ人質として扱われていた者達は、恐怖と狂気の限界に達し、あるものはフロア内を走り回ったり、無謀なのか勇敢なのか、怪物化した元同僚に立ち向かう者もいる。

中でも少年が傑作だと思ったのは、破壊されたエレベーターに群がる連中だった。


「おやぁ? あぁ、やっとお客が来たか……」


刃の壁でふさがれていた階段から足音が聞こえてくる。

下から上へ、何者かがやってくる音だ。


刃の壁は崩され、仮面を被った少女が倒壊したものを足で払い、混乱する人々に叫びかける。


「こっちから逃げてください!!」


突如現れた仮面の少女、彼女もまた、『アレ』の同族か。

そう思いつつも、この場から逃げるにはその階段を下るしかないわけで、少年の姿をした怪物に歩み寄る仮面の少女と、最大限距離をとりながら人々は階段を下っていく。


「君は対魔刃部隊の、刃覚者かな?だよね?」

「あなたは……この事件の首謀者、でもなさそうね」


少年はワークデスクに尻をのせ、脚をぶらぶらと揺らしながら少女を見下す。


「うん。 まぁ僕は殺し過ぎない程度に暴れろって命令されてるだけ、交渉がしたいなら最上階の社長室にいきなよ」

「あら、案内してくれるなんて親切ね」

「親切……? まぁでも僕暇してるからさぁあ!!」


トン……っと軽い音は、ワークデスクから降りた少年のもの。

そして、不敵な笑みを浮かべる。


「上に行く前に、ちょっと遊んでよぉ、お姉さんッ!!」

ニッーと獰猛な獣のように広げた口、それを覆い隠すように顔面を仮面が隠していく。

少年の姿が、ついに本来の姿を取り戻す。


「行くよぉおおお!!」

「……ッ」


「死ね、魔刃」


一発。

二人の仮面の間を通り抜ける発砲音と、弾丸と、殺意。


「日野君」

「このガキは俺が相手させてもらう、いいな?」


今は少しでも時間が惜しい。

最近の日野の様子は気になるが、戦闘能力に関しては信頼している。


「頼むわ」


一応、根吹にこのフロアに日野が戦闘中であることを通信で知らせ、また階段を上っていく。


「んーじゃあ、お兄さんが遊び相手かな?」

「いや、俺はお前の死神だ」


 死の魔刃。

現在の技術で人工的に生み出された機械仕掛けのそれの力は、死の概念を司る力。

以前、弾丸が日野の頭蓋を撃ち抜き続け、システムが人間の死を完全に理解した。

そして、今は日野は、そのシステムの能力により、死を完全に掌握している。

自身の生死すらも。


「俺は死なない、俺は選ばれたからだ」

「ははっ、死なない?」


少年の声は嘲笑交じりであった。

そして、自身の名を名乗り上げる。


「僕は殺戮者の魔刃、死なない君を殺して見せよう」


 イエローチャイム上層フロア。

そこもは中層とは違い、人がいなかった。

そのかわりに、『人であった者達』であふれていた。


「ここの人たち、みんな……」


人を魔刃、あるいはそれのなりそこないにさせるナイフ。

おぞましいそれをクルクルと、玩具のようにもてあそんでいる『人間の女』の姿をした『怪物』がそこにはいた。


「ふーん。はやいじゃん?殺戮者とやった?それとも無視してきた?」

「あんたのお仲間なら私の仲間が相手してるわ」

「あっ、そ。 まぁなんでもいいけど、ああ、あたしはあいつと違ってそっちがやるってんじゃないなら戦わないから」


まるで自分は無害だとでも主張しているようだが、このフロアにあふれている人間の成れの果てたちを、こんな姿にしたのはこの女の魔刃だ。

だが、今もしここで戦闘となれば、最上階の社長室にいる父……いや、イエローチャイム社長、黄鐘調の命が危ないのだ。

もう助けられない命をかまっている時間はない。

怒りに拳が震えるも、ここで目の前のギャル風の女の魔刃を殺しても、皆が元の人間に戻ることなどはない。


「社長室には、社長とあんたらのボスがいるのよね?」

「ボス……ってのはなんかちがうけどさーまぁ、あたしらのなかじゃ、会話が通じるほうじゃない?

 なんか取引したがってるし、おとなしく話し合いしとけばいいんじゃね?」


この魔刃の言うことに従うのは癪に障るが、仕方がない。

知性を失い、徘徊する化け物たちを退けて、上の階へと進む。


「ふっーやべっ、もし戦闘になってたら昨日手に入れたばかりの肉体でやりあうことになって、まずかったわーマジ9421っしょ」

「きゅーしにいっしょ?? 九死に一生ってこと?」


机の下から、ぬいぐるみを抱きかかえた少女が這い出てくる。

彼女はギャル風の女のほっぺをその細い指でつっついてみた。


「調子はどう?」

「まぁいいかんじ?昨日までの古本屋の清楚ちゃんよりは、やっぱこういう女の方が適合率いいみたい」

「……ッチ」

「あぁ?糸、てめぇなんっつた?」

「……その人間の顔でにらむと怖い、この子の顔に被さってたほうが可愛かった」


むぅっと頬を膨らませて、抱えるぬいぐるみをギャル風の女につきつける。

女の方は「勘弁しろよ」っとめんどくさそうな顔をして、あたりの元人間の、今や同胞となった者達を見つめる。


「そーいえば、昨日のヤツは珍しい感じだったよな?」

「うん……なりそこないじゃ、ないかも?」



 イエローチャイム最上階。

社長室の前に立つ黄鐘咲は、この扉の先がどうなっているのか不安でしょうがなかった。

大手企業の社長というわけでもない、ただの父親だ。

昔から、黄鐘と魔刃との因縁について厳しく教えられてきたが、いい父親だと尊敬している。


だからこそ、胸が張り裂けそうだ。

下の階でみた人間のなりの果て、父がそうなっていないように。

そう望みながら、扉を開く。


「よっ、来たな。社長さんはここだぜ?」

「……ッ」


社長室の、座り心地のよさそうな椅子に座り、まるでこの会社を自分のモノのようにふるまっていた男がいた。

白髪の、室内と言うのにやけに分厚い防寒具を身に着けた男。

その奇妙な恰好から、人間ではないとすぐさま理解させられる。


黄鐘は、そんな彼の隣で、両手両足から血を流している自分の父を見つける。

床にもたれ、地べたの上で苦痛に耐えている。

いつもの威厳のある父の姿ではない。

今は、救出すべき一般人の姿だ。

情けないとは思わない、だが怒りがこみあげてくる。

今すぐそこの社長面している怪物の男を、その席から引きずり下ろし、解体してやりたい。


「……交渉を……しに、来た」

「おう、人質をとってんだもんな?そうだよな?」


握りこぶしの爪が掌に食い込み、血が滲みだす。

そして、どちらが優位な立場なのか示すように、防寒着の男が足を組んで交渉の要件を伝える。


「お前たち、対魔刃部隊が所持している魔刃、及び魔刃の斬骸をすべてよこせ、代わりにまだ生き残ってる社員とこいつ、社長は解放する

 あぁ……人間の状態で、だな。従わなければお前の目の前でこいつ殺して、また別のところで同じ『交渉』を起こす」


そう、それは交渉成立するまで繰り返すということだ。

黄鐘咲に、選択肢などなかった。





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